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無慈悲な不死の女王

「今までこれほど強力な毒は見たことはありません」


 ヘーテが持ち帰った毒針。いくつかの動物――魔領に住む動物は多くないから探すのに苦労した――を実験台にした後、ユーリカはそう結論づけた。


「ほう。チェルミナートルでもコロっと死んでしまうぐらいか?」

「簡単に逝ってしまいますね。量にもよりますが、少なくとも五年は死んだままになるのではないでしょうか」


 チェルミナートルの死の長さは肉体のダメージによるとされる。例えば、肉体が粉々になったような場合、復活までには一〇〇年以上かかってしまうようなことも多い。

 粉々になった場合、どのようにして復活するのか? 一つの肉片から再生するのだ。チェルミナートル達が知るかぎり、二つの肉片がそれぞれ成長し、同じチェルミナートルが二人生まれるなどと言った事例は今まで存在しなかった。

 不思議がったチェルミナートルはロゥバーにその理由を尋ねたが、彼の説明は珍しく難解でそれを完全に理解出来る者はいなかった。ただ、生命の最小単位が一つしか存在せず、その最小単位を持つ肉片だけが肉体へと再生することだけを朧気に理解することが出来た。


「やはり人間の武器は大きく進化している」

「そうですね。閣下の仰る通りです」


 人間たちへの評価を上方修正する必要があるな。マルクは目の前の毒針を見ながら考える。


「他に大きく進化した武器や兵器はないか? あるいは以前にはなかったような新しい武器も」

「存じ上げておりません。すぐに調べて参ります」

「いや、良い。ただ知らないかと思っただけだ」


 首を軽く振りながら、マルクは歩き始めた。そろそろ祈りの時間だ。ユーリカが付き従う。


「それにしても、ベーリアンが神域へ攻撃を仕掛けてくるかもしれないな」

「ありえるでしょうか?」

「こちらは少数だ。数で潰そうとするかもしれない。最も、それをするには俺達がロゥバー様の神殿を本拠地としていることを知る必要があるが」


 そして、マルクはそれを恐れていた。ロゥバーの神殿は何としてでも守らなければならない。神の住居に人間を入れることだけは何としてでも阻止しなければならない。


「人間たちに知られる前にロゥバー様の神殿から離れた方が良いかもしれない。だが、それは果たして許されるのか。ロゥバー様への背徳とも取れる。俺たちがここを留守にすることをロゥバー様は許されるだろうか?」

「……どうでしょうか」


 チェルミナートルは少数だ。移動し続け、一方的に攻撃を加えるのが理想的である。だが、ロゥバーの神殿をチェルミナートルが重視していることを知られれば大きく話は違う。戦いはロゥバーの神殿を巡る攻防になるだろう。正面からの戦い。今のところベーリアンはルガーテとの前線を維持する必要があるから本隊が攻めてくる可能性は薄いが……。

 そして、ロゥバーの神殿を守る戦略的な必要性が全くないこともマルクの頭痛の種だった。神殿を本拠地とするのは全て信仰のためであって、戦いのためではないのである。

 それを人間たちに知られた時、大きな弱点となるのは目に見えていた。


「……守るべきか?」


 ベーリアンとルガーテを互角に戦わせ、消耗させる算段だったが、一つ誤算があった。ルガーテは全く攻めようとしないのだ。チェルミナートル達がベーリアンに攻撃を加えても、ルガーテはその隙に攻めたりせず、ただ逃げるための時間稼ぎに使うこともしばしばあった。

 結果、ベーリアンの目はルガーテからチェルミナートル達に向けられ始めている。

 攻撃を休止するのも一つの手。ルガーテが本当に危なくなるまで何もしなければチェルミナートルを無視するようになるかもしれない。だが、攻撃をやめた時、ベーリアンが好機と見て神域へ攻撃を加えてくる可能性もあった。

