01
「おかえり。グラン」
客を見送りに外に出ていた店主が、鳥竜が引く荷車を引きながら、現れた全身を布で覆った大男に、笑顔で手を振る。
顔すらも見えないように布で覆った大男は、どうにも不気味な風体だったが、その見た目にはそぐわない様子で「戻りました」と小さく店主に頭を下げていた。
彼、グランルカストがこの店に雇われたのは、5日程前のことだった。
荷運びをしていた、クロルという男が倒れてしまい、困っていたところに偶然居合わせたグランが、数日ならと代わりを申し出たのだ。
「本当に、グランが来てくれて助かったよ。最近は、西の森に魔獣が出るって話だからね。荷運びを嫌がる子も多くてさ」
西の森のある坑道から、直接買い付けている鉱石の荷運びは、危険が伴う。
特に最近は、魔獣が出るという噂もあるおかげか、店の従業員たちの中でも、乗り気じゃない者も多い。
グランは、その荷運びを喜んで請け負ってくれるため、店主も数日ではなく、長期的に雇用したいと言い出すほどだった。
「クロルが魔獣に襲われた時は、どうなるかと思ったが……」
「クロルさんは、荷運び中に、腰を痛めたのでは……?」
「そうだっけ?」
あっけらかんと冗談を口にする店主に、グランも小さく苦笑いを溢すしかない。
「とにかく、クロルもクロルで、歳だからな。グランが、うちで働いてくれると嬉しいんだけどなぁ」
「何度も申していますが、あくまで、クロルさんが戻ってくるまでというお約束で……」
この5日で、何度告げた断り文句だろうか。
グランも、つい苦笑いを溢しながら、すっかり慣れた言葉を返す。
「”魔法遺物管理機関”だったっけか? そんな妙な店より、うちの店の方が、給料だっていいよ? 寮もあるし」
「いえ、この仕事は気にいっているので」
「そっかぁ……まぁ、気が変わったら、いつでも言ってくれていいからな」
店主は、グランの背中を軽く叩きながら、また店の中に戻って行った。
グランは、小さく息を吐き出すと、鳥竜を小屋に返してから、荷車を倉庫に持っていく。
残った仕事は、この荷車の荷物と、数時間前に積んでおいた荷物を倉庫に入れることだけだ。
「……ない?」
だが、数時間前に倉庫の前に積んでおいた荷物が無くなっていた。
慌ててグランが、荷物を置いていた場所に近づけば、倉庫の中から物音。
そして、荷物の匂いも、倉庫の方に向かっていた。
「あ、おかえり」
「ルミアさん!」
もしやと、倉庫の扉を開けば、すぐにこちらに顔を向ける、ルミアの姿。
この店で働くことになって、グランの教育係のようなものを任されている女性だ。
「もしかして、外に置いていた荷物、中に運んでくれましたか?」
「うん。なにか問題あった?」
「いえ、あとで自分が運ぼうと思っていたので……申し訳なく……」
結構な重量だったはずだ。
それこそ、女性一人で運ばせるのは、忍びないくらいに。
「別にあれくらい平気だよ」
「ですが、クロルさんは、それで腰を痛めたのですから……」
「あ゛ー……アレはすごかったね……」
それはもう、店番をしていた人たちにも聞こえるくらいの叫び声だった。
結局、ただのぎっくり腰ではあったのだが、当時はちょっとした騒ぎになり、店では今でも時々話題にされている。
そして、グランもその尋常ではない叫び声に釣られて、やってきた野次馬のひとりだった。
「……まぁ、わりと力あるのよ。私も。なんだったら、グランだって吹き飛ばせちゃうかも」
楽し気に笑いながら冗談を口にするルミアに、グランも口を覆う布が少し浮き上がる。
グランに比べれば、ルミアはふた回りほども、体の大きさが違う。それを吹き飛ばすなんて、さすがに無茶な話だ。
「ふふ……できますかね? 自分は結構、重いですよ?」
「安心しなよ。グランは、羽毛のように軽いさ」
落ち着いた雰囲気もある割に、案外、ルミアは冗談を口にする。
グランも、つい浮き上がりそうになる口布を抑えながら、笑い声を上げると、ルミアもその様子を不思議そうに見つめていた。
「その恰好、暑くない? というか、息苦しくない?」
その言葉に、グランも息が詰まった。
肌を見せないよう全身を覆っている布に、フードも真深く、口元すら窺がわせたくないのか、口布まで当てている姿に、誰もがすれ違う時に、怪訝そうに振り返る。
口を開けば、その穏やか口調や物腰に、安心するが、一目見ただけでは、体の大きさもあり、恐怖されることも多い。
「口布ぐらい取ったら――」
「大丈夫です!!」
珍しく声を荒げるグランに、ルミアも驚いたように言葉を詰まらせれば、グランは、すぐに手をばたつかせた。
「そ、その……!! あの、ですね……!! ひ、人が苦手で……!! こうしていないと、安心できないというか……会話が、まともに、できなくて……」
明らかに取り繕うような言葉に、ルミアも、何度か瞬きを繰り返すと、眉を下げた。
この容姿に、”魔法遺物管理機関”というよくわからない所属している組織。
何かしらの訳ありであろう、ということは、店主を含めた従業員たちも理解していた。
ルミアも、教育係として、グランを警戒している従業員たちから、何か新しい情報はないかと聞かれることも多いが、正直興味がない。というのが本音だった。
仕事は真面目で、性格も誠実。
腰を痛めて休んでいる従業員の代わりとしては、十分すぎる人材だ。
それ以上何を望むというのか。
「別に、取れって言ってるわけじゃないよ。苦しくないなら、そのままでいいよ。私は気にしてないし」
「そ、そうですか……」
顔を逸らして、小さく頷くグランに、ルミアも気にせず、グランの運んできた荷物を確認に戻った。




