R025話 報告
1942年2月◯◯日 『日本 東京 閑院宮邸』
閑院宮摂政は私邸で報告を受けていた。
私設の工作機関及び閑見商会関係の報告である為、私邸で報告を受けている。
報告しているのは、そちら方面の取り纏めを任せている秘書である。
「ハワイからパナマに退避したアメリカ艦隊は未だにパナマにとどまったままです。
あてにしていたメキシコとベネズエラからの重油の買い付けが失敗した為、燃料の補充にかなり苦労している模様です。
やはりドルの価値が下落し紙屑になった事と、我が国が派遣した特使がウラン爆弾を材料にベネズエラ政府を恫喝した事が効いたようです。
現在、アメリカの駐ベネズエラ大使がイギリスを介してベネズエラ政府から重油を買い付けようと動いているとの報告が工作機関より来ております」
「わかった。そのまま監視の手を緩めるなと伝えよ」
「はい、了解いたしました。指示しておきます。
アメリカ合衆国ではワシントンDCにおいて国務省の次官らが中心となり、各省庁と連携を取って臨時政府を設立する動きを見せております。
また、バチカンを介して我が国と講和を進める動きがあると工作機関が報告して来ております」
「監視だけして、手は出すなと指示しておけ」
「はい、了解いたしました。指示しておきます。
中南米では各大使館からの報告通り、今の所は日本に対し宣戦布告をする動きを見せる国は無いと、各工作機関の報告は一致しております」
「うむ、よろしい」
「メキシコの工作機関からは、メキシコ軍の動員が始まり、どうやらアメリカに攻め込む計画のようだと報告して来ております」
「そうか。引き続きメキシコ軍の動向を監視するよう指示しておけ」
「はい、了解いたしました。指示しておきます。
次にスペインの桜華部隊ですが、全ての訓練が完了し出撃できるようになるのは6月だと報告して来ております」
「うむ、よろしい。それに関連する南米の港にいる偽装船については、露見していないな?」
「はい。今の所、そうした報告は入って来ておりません」
「ならば、よろしい」
「次に閑見商会の特殊兵器開発部門の勇研究部より劣化勇弾が完成したとの報告が上がって来ております。口径20ミリと75ミリの徹甲弾が試験で好成績を出したとの事です」
「ほぅ意外と早かったな。勇研究部には労いと称賛の言葉を送っておけ。
それと劣化勇弾は当初の予定通り次は48センチ砲弾と24センチ砲弾の開発に速やかに取り掛かるよう伝えておけ」
劣化勇弾。それは史実における後世において劣化ウラン弾と呼ばれる物である。
閑院宮摂政はウラン爆弾(原子爆弾)の量産の目途が立った時点で、劣化勇弾(劣化ウラン弾)の開発研究を開始させていたのである。
「はい。了解いたしました。
また同じく特殊兵器開発部門の噴進砲研究部より、多連装噴進砲搭載車と多連装噴進砲撃艇が完成を見たとの報告が上がって来ております」
「そうか、できたか。直ちに量産に入るよう指示を出しておけ」
多連装噴進砲搭載車。
それは史実において「15センチ多連装噴進砲」と呼ばれた兵器と似たような兵器である。
試製15センチ多連装噴進砲は、現代風に言えばトラックに多連装ロケットランチャーを搭載した物だ。
4輪トラックに20連装の15センチ噴進砲を載せている。
最大射程は4200メートル。
史実では大戦末期に1両だけ完成し終戦を迎えている。
多連装噴進砲撃艇。
それは史実において陸軍の「五式砲撃艇」と呼ばれた物と似たような兵器である。
五式砲撃艇は7メートル程のモータボートの後部に、20連装の7センチ噴進砲を載せ、前部には重機関銃、もしくは九七式20ミリ自動砲を載せている。
大戦末期に、敵の上陸作戦において敵上陸用舟艇を攻撃する為の兵器として開発された。
しかし、試作艇が造られたのみで終戦を迎えている。
史実において噴進弾は陸軍において戦前より開発が進められていた。
1934年には既に開発が始まっている。
しかし、命中率の悪さからなかなか実用には至らなかった。
閑院宮摂政は総長時代より、閑見商会の特殊兵器開発部門で、噴進弾と多連装ロケットランチャーの研究開発をさせていたのである。
秘書の報告はまだ続く。
「これも同じく特殊兵器開発部門の小型噴進砲研究部より、九センチ噴進発射筒が完成を見たとの報告が上がって来ております」
「ほぅ、あれもか。それも直ちに量産に入るよう指示を出しておけ」
九センチ噴進発射筒。
それは史実において「試製9センチ空挺隊用噴進砲」と呼ばれた物と似たような兵器である。
一言で言うならば、日本版バズーカであり、対戦車ロケットランチャーだ。
その噴進弾は成形炸薬弾、所謂、日本名「タ弾」である。
史実における日本は成形炸薬弾の研究開発において他国に遅れをとっていた。
1942年にドイツから成形炸薬弾の技術が齎されてはいるが、現代風に言うところの対戦車ロケットランチャーの開発は遅く、1944年になってようやく「試製四式七センチ噴進砲」の完成を見る。
同時期には、口径の大きい「試製9センチ噴進砲」と、空挺部隊用に全長を短くした「試製9センチ空挺隊用噴進砲」も開発されたが、こちらは正式採用はされず、「試製四式七センチ噴進砲」の量産に力が注がれている。
しかし、史実では日本にも成形炸薬弾をもっと早くに開発できる可能性はあった。
成形炸薬弾はスイスの発明家が開発したもので、この人物は各国にこの技術を売り込んでいる。
日華事変初期の頃に日本にも売り込みが為されている。
しかし、提示された価格があまりに高額だった為、日本を始め他の殆どの国も購入しなかった。
だが、アメリカは購入し、後にバズーカの開発に成功するのである。
今回の歴史においては、閑院宮摂政が総長の時代に、この技術を建て前は陸軍が買うという形で、閑見商会に資金を出させて購入し、閑見商会の特殊兵器開発部門で研究開発させていたのである。
今回のこの九センチ噴進発射筒の早期の完成により、日本の歩兵は強力な対戦車火器を入手する事になった。
秘書の報告はまだまだ続く。
世界中に張り巡らされた工作機関の動きとそこから齎される情報。
そして次々と開発される新兵器と、戦闘態勢を完了していく秘密部隊は、世界に更なる流血を齎す事となる。
閑院宮摂政の穏やかならざる陰謀の計画は、その終わりが無いかのようであった……
【to be continued】




