発見
語り部とは一体。幾度も境界を超えた先にある黄泉の国。その国で、蘇生者であり語り部でもある青年は何を思うのだろう。彼に問いかける酒呑童子は過去の自分をどう顧みる。そして最後に何を見つけて彼らは明日を迎えるのだろうか。
青白く光る炎が鬼の頬を映し出す。暗い闇の中に黄色い瞳が二つ、青年をじろりと睨んでいる。こそばゆい気持ちに駆られて首は固まっていた。冷や汗は止まらない。死刑を課された罪人のように青年は深い後悔と、どうしようもない虚無を感じていた。モノを食ってしまった。そしてそれはこの世界を救う手立てを殺したのも同等だった。
青年を睨む二つの瞳はより深く細く鋭くなる。青年はその瞳から逃れようと顔を反らし、体を縮こませた。それでも眼光は青年から離れない。どうしようもない。青年の背筋を死神の指がなぞるように青年は硬直していた。
「それでいいのか。それで良いのかと問うておる。」
酒呑童子は青年に向けて問い詰めるようでもなく彼の本心をただ尋ねるように言った。卑屈になって罪悪感を拭えない青年には彼に寄り添う酒呑童子の姿勢が受け入れられなかった。今にも胃の中に溜まった罪悪感を吐きたいほどに気持ちが悪い。しまいには突然自分で自分の首を絞めてしまいそうなくらいに青年は思い詰めた。
「汝は語り部としてここに蘇生された。しかし正しい方法をモノから学ばずにモノは消えた。このままでは語り部としてこの国を滅ぼしてしまう。だから国滅ぼしをしてしまうのなら、自殺するべきだとでも思っているのか汝は。」
酒呑童子の言葉の後に、ようやく青年の口から言葉が漏れ出る。抑えて抑えて異郷の地だからと自分の感情を殺してきた青年の心から溜めてきた全ての言葉が漏れ出る。
「そうでないなら一体何だ。俺がここで自殺せずに自分勝手に生きて、それで語り部としてこの国を滅ぼしても良いと?モノはこの国を復興させるため、ハイリスクな語り部というカードを切り札として使った。けれど失敗してモノ自身が死に、そのハイリスクなカードだけが盤上に残った。さぁ、飼い主のいない猛獣を解き放ったままにするのか?このまま国を滅ぼして欲しいのか、お前は。」
酒呑童子は深く息を吸った。青い炎が酒呑童子へ引き寄せられるほどに。そして静かに息を吐いた。厳かな洞窟の奥のこの小部屋には、酒呑童子の吐いた息が確かに漂っている。
「先導者ならおるだろう。モノは確かに砂の子であり死神という神だ。けれど神が他の者どもよりすこぶる偉い訳でない。確かに彼は知識人であり賢者であったが、だからと言って他に賢者がいない訳でもないのだ。そして賢者は汝のような生まれたての人間風情に簡単に殺されたりしない。」
酒呑童子は何かに気づいたかのように声色を一段変えた。その変化が吉兆を感じさせた。
「そうだった、彼は死神だった。死の神だった。私が馬鹿であった。汝、分かるだろ、分かってしまっただろ、このからくりに。」
酒呑童子は朗らかな笑みを見せる。青白い炎は今や紅に染まって彼の頬を優しく照らしている。暗く冷たい洞窟の最奥の部屋は茜色に染められている。その炎の熱が久しく忘れていた心の昂りを思い出させる。どくどくと自分の鼓動が鳴っているのにようやく青年は気づいた。そして青年は静かに笑っていた。
「死神は死を統べる者。生死を支配する神。だから彼に、死ぬという言葉はない。」
希望が籠った青年の言葉が部屋に響く。硬い岩は青年の言葉を跳ね返し増幅する。酒呑童子は勝ち気な顔をしてそれを見届ける。赤い炎がもう一つ、対角線上に宿る。酒呑童子の鬼術だ。目の前の赤鬼はその大きな赤い腕で顎をさすり、笑いながら言う。
「賢者とまで名高いモノが塵の子に食われた、のではないのだな。塵の子にその魂を奪われ、さらに輪廻転生の輪から外れるという事を進んでして、彼が何をしたかったのか。あの死神モノが何を想い、自己を犠牲に未来に何を求めたか。」
酒呑童子は前傾姿勢のまま言葉を重ねた。僕もまた荒野の猛獣のように耳を尖らせていた。
「答えは簡単だ。モノは全てを失う代わりに、汝と言う語り部の一部になることを求めたのだ。」
酒呑童子がふっと体を引くと、赤く燃えていた二つの炎が音もなく消えた。部屋には再び暗闇が訪れた。酒呑童子の言葉は止まり青年の口も開かない。静謐が青年と酒呑童子を襲った。けれどなんら怯えることも悔やむこともない。青年の体にはすこぶる暖かな熱が宿っていた。青年の高まる鼓動が部屋に響く。青年の瞳には生気が宿っていた。
「全ては失敗でもお終いでもない。まして国の滅亡なんかでもない。俺が蘇った時からモノの計画の全てが続いている。その計画の内容が教えられていなくても。だから悔やむ時間などない。その時間が勿体無い。」
青年がそう言うと酒呑童子は腰を上げて立ち上がった。風が起きて青年の髪が靡く。青年もまた立ち上がって静謐な空間から鬼と共に出ていく。真っ暗な岩で覆われた部屋は酒呑童子の鬼術によって閉ざされる。遠く遠く、外へ続いているだろう光の粒に向かって青年の足は動き出した。
青年の体は轟轟と熱を帯び、希望を秘めている。足取りは軽やかで呼吸は乱れていない。
「俺が災いだなんて、そんなもの、ただの嫌な夢だ。現実は夢とは違う。実際、今の俺の前に広がる現実は太陽のようにキラキラと輝いている。」
「俺は簡単に死なない。語り部としてこの国を救う。それがモノの計画の目標なら従ってみせよう。モノが生み出した命なのだから、悪いことなど一つもない。」
「屍人拾い?屍人の肉を食う?やってやろうじゃないか。」
青年を見る酒呑童子もまた若き頃の記憶を思い出して笑っていた。




