圧力
若き王、ハークス・ルガーテは机上に五枚の報告書を並べ、眉間に皺を作っていた。
「うんざりするな。邪魔者は殺せば良いと考えていたが、殺せない敵がいるとは」
ハークスの手元にある報告書は全てウェス・ルー砦のベイル中将からのものだった。また、内容も全て同じである。現れた女王を射殺した旨。
だが、日にちだけはそれぞればらばらだ。五日連続で届けられた報告書にハークスは困惑していた。
「毎日現れる女王。初日は何もしなかったが、二日目からは砦へ攻撃を行なっている。そして、その攻撃の激しさはどんどん増していると」
「本当にその女王は同一人物なのですか?」
宰相のギムが疑問を投げかける。ハークスも考えていたことだ。女王は仮面を被っているという。それは何故か。入れ替わってもばれないように。それがハークスの考えだった。だが、そうだとしても何の解決にもならなかった。
「仮に別人だとしよう。だが死体が消えるという現象が説明出来ない。幻影の魔法というものはあるらしいが、死後に使うことは出来まい。あるいは、女王の存在自体が幻影の可能性もあるが、それなら女王の攻撃によって被害が出るのはおかしい」
「そうですな」
「だが、分かることはある。女王の目的だ」
「砦への攻撃ではないのですか?」
「攻撃は手段だ。徐々に激しくなっていく攻撃、つまり、何かの選択を迫っているんだ。何かをしないと攻撃を続けるぞ、そして、攻撃は激しくなっていくぞ、と」
「どのようなことを求めているとお考えですか?」
「……ベーリアンへの反撃だろうな」
ギムの眉がぴくりと動く。
「女王はルガーテとベーリアンの戦いを望んでいるのですか。それは、まるで陛下が女王とベーリアンと共倒れを狙っていたように?」
「そうだ。女王はルガーテとベーリアンが戦い、共に疲弊することを目的としている。今までベーリアンだけを攻撃していたのは単純にルガーテが劣勢だったからだ。だが、女王が目立ちすぎたことによってベーリアンの目は女王に向かった。それを変えようとしているに違いない」
「殺しても死なない女王。厄介ですな。条件を飲まないと永久的に攻撃を受ける」
「本当に厄介だ」
ぎしりと椅子がきしむ。ハークスは立ち上がると本棚から一冊の本を取り出した。
「チェルミナートルに関する本だ。見てみろ」
「……陛下は女王をチェルミナートルとお考えですか?」
「そう思った。半月ほど前に魔領上空に発生した紫の炎は女王に関する何かだったのではないかと思ったんだ。だが、調べるにつれて違うのではないかと思うようになった。このページを見てみろ」
「これは」
「チェルミナートルの死に関する記述がある。彼らは不死と呼ばれているが、実際には死ぬんだ。だが、やがて蘇る。だから不死とされているようだ」
「死体が消える女王とは違いますな」
「そう、そうなんだ。そして、死んだチェルミナートルが蘇っても脅威にならぬよう、深い地下の石牢に閉じ込めている場所がある。永久牢と呼ばれる牢獄だ」
ページをめくるハークス。示された地図の一点をギムは知っている。城塞都市ワルトハダール。
「ワルトハダールの地下の地下。今も多くのチェルミナートル達がそこで生きている。看守は親から子へ代々引き継がれているらしい。実際に部下を送って存在を確かめた」
「つまり、チェルミナートルの死体が消えることはないというのですね」
「そういうことだ。結局、女王の目的は分かるが、女王の軍勢の正体は皆目不明。私達は得体の知れない不死の敵と戦うか、言いなりになるかの二択を迫られている」
長い沈黙が下りた。どこか躊躇うようにギムがゆっくりと答える。
「ベーリアンと戦いましょう。形式的だけで良い。それで女王は満足するでしょう」
「本当に満足してくれたら良いのだが」
若き王の目はチェルミナートルの本へ向けられたままだった。
◆ ◆ ◆
人間の神は多い。だがチェルミナートルの知っている神々となるとある程度数は限られる。
まずルガーテ。炎と鍛冶の神だ。五千年前には約三万の民を率いていた。現在はルガーテは国名にもなっている。王の家名でもあった。
