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僕の羊と君が眠るまで。  作者: シュレディンガーの羊
◇青い恋をしている10題
9/32

青くて苦い果実のように。




わかったふりで

背伸びしたあたしたち。




ようするに、この関係に名前をつけなければ言い訳できると思ってた。


「映画、当たりだったね」

「そうだな。話も映像もよかった」


カフェの一番隅の席。

あたしの前にはキャラメルマキアートで、君の前にはコーヒーがある。

どちらともなく一口飲んで、小さく息をつくところまで同じ。

お互い顔を見合って笑ってしまう。


「あたしらやっぱ、似てるねー」

「このシンクロ度は謎だよな」

「実は前世が双子とか?」

「前世、前世か」


ふっと君が遠い目をした。

私は気づかないふりでカップに口をつける。

そんな顔しないでよ、と心で呟く。

今日は最初で最後のデートだから。




君に彼女がいるのは知ってた。

それなのに少しも後ろめたいと思わなかったのは、たぶんあたしの性格が悪いから。

まぁ開き直ってみるなら、言い訳はいくらでもある。

べつにお互いに好きだとか言い合ったことはないし、手を繋いだこともない。

戯れのキスは一度だけ。

それも気の迷いってやつで片付く。

一緒にいることも、話をするのも友人の権利内。

この場合、その密度のことはおいておくとしても。

でも、お互い確認しなかったけど、あたしたちはたぶん酔っていた。

背徳的なこの関係に、スリルを感じていなかったかと言えば嘘。

ようするにこれは遊び。

世界で二人だけの秘密の関係。

あたしたちは共犯者だった。


君があの日、あたしにああ言うまでは。




「え、なに?」


掠れた小さな声を聞き逃して聞き返す。

その日の君はずっと様子がおかしくて、ちょっと心配だった。

君が静かに私を見て言った。


「もうやめないか」


たった一言でそれがなんのことかわかってしまった。

今まで決して口にはしなかった。

目をあわせて笑うだとか共通意識はあったけれど、決してこの関係に触れることはなかった。

それは暗黙の了解で、あたしと君の共犯者としての交わしていなくても約束だった。

信頼だとかいうものに似たあたしたちを、一番深いところで繋ぐ糸だった。

そして今、破られた約束だった。


「なんで」


理由はわかる気がした。

でも、聞かなきゃいけないと思った。

君は答を噛み締めるように口にした。


「……大切に、したい」


馬鹿だと思った。

今更、なに言うんだと思った。

あたしたちはそういう奴らを嘲笑ってきたんじゃないのかって。

そういう奴らを見て優越感を得てきたんじゃないのかって。

それなのに君がそれを口にするの。

ひとつのものに捕われるのなんて、格好悪いってあたしたちは二人で思ってきたのに。

でも、そんな暴言のひとつも吐けはしなかった。

君の顔を見たら、ひとつも言えなかった。

裏切りだなんて大層な感想は持たなかった。

ただ、喪失の意味はその時、はじめて知った気がした。


「わかった、でも代わりにいっこ言うこと聞いてよ」


あたしの言葉に君が頷いた。




デートしよう。

あたしはそう言った。

ちゃんと浮気してみようよ。

そう言った。

言い訳できないことしようよ。

あたしの言葉に君は一瞬目を見開いて、それから破顔して了承した。

あたしたちは逃げてた。

悪いことに手を出す割に、逃げ道だけは周到に用意して。

上から人を見下ろして、優越感に笑ってたただの馬鹿だった。




飲み終えたカップをソーサーに戻す。

小さく音が鳴った。


「そろそろ行こう」

「そうだな」


立ち上がりかけた君を手で制す。


「あたしが先に行くよ。見送るのは嫌いなんだよね」


嫌いというより見栄かな、とちょっと自分で笑う。

普通に付き合うことをあたしはずっと見下してきた。

まっすぐに感情を向けることが幼稚に見えて、付き合うなんておままごとだとさえ思っていた。

でも、だからこそたぶん憧れてた。

格好をつけなくても好きだと言えたら、あたしは君と手を繋いでいられたかな、なんてらしくない感傷も今だけは悪くない。

ちょっと無理してにっと笑ってみせる。


「あの子、大事にしなよ」

「……おぅ」

「じゃ」

「あぁ」


返した踵がもどかしく早足になる。

ドアノブに手をかけて、一度だけ息を吸う。

言葉なんか期待してなかった。

だって、口に出して言わなきゃ伝わらないなんて格好悪いと思っていたから。

だけど――――


「ありがとう」


声に振り返れば君が立ってあたしを見ていた。


「今までありがとう」


君の表情が切実にその言葉を伝える。

言葉にしなくてもいいなんて、そんなのは強がりで、本当はわかっていて、だからあたしたちはどうしようもなく子供で。


「あたしは感謝なんかしないよ、馬鹿!」


言い返して一気にドアを開ける。

外の空気があたしを包む。

踏み出す一歩を君に見せ付けたい。

きっと笑って見てるでしょう。

大丈夫、あたしも笑ってる。

ありがとう――言わない一言がドアベルに消えた。




あたしは幸せだった。

でも、きっと君も幸せだった。

一言だけでも心は伝わるから。

ありがとう。

君にありがとう。






青い恋をしている10題。

9.言葉なんて期待してない

『確かに恋だった。』より


青い恋をしている10題。

9.言葉なんて期待してない

『確かに恋だった。』より



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