↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/39

R014話 メキシコ皇帝起たず!

【筆者からの一言】


どうやら摂政殿下の策に乗せられない人もいたようで、というお話。


1942年◯◯月◯◯日 『日本 東京 閑院宮邸』


 鯉が餌をパクパク一生懸命に食べていた。

 何匹もの鯉が元気よく餌を争って食べている。

 池の鯉に餌をやっていた閑院宮摂政は手を止め空を仰ぎ見る。

 その傍にはヨーロッパからの情報を持って来た者が控えており、閑院宮摂政への報告を終えたばかりだ。


 閑院宮摂政は言葉を発した。


「そうか、マリア姉妹は起たぬか……」


「申し訳ございません。手は尽くしたのですが、力及ばす。この失敗、如何様にも罰せられますよう」


「いや、よい。女性なのだからな。

起たぬ可能性が高いとは見ていた。お前達はよくやった。

次の行動に移れ」


「はっ。ご温情感謝致します。では、これにて」

 そう言って、その者はさがっていった。



 マリア姉妹……

 それはメキシコ皇帝の血を受け継ぐ者だ。


 かつてアステカ文明が栄えたメキシコはスペインに征服され、その後、300年もの間、スペインの植民地だった。

 しかし、ナポレオンがスペイン本国を侵略したのを機に独立運動が起こり独立を達成する。


 そこで初代メキシコ皇帝となったのが独立運動で戦った将軍の一人アグスティン・デ・イトゥルビデだった。

 しかし、その治世はうまくはいかず、約8ヵ月後には亡命する事になる。


 そしてメキシコは共和制となる。


 それから約30年後、メキシコは再び大きな内戦の渦中にあった。

 共和制になったからと言って必ずしも国が豊かになったわけではないからだ。

 国の方向性をめぐって二派が対立し一方はこのまま共和制を望み、一方は再び君主制を望んだ。


 君主制を望む側は外国に支援を求め、その援軍で戦況は有利になる。

 そして新たな皇帝として外国から迎え入れたのがハプスブルク家のオーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟フェルディナント・マクシミリアン大公である。

 彼はマクシミリアーノ1世として即位した。


 このマクシミリアーノ1世は結婚はしていたが、子供がいなかった。

 そこで後継者として養子に迎えたのが、30年前に短い間、皇帝となったアグスティン・デ・イトゥルビデの孫2人である。

 サルバドル・デ・イトゥルビデ・イ・マルサンとアグスティン・デ・イトゥルビデ・イ・グリーンだった。


 ただ、メキシコでは共和派は粘り強く戦いを続行しており、最終的には戦局は逆転して共和派が有利になる。

 そしてマクシミリアーノ1世は戦況が不利になっても逃げる事を拒み、虜囚となり処刑されてしまう。

 しかし、二人の養子は無事に国外に逃げ延びた。


 その養子の一人、サルバドル・デ・イトゥルビデ・イ・マルサンは養父マクシミリアーノ1世の母国オーストリア・ハンガリー二重帝国の貴族と結婚し子供ができる。それが1872年生まれのマリアだ。

 マルサン自身は1895年に死去している。

 もう一人の養子アグスティン・デ・イトゥルビデ・イ・グリーンは結婚はしたが子供はおらず1925年に死去している。


 ここで、メキシコの帝位を受け継ぐ者はマリアしかいなくなる。

 マリアはオーストリア・ハンガリー二重帝国の貴族として暮らし結婚している。

 ただし、オーストリア・ハンガリー二重帝国は第一次世界大戦の敗戦で解体されてしまったが。

 

