26.世界は変わる
26.世界は変わる
踏み出す一歩に床は消え、冬の静謐さをたたえる雪かぶりの古び割れた石畳が。
踏み出す空気の一振に、壁と天井までのガラス窓は鳥籠めいた廃墟へ塗り替わる。
中央へ到達した二人に降り注ぐのは、割れた鳥籠の向こうで笑う月の光。
向かい合い、サラが優雅に一礼するのに合わせてミウもカーテシーを返す。
冬の夜にも似た静かな曲が流れ出す。
――ああ、リードマークも雪みたい。
床の上に光が描く雪の結晶は淡く仄かに輝き、それとは反対に踏み出す足許では石畳の雪が消えていく。
光が、弾けた。
景色が変わる。
足跡から、冷たい無機質な割れた石畳から緑が芽吹き、空気も輝く。
剥き出しの鉄材や朽ちた石壁、割れたガラス窓。それらをスルスルと伸びた蔦が覆って。
翠の鳥籠が月光に照らされる。
冬の夜から春の夜明けへ。
世界は変わる。
◆◆◆◇◆◆◆
頑張っていたのを、知っている。
「…………」
大好きだった……今でも、大好きなのが変わらない事を、知っている。
彼女は、自分と同じだったから。
彼は思う。
だからミウでなければダメなのだ、と。
――うん。綺麗……。
自分の対でステップを踏むミウに、サラは僅かに優しく瞳を細めた。
指先、脚の爪先まで、丁寧に。自分の行動を横目に確認してもさり気なく。小さな行動の変化を読み取り鏡のように踊る。
そんな『芸当』が出来るようになるまで、随分痛い思いもしただろう。普通に踊ったとしても、初期は靴擦れや転倒で文字通り血の滲むものだから。ダンスに限ってはそれが主で、先読みなどはさらに騎士団の訓練や実地で身につけたもの。
出会った当初は逃げようとするほど苦手だった社交も、心友の右腕として立ち回る補佐官に不足ないレベルまで実績を積み上げた。少なくとも、内心どうあれ外からみた限りは貴族の末席にいてもおかしくない立ち居振る舞いを身につけている。
心の中でどれだけ叫ぼうが、表に出さなければ良い。
それだけの努力をしてきたのを、知っている。
それらが全て、心友のただ為に。
「…………」
それら全てが無になるとしても、心友の為に。
心友が『一番幸せ』になれる選択をした。
だから、ミウでなければダメなのだ。
――ルーちゃんを、一番に考える。
例えば、何かと、誰かと、心友を天秤にかけた時。
ミウは迷わず心友に一番良い方を選ぶだろう。
サラ自身もそうする。
違うけれど同じ。
たから、彼女なのだ。
サラの伴侶に求める条件は唯一つ。
自分と同じくらい、心友を好きなこと――。
歪んでいる?
否。初めて心友に会ったその日から、彼と友人になったその時から、それはサラにとって不変の指針。
誰から歪んでいると言われても。誰からおかしいと言われても。既に自分でさえ曲げられない魂の標。それが心友を何よりも優先するということ。
ありえないが、例え彼に裏切られても殺されても、サラはそれでもシェルディナードへの心を変えないだろう。
それは卵から孵った雛への刷り込みのように。
他者から見たら歪んでいるのかも知れない?
知ったことではない。
伴侶よりも友人を優先するのがありえない?
でもそれが自身。
何よりも、彼がサラを一番しなくても?
そんなのは関係ない。
そうしたいと思ったからそうするのだ。
好かれたら嬉しい。けれど、見返りを求めるものではない。
――自分がしたくて勝手にやっている事に、見返りを求める方がおかしいでしょう?
それを、愛と呼ぶかは別として。
執着である事は間違いない。
異常、という冠もオマケにつくかも知れないが。
兎にも角にも、だからこそ。
――ミウは、同じ。
自分の積み上げ捧げたものが受け取られなくても。
ただシェルディナードが一番幸せになる選択肢を選ぶ。
別の選択肢なら、自分が望むものを手に出来るとわかっていても。
自己犠牲などではない。
何故なら、彼女自身が自覚していないかも知れないが、彼女にとって『シェルディナードが一番幸せになる』選択肢こそが、『彼女自身』の望む『本懐』なのだから。
上辺の心がどれだけ荒れようが傷つこうが、何かの弾みにもう一度同じチャンスが訪れても、彼女の選択は変わらないだろうと確信がある。
ずっと、見ていたのだから。
ずっと、彼女が心友の為に『どこまで出来るのか』、ずっとずっと、見ていたから。
ずっと見ていたから――。
――待つのは、得意。
本能が告げている。彼女は唯一の『同類』だ。
明日も更新予定です。
久々の連勤で少し疲れましたが、こういう時の方が進む不思議です。