 更に攻め続けるべきか、それとも活動を休止するべきか。マルクは決断を迫られていた。


「ルガーテに使者を送ってはどうでしょう。共闘の申し出をするのです。後から裏切れば良いのですから」

「ルガーテが乗ると思うか? あいつらは俺達がしようとしていたことを考えてるんだ。つまり、ベーリアンとチェルミナートルを戦わせて消耗させようとしている」


 押し黙るユーリカ。

 マルクは一つの結論に達した。


「攻撃は続ける。だが、ベーリアンに対してではない」



◆ ◆ ◆



 ルガーテの前線はウェス・ルー砦から動いていない。若き王が防衛のみを命じているためだ。最近ではベーリアンの前線も下がり、にらみ合いの膠着状態になっている。

 そんな落ち着きを取り戻してきたウェス・ルーの砦だったが、一つの爆発音と共に平穏は一瞬で崩れ去っていった。


「敵襲!」


 にわかに騒がしくなる砦。ベーリアンの侵攻かと思われたが一つだけ様子が違った。どこにもベーリアンの軍勢が見当たらないのである。

 再び爆発音。城壁の一部が崩れ落ちる。悲鳴。慌ただしく弓を構えるルガーテ兵達は、二人の魔法使いの姿を目にした。深い緑のローブを着て、フードを目深に被っている。


「敵は二人だ!」

「おい! 敵はたった二人だぞ!」


 嘲笑がルガーテ兵の間に広がる。そこに敵襲の報告をかけつけたベイル中将が割り込む。


「敵が二人だと?」

「はい。魔法使い二人です。射殺しますか?」


 ベイル中将は少しだけ躊躇する。二人での襲撃など通常では考えられないからだ。少しの思案の後、ベイル中将は射殺を許可することにした。


「弓兵、撃て!」


 鋭い弦の音と共に十本の矢が飛ぶ。その内の半数ほどが魔法使いに命中し、二人は倒れ伏した。歓声。

 ベイル中将だけが落ち着いたまま周囲を油断なく見回している。そして、ゆっくりと諭すように口を開いた。


「これだけで終わる訳がない。気を引き締めろ」


 貴重な魔法兵を無駄死にさせて敵は何を考えているのか。ベイルは得体の知れないものを感じていた。何か狙いがあるに違いない。そして、その予感は当たっていた。


「中将、反対側から空飛ぶ魔法使いが!」

「何人だ?」

「一人です!」


 狐につままれたような表情を浮かべるベイル中将だったが、すぐに走り始める。


「そいつも何かの囮の可能性が高い。気を引き締めろ」

「いえ、お言葉ですがそれは違うと思います」

「何だと?」

「あれは恐らくあの女王ですよ。血のように赤いローブを着て仮面と王冠をつけてました」


 ベイル中将の顔から血の気が引く。ベーリアンを襲撃している女王の噂はルガーテにまで広がっていた。謎の女王軍がベーリアンを潰してくれれば良いとベイルが考えていたほどに。それが何故ルガーテに? ベイル中将は小さく舌打ちした。


「女王の噂など戯言だ。恐れる必要はない。敵はたった一人なのだ」

「はっ!」


 中将はそう言いながらも、そうは考えていなかった。一人で突撃してきたのは、一人だけで十分に戦果を上げられる自信があるからだろう。

 ウェス・ルー砦の北東。上空に浮かぶ女王の姿を見ようと多くの兵士が集まっている。ベイルはそこへ辿り着くと、あらん限りの大声で叫んだ。


「弓を構えろ! 撃ち落せ! 何かしてくる前に殺すんだ!」


 いくつもの弓が空へ向けられ、弦を引く音で場が満たされる。女王は動かない。


「撃て!」


 およそ一〇〇の兵によって放たれた矢がゆるやかな弧を描きながら飛ぶ。女王はその矢をいくつも受け、空から墜ちていった。


「やった……か……?」


 誰かのつぶやき。そして、その呆気ない幕引きに対する笑いや歓声が続いた。


「何しに来たんだあいつ!」

「撃たれに来たんじゃねぇの」

「あれを女王なんて呼び始めたの誰だよ」


 笑い合う兵士たちを置いて、ベイルは墜落した女王の元へ走る。そして、死体が消えていることを確認した。思わず歯噛みする。

 女王に関して伝わっている噂はいくつかある。一つは空を飛ぶこと。一つは氷柱の魔法を使うこと。一つは仮面と王冠を身に着けた特徴的な容姿。

 そして、最も不気味な噂は死体が消えるということ。また、殺しても翌日には再び姿を見せるということだ。

 兵士というのはジンクスや迷信を信じやすい。無学な上に命を賭けて戦うのだから些細な事にも囚われやすいのだ。だから、復活する女王の噂についてベイルは真剣に検討したことはなかった。

 それが。ベイルは思わず身震いする。死体が消えたことは何を表すのだろう。何故女王は何もせずに死んだのか? そして、女王は本当に死ぬのか?

 ベイル中将は晴れぬ気分のまま自室へと戻り、都への報告書を書き始めた。女王がウェス・ルー砦に現れたこと、射殺したこと。そして、死体が消えたこと。

 空はどんよりと曇っていて今にも雨が降りそうだ。ベイル中将は報告書に封をし、窓を閉めた。


 女王が再び姿を見せたのは翌日だった。

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