14.いや無理ですよね?
14.いや無理ですよね?
「わぁっ! 何ですかあれ!?」
次の部屋はエントランスよりも広い、ピクニックエリア。天井は湖面すれすれまであり、床は館内であるはずだが、ミウが通路から踏み出した靴底はレンガで出来た路を踏んだ。
芝の青々とした小さな丘まで見える。木立さえあるのだ。
極めつけは、湖側をカバーするガラスの壁面。
「ここの、ために、作った、特別なガラス。……来て」
サラについて丘の先、崖のようになっている端へと移動する。
「触ってみて」
「…………」
促されるまま手を伸ばした。ミウの指先がガラスに触れ、『ガラスがぷにっ』と指を包む。
「え! え?」
ぷにぷに。ひんやり。
ゼリーか。この感覚。
「このガラス、水に触れていると、こんな風に、柔らかくなる、よ。これなら、魚がぶつかっても、怪我しない、でしょ」
指を離せば元通り。弾力がある。
「凄いですね!」
魚もだが、人間がぶつかっても怪我しなそうだ。
「厚みも、結構ある、から。破れないし」
「なるほど……」
ちなみにせり出して湖中が望めるこの崖部分は、ピクニックエリアの人気スポット。平日の今日はそもそもお客さん自体が少ないから分かりにくいが、いつもは空いたら即次の人がレジャーシートを広げるレベルの人気だ。
ガラスの向こうに広がる湖中も、透明度が高くわりと遠くまで見渡せる。先ほど言っていたサイクリングの管も小さく見えた。
「それにしても、びっくりですね。館内のはずですけど、地面だし木も生えてるし。公園みたい」
改めて見渡すと、木立の背は低めでちょっと大きな実が生っている。
「ん? え? あの実なんですか!?」
自分で見たものが信じられなかったのか、ミウが思わず木立に駆け寄っていく。
「バケツが、生ってる!」
どう見てもカラフルに色が塗られたバケツ。大きくて柏のように毛がある葉が蓋みたいにくっついているが、バケツ。
「異界で見た、映画に出てきた植物を、どうしても、再現、したかった、らしい、よ」
異世界に遊びに行った際に見た映画に出てきた植物を、なんとか再現しようとした錬金術師がおり、その研究成果がこれだとサラが言う。ちなみにその錬金術師はミウの所属する騎士団があるシアンレード領の研究所に勤めている。
「こんにちは。ランチボックスの実は初めてですか?」
「あ。はい!」
木立の近く、簡単な木のカウンターにいた女性がミウ達に声をかけた。
「この実は当施設でのみ販売しています。中身は開けてみてのお楽しみです。おひとつ500Cでの販売ですがいかがですか?」
「えーと……」
ミウがちらりとサラを見る。
――どうしようかな……。お弁当持ってきてるし、サラ先輩は自分の分も食べきるか怪しいから無理かなぁ。
悩むミウにサラが口を開く。
「買って、みれば?」
「あー。えーと……」
「ミウの、作ってきた、のは、オレが、食べるから」
「いや無理ですよね?」
思わず反射的にツッコんでいた。
「いつもサラ先輩、片手以下の分量しか食べないじゃないですか」
「……朝、抜いてある、から」
「むしろ朝食とってたんですか? その前に朝を抜いても抜かなくてもサラ先輩がほとんど食べないの変わりませんよね?」
「細かい……」
ぽそっとサラが呟くがそういう問題ではない。
「……じゃあ、食べられなかったら、その実、持って帰れば、いい、でしょ?」
「でも……」
「心配、なら、保存の魔術、かけて、あげる、し」
傷むのが心配なら状態を保存する術を掛けるとサラが言い、ミウは迷った末に頷いた。
「わかりました。えっと、ありがとうございます」
「うん」
ようやく話が決まった二人を見て、係の女性が楽しそうに笑う。
「とても仲がよろしいカップルさんですね」
「違います!」
――いや、『照れちゃって~』じゃないですから! 本当に違います!
しかしムキになるミウを気にする風もない係の女性に促され、ミウはたくさんの実が生る木立の中に足を踏み入れた。
――なるべく小さくて軽いのにした方が良いよね。
ランチボックスの実の中にはランダムで食べ物が詰まっている。林檎のように赤くなった実が食べ頃で、中身によって大きさも重さも異なるらしい。
「こんなの再現とはいえ作っちゃうなんて、錬金術って凄い……」
再現に掛ける執念も。
普通、いくら憧れても再現しようとは思わないだろう。だって普通にお弁当作る方が遥かに簡単だ。
ほぼほぼ狂気の域と言っても過言ではない。
「あれ? これ、何だか……甘い、匂い?」
あまり陽当たりの良くない影に他のものより小さい実があった。色は赤いから熟れてはいるようだが。
当然ながら、もいだら交換は出来ない。
「まあ、一番小さいし、軽いから食べきれそうだし」
ミウはその実をとって引き返す。
あっという間に1月上旬が終わります。
次の更新は明日です。




