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32.子犬のようにキャンキャン

32.子犬のようにキャンキャン



「…………別に、ミウくらい、支えられる、から。次は、気をつけて」

「はい……」

 気まずい空気がただよいつつ、サラが抱擁ほうようく。

「ケガ、してない?」

「それは大丈夫です。ありがとうございます」

「なら、良いけど」

 腕の中から解放され、何となくではなく明確に気まずくてミウは顔が上げられない。視線が自然と下に落ちる。

「?」

 ふと、解放されても爪先の立ち位置が変化しない……つまりサラが目の前から動かない事に気づいて、ミウが思わずひょいと顔を上げた。

「うみゃっ!? ちょ、サラ先輩!?」

 瞬間、サラの両手がミウの頬をサンドする。

 ブニっとお世辞せじにも可愛いとは言えない顔になった自覚のあるミウが抗議めいた声を上げた。

 サラの両手を引き剥がそうとしても、石像みたいにびくともしない。繊細な造りのわりに指は長いし手の皮膚はなめらかなのに硬い。タコもあるようだ。そして何度か手を取ってわかったが意外と温かい。

 兎にも角にも。ダメだ。本当に動かない。「ふんぬー!」とか気合い入れて声を出しても無駄だろう。やらないが。

「ちょっと、離して下さい! サラ先輩っ!」

「…………」

「サラ先輩ー!」

 あわれミウに出来るのは子犬のようにキャンキャン抗議の声を上げる事だけである。

 そんなミウを、サラは紫がかった藍色の瞳で黙って眺めた後、何事も無かったかのように両手を離した。

「もう! 何なんですか!」

 自分の両手で頬をさするミウに、サラが薄く笑う。

「オレの手も、解けない、のに、オレの心配なんて」

 百年早い。言外にそう言われた気がする。確実にそう言っている。もしくは、身の程を知れ、だろう。


 ――む、ムカつく!!


 ぷるぷるとミウの拳が震え、先程と別の感情で顔が赤くなっていく。


 ――あたしだって身体強化つかえばサラ先輩くらい……!


 倒せるとは思えないが、手を引き剥がすくらいなら何とか! と微妙に弱腰な事を考える。

 そんなミウの考えを見透かしたかのようにサラが口を開く。

「身体強化しても、無理」

「人の心読まないで下さい!」

「読まなくても、顔に出てる」

 ぐうの音も出ないとはまさにこの事。

 しかも若干わざとなのかミウの神経を逆なでしつつ綺麗な毒のある微笑みを向けてくる。

「じゃあ、やってみる? 今度、組手スパーリングで、ミウが勝ったら、何でもお願い、一つ聞いてあげる。……あ、勝つのは、無理、かな。膝か手をつかせたら、にする、ね」

「っ! やってみなきゃわからないじゃないですか! 条件緩めたの、後悔してもらいますからね!」

「楽しみに、しておくね」

 ムッキィィイ! と子犬通り越して子猿ぽくなっていくミウ。

 そんなミウをサラはクスクスと笑ってから、ダメ押しする。

「安心、して。オレは、手加減、してあげる、から」

「殺さない程度で良いです! それ以上の手加減はいりません!」


 ――あたしだって、シェルディナード先輩の補佐としてそれなりに場数踏んでるんですからね!


 殺されなくはない。が、立場上、ケガまでしないように手加減されるのはなけなしのプライドが許さない。

 痛いのは嫌だしケガだってしたくないが、それより何よりこの目の前で笑う相手に目にものを見せてやりたいという闘争心アグレッシブハートが感情をめる。

「それじゃあ、帰ったら、試合部屋の予約、よろしく、ね。オレはいつでも、空いてるから」

「わかりました。首を洗って待っていて下さいね!」

 部屋を出るサラに続いて横に並ぶと、ミウは心の予定表にサラとの試合を設定する事を書き込む。

 絶対後悔させてやる。と。

「決まったら、端末に連絡、してね」

「わかってます」

「なら、良いよ」

 報告連絡相談。ホウレンソウは大事だ。

 やがて最初のエリアに戻って、二人は自動階段エスカレーターに乗り、水族館アクアリウムのエントランスまで戻る。

 受付クロークで預けていた空のバスケットとお菓子を受け取り、転移石トラベルノーツでミウの家の前へ。

「じゃあ、ね」

「はい。ありがとうございました。失礼します」

 それだけ言ってミウはきびすを返し、家の中へ消えていく。

 その後ろ姿がきちんと家の中へ消えるのを見届けてから、サラも再び転移石で帰っていった。

 次回、最終回です。

 明日も更新します。

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