 1942年の時点ではマリアは丁度60歳。史実では7年後の1949年に亡くなる。

 そのマリアには2人の娘がおり長女マリア・アンナは33歳。まだ子供はいない、というか史実では子供を産むことなく1962年に亡くなる。

 次女のギゼラは29歳。結婚はしているが、まだ子供はおらず史実では1944年に子供を産み1981年に亡くなる事になる。



 閑院宮摂政の命令により工作機関の者が、このマリア姉妹に接触していた。

 メキシコ系の者が多数住むアメリカ南部で、このマリア姉妹のどちらかを旗頭にメキシコ帝国を再興させようという計画を推し進めていた。

 しかし、マリア姉妹はその話しには乗らなかった。


 正しい判断だ……

 閑院宮摂政はマリア姉妹の判断にそう思う。


 なにしろ本気でメキシコ帝国の再興を行おうとは考えていないのだ。  

 ただ、アメリカ大陸での戦争を複雑化し激化させ、混乱と混迷と死を撒き散らす為の方策の一つに過ぎないのだから。


 閑院宮摂政は、そのアメリカでの戦争をより複雑化する計画の為に、既に滅びた帝国、王国の元君主の血筋の者を送り込む作戦を工作機関の者に行わせていた。

 それにプラスしてソ連の共産主義者の思想家に連なる者も送り込んでいる。

 実に数十年前から準備し実行に移した作戦である。

 作戦名は「大君主作戦(オペレーション・オーバーロード)」

 第二次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦の作戦名と同じだ。


 今、摂政の目の前にいる池の鯉たちが餌を争っているように、アメリカの大地を餌として各勢力を争わせる。


 この作戦のためだけに多数の休眠工作員(スリーパー)とAOI(エージェント・オブ・インフルーエンス)を用意したのだ。

 休眠工作員(スリーパー)は、普段は一般人と変わらない生活をして長期間工作活動はせず、ここぞという時に動かす工作員の事だ。こういう工作員を準備するには、当然の事ながら資金も時間もかかる。

 AOI(エージェント・オブ・インフルーエンス)は、目標人物に近付き、その考えや行動に影響を与える立場になる工作員だ。そうした立場になるのは相手の信頼を得る必要があるし社会的立場もいる。やはりこういう工作員を準備するのにも資金と時間がかかる。

 しかし、それだけの時間と資金を賭けたかいがあり、作戦の殆どは成功しつつある。


 オーストリア・ハンガリー二重帝国最後の皇太子たるオットー・フォン・ハプスブルクは既にアメリカ東部で起ち、ハプスブルク帝国の建国を宣言しハプスブルク皇帝を名乗っている。


 皇帝ナポレオンの末弟の血筋でありボナパルト家の家長であったルイ・ナポレオン・ボナパルトは既にルイジアナで起ち、ルイジアナ帝国の建国を宣言しナポレオン6世を名乗った。


 ロシアの皇帝、ロマノフ家の血を引くポール・イリンスキーは既にアメリカ南東部で起ち、ロマノフ・アメリカ帝国の建国を宣言し、皇帝イリンスキー1世を名乗っている。


 フランスのオルレアン朝の血を引くアンリ・オルレアンは既にアメリカ北東部で起ち、ヌーベルフランス王国の建国を宣言し、フランス国王兼ヌーベルフランス国王アンリ六世を名乗っている。


 ドイツ帝国最後の皇帝であったヴィルヘルム二世の孫であるフーベルトス・フォン・プロイセンは既にテキサスで起ち、アメリカ王国の建国を宣言しアメリカ国王を名乗っている。


 アメリカ西海岸では、アメリカ合衆国皇帝ノートン1世と自称した人物の末裔の偽者を作り上げ、アメリカ合衆国第二代皇帝ノートン2世と名乗らせた。


 アメリカ中西部ではソ連建国の父レーニンの甥ヴィクトル・デミトリヴィッチ・ウリヤノフがアメリカ社会主義合衆国の建国を宣言した。


 ポーランド建国の父ユゼフ・ピウスツキの甥ジョーゾオー・ピウスツキがアメリカ中西部でポーランド系アメリカ人を纏め上げポーランド自治区の設立を宣言した。


 アメリカ西海岸北部では第四インターナショナルの設立者レフ・トロツキーの息子セルゲイ・セドフが新インターナショナルを設立した。


 それ以外にもアメリカ連邦政府の残存する各省庁の次官達が集まり官僚達を纏め臨時政府を設立しようとしている。

 今もなおアメリカ合衆国の州であろうとする州政府や連邦軍であろうとする軍人達もいる。

 独立を宣言した州政府、無防備都市を宣言した都市等、幾つもの勢力がある。


 これよりそうした勢力が入り乱れる北アメリカ大陸を盤上としたゲームが始まるのだ。

 そうゲームだ。

 君主達と諸勢力を駒としたゲーム。

 他人の人生を玩び多数の人々の生活を破壊し命を奪う戦争という名のゲームだ。


 ゲームの指し手は閑院宮摂政。


 しかし、閑院宮摂政は戦争を完全にコントロールできるとは思っていない。

 戦争ほどコントロールするものが難しいものもないからだ。

 人の思いと行動は他人の思惑や予想をいとも簡単に覆す事が珍しくない。 


 果たして、これから北アメリカはどうなって行くのか……

 ただ流れる血が増える事だけは間違いない。


【to be continued】

【筆者からの一言】


次回は、摂政はまだアメリカに人を送り込むつもりのようで……と言うお話。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。