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巫女乃禄  作者: 若猫老狐
それから2年……
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巫女乃禄 (5)

『…さん!…こ……さん!』

声が聴こえる。

沈んでいた筈の意識が少しずつ戻っていく。

指先に力が入ると今度は吐息が漏れる。

瞼を開けるとモヤに包まれていた視界は光を捉えていた。


「娘伯さん!」

風花の声に導かれ娘伯は宿舎の広間で目を覚ました。

「ぁ…ぁ…良かったぁ!」

「ゔ…なに…私…どうして…」

風花に抱きつかれ娘伯は混乱する。

子供のように大喜びする風花を青井が引き剥がした。

毒にやられた後の割に寧ろ前より元気を取り戻している。


「落ち着いて!風花も病み上がりなんだから!」

その後ろでは美剣が率いる妖滅巫女達が不思議そうに娘伯を見つめていた。

「ふわぁ…なんて凛々しい姿…」

「扇木はそればっかり…」

妖滅巫女を知り尽くした"オタク"とも言うべき扇木の態度に真央は呆れ果てる。


「ぁ…いえ!美剣様の次に麗しいと思っただけですから!」

最も尊敬している美剣に失望されたくないのか、

扇木は無駄なフォローを入れる。

「なぁどっちが強いか手合わせしようぜ!」

「今はそんな時ではない」

娘伯の強さに興味津々な牙谷。

美剣はやはり宿舎に待機させて正解だったとため息を落とす。


「私…死んで…ない?」

既に屍人となっている者が滑稽な事を呟く。

モヤによって崩れた娘伯の腕脚は確かに存在している。

「妖怪の反応が消えたから急いで消失地点へ向かったんです…そしたら倒れてる娘伯さんを見つけて」

身体を(むしば)んでいた毒は衣蛸が滅せられた事で効果を失い再び不死の力が働いたようだ。


「そう…なんだ……風花…」

「娘伯さぁん!」

またも抱きついてきたので娘伯は風花の頭をそっと撫でてあげる。

「風花は変わらないね」

風花も昔と変わらない娘伯の優しい声に一層強く抱きしめた。


「無事で良かったです娘伯さん」

「ん……なんとか約束は守れた」

潤んだ瞳で安堵する青井。

「お疲れさん!」

この場には相応しくない男の声で娘伯は振り返る。

宿舎の入り口でぬらりひょんの道我が陽気に手を振っていた。


「まさか君にも毒が効くとは想定してなかったよ」

「それでも…私は生きてる」

薬物の研究は衣蛸のキヌに一任していた。

故に毒物の効力が如何程のものかは道我でも把握しきれていなかったようだ。

興味深い結果だが道我は咳払いし己の処遇を語る。


「これで役目は終わった…俺を滅してくれ」

首を横に傾けて手刀をとんと叩く。

道我の申し出に妖滅巫女達はざわついた。

「元々キヌとは死別を共にする約束をしていた…悔いは無い」

「そうか!なら牙谷にやらせ…ぐへ!」

空気を読まない牙谷に真央が襟を引く。


「貴方は…裏で許されざる行為をしてきた」

「だろうね…君の身体を弄ったのは紛れもなく俺だ」

ギンとして瀕死となった時にウェンフーの命令で蘇らせたのは道我の行い。

彼女の不死の力こそ解明は出来なかったが、

あらゆる実験の末に力は強固な物になってしまった。


「それでも私は…貴方に生きてほしいと思ってる」

「妻を失くした虚しい妖怪に生きる価値なんてあるのかい?」

彼は只の妖怪ではない。

妖怪の力に最も詳しく妖滅連合以上に理解を得ている存在だ。

「その知識を人間の為に使ってみせて」


しばし沈黙が宿舎を支配する。

目を閉じ深く悩むと道我は答えを出した。

「仕方ないな…都会が野蛮な輩に支配されるのは御免だし協力してあげてもいいよ」

「あまりお前を信用したくはないが…妖滅連合には紹介しておく」

明らかな不機嫌さを押し出して美剣も提案を呑んだ。

「どうせ宿も無いのだろう?今夜は宿舎に泊まっておけ」

「悪いねぇ何から何まで世話になっちゃって」

上機嫌な道我とは対照的にやはり牙谷は不機嫌に睨みつけた。


「あの…娘伯さん…話したい事いっぱいあるんです」

「ん…私が居なかった間の事…後でゆっくり聞かせて」

「もちろんですよ!元斎さんにも会ってあげてください!」

忘れかけた名を風花に言われ娘伯はハッとする。

「討伐に集中していたので元斎殿には娘伯殿の件を報告しておりません」

つまり元斎はまだ娘伯が戻ってきた事を知らない。


「今日はお開きとしましょう」

「えぇ!まだ訊きたい事いっぱいあるのに!」

「今何時だと思ってるのさ…子供は寝る時間」

「なんだと!牙谷と真央は同い年だろ!」

「あの…喧嘩はほどほどにお願いしますね」

扇木が口論する牙谷と真央を宿舎の二階へ押し込む。

「では……また明日」

「ん…」

美剣は会釈を交わし二階へ行った。


「私達も家に帰ります」

思い出話に浸らないよう青井は告げる。

「ん…私はここに居る…もうどこにも行かないから」

「はい!明日も絶対来ます!」

涙を拭き風花も笑顔で今日の別れに頷く。

石段を降り姿が見えなくなるまで娘伯は二人に手を振り続けた。


「……」

境内が静寂で包まれる。

娘伯は息を整えると社務所へゆっくりと向かう。

玉砂利が彼女の邪念を祓うように軽やかな音を奏でる。

中に入ると彼は俯き背を向けていた。


「ぁ…」

気配を感じて元斎は振り返る。

「……娘伯や」

弱々しくも優しい声で娘伯はやっと重責から解き放たれた。


「ただいま……伯父」



巫女乃禄 完

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