次にベーリアン。大地の神だ。五千年前には約八万の民を率いていた。ルガーテと同じく国名にもなっている。また、現在ベーリアンの王であるゼラールは『無言のゼラール』と呼ばれるほど無口で有名だった。
そして、神々の長兄アーヴェルム。言葉を司る最も強大な神であり、最も恐ろしい神。三〇万の民と全ての神々を従えていた。アーヴェルムの名前はやはり国名にもなっているが、国としてのアーヴェルムは多くの国々を併合しており、正式名称には他のいくつかの神の名も含まれていた。
チェルミナートルにとって恐ろしい敵と認識されているのはこの三人の神だった。そして、それらの神の民たちも当然同じように敵として扱われる。
チェルミナートルはルガーテを支援するように戦っていたが、それはルガーテとベーリアンの共倒れを狙ってのこと。結局どちらも倒すべき敵だった。
ウェス・ルー砦から三〇リーグ弱の距離。およそ一万程度のルガーテ軍と、その倍はいるであろうベーリアン軍が睨み合っていた。
ベーリアンの指揮官、チェイは忌々しげにルガーテ軍へ目を向けた。
「何故女王がルガーテ軍にいやがる?」
ルガーテ軍の上空、目立つ赤いドレスを着た女が浮遊している。遠すぎて仮面や王冠などは視認出来ないが、間違いなく女王だとチェイは確信していた。
「ここしばらく姿を見せていないと聞いたが……。ルガーテにつきやがったか」
思わず唇を噛む。チェイは髪を掻き毟ながら、連れていた奴隷を蹴り飛ばした。
「糞っ! 全てがうまくいかねぇ。乱戦だ。乱戦に持ち込むぞ。数で勝ってるんだ。兵の消耗なんか俺が気にする必要はねぇ。勝ちゃあ良いんだ」
「乱戦命令の伝令を飛ばして宜しいですか?」
「良いに決まってんだろ。さっさとやれ」
怯える副官を手で払いながらチェイは剣を抜いた。この男は性格に大きな問題があったが、少なくとも剣の腕は確かだった。
剣に刃こぼれがないか確認しながらチェイは思う。必ず殺してやると。
先日の敗戦によりチェイは責任を取る必要性に迫られていた。何しろルガーテの倍以上の数を率いながら撤退に追い込まれたのである。砦を落とせなかっただけなら仕方ないが、敗戦と呼ばれても仕方がない秩序のない撤退だった。
これが最後のチャンス。ここで負ければ出世は絶望的だ。チェイは人一倍出世欲が強かった。金が欲しかった。武器を買い、奴隷を買い、力を誇示出来る手段の一つが金だった。
「やってやるよ。不死の女王を捕まえて何度も殺してやる。死ねないことを後悔しても遅い。壊れない玩具だ。ずっと欲しかったものじゃねぇか」
チェイは息を吸い、叫んだ。
「突撃っ! 乱戦に持ち込め! 何の作戦も意味を持たないほど狂った戦いをしてやれ! 突撃ーっ!」
そして、二つの軍勢は入り混じり、剣と剣を合わせあった。魔法で一方の軍を攻撃するのが不可能なほど、二つの軍は乱れ混じって戦ったのだ。
もう奇策は受けない。チェイはそう考えた。魔法でベーリアン兵だけを狙うのは最早不可能だ。チェルミナートルの奇襲も怖くない。
ここに一つだけチェイの誤解があった。チェルミナートルがルガーテ軍に味方しているという誤解である。
チェイは戦場で見かけた女王軍の肌色から、女王がチェルミナートルに関連するものだと知っていた。だから、ルガーテがチェルミナートルに協力を持ちかけ、共闘しているのだと考えていた。
まさか、チェルミナートルがベーリアンとの共倒れを狙ってけしかけていたとは考えてもいなかったのだ。
それに気づいたのは女王が動き出してからだった。
「少将! 女王が無差別に魔法攻撃を!」
「無差別だぁ? 正気かよ!」
ベーリアンもルガーテも別け隔てなく貫く氷柱。チェイは上空を睨んだ。
「撃ち落とすか? いや、本当に無差別ならルガーテに撃ち落とさせた方が得か」
わざわざ兵力を割く必要があるか? 歩兵ならともかく弓兵を遊ばせることをチェイは躊躇した。
「チェルミナートルと見られる騎馬部隊が右側面から突撃してきています!」
「ルガーテが撤退を開始してますっ!」
チェイは寄せられた二つの報告に眉をひそめる。チェルミナートルが突撃してくるのは分かる。だが、開戦直後のこのタイミングでもうルガーテが撤退?
訳の分からぬままチェイはルガーテへの追撃命令を出した。
「乱戦状態を維持しろ! 追撃だ!」




