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31.安心するのも無自覚

31.安心するのも無自覚



 綺麗だけれど、少し恐ろしい。

 星空に飲み込まれてしまいそうな不安を覚え、ミウの手は無意識に何かを探して。

 伸ばしたその手がぬくもりに触れ、ミウはふっと肩の力を抜いた。

 温かさに独りではないと感じてホッとするのと同時に、その温かさにもう少し寄り添いたくて、距離を詰める。

 肩と肩が触れるくらいになってようやく落ち着いて辺りを見られるようになった。

 宇宙にぷかりと浮く小舟。

 綺麗なものは、綺麗過ぎると少し怖いと感じるものなのかも知れない。

 けれどり所があれば。

 安心できる温かさが肩と手からじんわり伝って、怖さは薄れて残るのは綺麗という気持ちだけ。

「綺麗ですねぇ!」

「……そう、だね」

 語彙ごいが少ない。ずっと同じ事を言っている気がする。でも、実際口からパッと出てくるものなんてそんなものだ。

 若干サラに呆れられている気がしないでもないミウだったが、だからってどうにもならないことも真理である。


 ――あー……そう言えば、婉曲えんきょく表現とかも勉強しないとなぁ。


 夜会もそうだが、仕事上でのスキルとも言える。

 カドを立たせないことは勿論、釘を刺したり色々な使い方があるし、使いこなさなくてはいけない。

 使われた側になったら、同じくらいの遠回しさで返さなければいけないのだから。


 ――うう。面倒……。


 考えるのをやめよう。

 ミウはフルフルと頭を振って、その視界に青く輝くものが映った。

「ふわぁ……っ」

 青く輝くちょう燐光りんこうを帯びながら飛んでいる。水面みなもに時折触れて、波紋が星の海を揺らす。

 いくつもの青い光と波紋の描く紋様に、ミウは思わず小舟から身を乗り出して見ようとして。

「わっ」

「危ない、から。流石に、落ちる、よ」

 軽い衝撃と小舟の揺れにミウが身をちぢこまらせる。衝撃はサラがミウを抱き寄せたもの。

「す、すみません……」

「いい、けど」

 ちゃんと座ってること。そう言われ、我に返った所で猛烈もうれつに恥ずかしさが込み上げてくる。


 ――あたし……子供じゃないのに何してんの…………。


 はしゃぎ過ぎた。

 首から一気に耳まで赤くなったのがわかる。


 ――暗くて良かった。これは恥ずかしい。


 それと同時に、


 ――サラ先輩で良かった。他の人が一緒だったら呆れられて気まずい。絶対。


 いやサラも呆れてはいるだろうと思っているのだが、言ってしまうともう今更いまさらというレベル。

 今日だけ見てもここに来るまで何度も呆れた視線や声などを返されている。

 けれど、だ。

 今更なのである。

 それで片付けられる時間を過ごしてきたし、いつからかそれが当たり前になった。

 ミウは自覚していないが、サラは『呆れはしても見捨てない』という事を聞くまでもなく、信じている。

 実際聞いても肯定そうだよと返ってくるだろうが、無自覚の確信を持つほどわかっていると言えるだろう。

 そこに安心するのも無自覚なのだが。

「そろそろ動く、から。立ったり、しないで」

「はい……」

 小舟が再び動き出す。周囲の景色も夜から朝焼けに変わるようにゆっくりと変わっていく。半周して乗ったのとは反対の岸が見えてきた。

 岸について小舟が停まり、サラが先に降りてミウへ再び手を差し伸べる。

「ありがとうございまっ!」

 手を取って舟から降りようとした直後、舟の縁に足先が引っ掛かってつまづきそうになった。

 悲鳴が飲み込まれ、とっさにミウが思ったのは『サラ先輩の手を放さなきゃ』である。

 その思考は驚くほど早く反射神経に伝わり、ミウはサラの手を放していた。

「うぎゃ!?」

 放した矢先やさき、ミウは何かに顔面から飛び込んだ。

「バカなの……?」

 飛び込んだ先は地面でも小舟でもましてや水でもない。

 温かい。ついさっきまで、隣にあった温度。

「さ、サラ先輩?」

 思わず飛び込むと同時に眼の前にしがみついたミウをサラが抱き締める形で受け止めていた。

「何の、為に、エスコートが、あると、思ってる、の?」

「うっ……。面目めんもくゴザイマセン……」

 エスコートは女性が躓いたり倒れたりなどの時にも対応出来るようにやっている事で。

「手を、取ったら、放さない」

「はい……」

 コケた上にエスコートを無にしたりと、先程の比ではなく恥ずかしくて顔の上げられないミウにサラは少し首を傾げた。

「オレ、そんなに頼れなそう……?」

「え」

「ミウが手、取ったままだと、一緒に倒れると、思った? ミウを支えられないって」

「ちがっ……そうじゃ、なくて」


 ――あう。否定出来ない……。


 一緒に倒れる、と言うより最初に浮かんだのは、万が一にも巻き込んでケガさせるわけにはいかない、だった。

 支えられないとかは思ってもいなかったけど、結局は同じだろう。相手にとっては。

 自分より相手を守ろうという気持ちが染みついているからか、それが反射的に出てしまった。

 そろそろこの話もお別れの時間が近づいてきました。

 明日も更新予定です。

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