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不死鳥

 マルクは馬上から撤退を開始しているルガーテ軍を睨みつけていた。


「ルガーテの連中め、俺たちにベーリアン軍を押し付けるつもりだ」

「小賢しい連中ですねー!」


 ヘーテが頬を膨らませる。


「どうする? 五十の軍勢とも呼べぬ数で二万を相手するのか?」


 面白がるようにヴェロニカが問いかける。マルクは首を振ってそれを否定した。


「相手するのは一人だ。指揮官の首だけ狙うぞ」

「指揮官がどこにいるかは分かるのですか?」


 首を傾げるユーリカ。戦場は乱戦状態にあって指揮官の位置を把握するのは難しい。撤退している側がルガーテだと辛うじで分かるぐらいだ。


「ヴェロニカの魔法で分かる」

「もう分かっておるぞ。ほれ、あっちじゃ」


 伸びるヴェロニカの指先。ユーリカはそちらを不思議そうに見つめた。


「どうしてお分かりに?」

「探査の魔法じゃ。妾がロゥバー様から頂いた魔法は二つあるが、情報集収と位置探査の魔法での」

「さっきむヴェロニカがにゃむにゃ唱えていただろう。あの時に調べてもらった」

「うむ。人間のメスの奴隷を二人連れておるのが指揮官のようじゃ。爬虫類のような顔をしておる」

「じゃあ私がやっちゃおー。マルク様、いいですよね?」


 ヘーテが待ちきれなさそうに体をそわそわ揺すり始める。


「ああ、ナイトとルークを連れて行け。ナイトとルーク、ヘーテの援護をしろ。俺の命令よりヘーテの命令を優先しろ」


 二騎のナイトがヘーテの脇を固め、ルーク二両がその前に並んだ。


「妾はゆっくりさせてもらうか」

「腕に自信のある者はヘーテに続け! 他の者は可能な限り戦線を維持しろ!」


 マルクは叫び、それからクイーンを呼び戻した。万が一チェルミナートルに死者が出た場合、死体を回収させる必要がある。


「よーし、行くよ! 突撃!」


 ヘーテの軽い号令と共に十人のチェルミナートルの騎馬が駆け出す。他の四十程度のチェルミナートルも戦線を維持するために突撃を始める。


 縦列陣のまま突撃を始めた十騎程度のチェルミナートルに人間たちは呆気に取られていたようだが、すぐに槍を前方に構え、突撃に備え始めた。通常の騎馬であればソレだけで止まっていたが、先陣を切っていたルークには無意味だった。

 鋼鉄の戦車が槍をへし折り人間を轢き殺す。上がる悲鳴。馬上から振るわれるチェルミナートルの槍が生き残った者をなぎ払い、道を切り開いていく。

 だが、たかが十騎だけで上手くいく訳もない。突撃を開始して一分も立たない内にルークは二両とも戦闘不能になった。引いていた馬がやられたのだ。停止したルークを迂回するようにヘーテは馬を駆る。


「ナイト、後ろの味方を援護して! 私は良いからっ!」


 ヘーテの命令通りナイトが速度を落とす。だが、それが仇となりナイトは馬ごと歩兵達によって引き倒された。もう一騎のナイトは他のチェルミナートルの元へ辿り着いたが、身代わりになるように槍をその身に受けた。これでマルクから預けられたユニットは全て使い果たしてしまった。

 ヘーテの顔に焦りが生まれる。


「創造・奇術師のトリック・スピア!」


 ヘーテは魔法で新たな槍を何本も創りだし、使い捨てにするように周囲へ突き立てていく。

 後ろでは一人のチェルミナートルが落馬するのが見えた。ベーリアンの兵が手柄を求めて殺到している。

 だが、氷柱がそれらをまとめて串刺しにした。見上げる。クイーン。


「クイーン! 私達を援護して!」


 懇願するようにヘーテが叫ぶと、仮面を被ったクイーンは頷き、レイピアを抜いた。


「女王だ!」

「下がれ、殺されるぞ!」


 ベーリアン兵の攻撃が鈍る。クイーンの噂は人間たちの間に広まり、既に恐怖の対象でもあったのだ。近寄った敵をレイピアで刺し、氷柱の魔法を放ち続けるクイーンから距離を取ろうともがく人間たち。

 ヘーテは槍を振り回し、先陣を切り続けた。後ろに続くチェルミナートルの数が減っていることには気づいていたが、もう止まることは出来ない。そして、ヘーテは見つけた。司令官。


 ベーリアン司令官のチェイ少将は馬上で挑戦的に剣をヘーテに向けていた。爬虫類のような顔つきに、後ろにいる女奴隷。間違いない。ヘーテの槍を握る手に力がこもる。


「雑魚に用はねぇ! 女王を出しやがれ!」


 挑発するチェイにヘーテは笑った。無邪気な笑みだった。

 ヘーテが自分より強いと思うのは将軍のイグナートだけだった。他の将軍二人、マルクにも、ヴェロニカにも、ヘーテは勝つ自信がある。

 面白くないが、面白い。派手なクイーンばかりが人間に知られているようだ。こいつを殺せば、自分の名も人間に恐れられるようになるだろう。ヘーテはそう考え、高らかに名乗った。


「ヘーテ! 私の名前はヘーテ!」

「お前の名前なんざ覚えねぇよ!」


 嘲笑うチェイ。二人は共に自身が狩る側であると信じていた。

 そして、ヘーテの槍が風を切る。穂先はチェイの心臓の中心を捉えていた。悪名高い指揮官の口から声にならない音と血が零れ落ちる。

 一撃だった。一方的に、一瞬で終わった戦い。クイーンのような派手さはないが、圧倒的な力の差を見せる戦い。

 だが、指揮官の死亡は士気の低下までは招かなかった。チェイは嫌われ者だったし、チェイの副官だった少佐がすぐに立ち直ったことが大きかった。


「逃がすな! ここで殺せ! チェルミナートルが本当に不死かどうか確かめる良い機会だ!」


 ヘーテが離脱するより早くベーリアン兵の槍が行く手を阻む。ヘーテと共に道を切り開いたチェルミナートル達がまた一人人間の手によって串刺しになる。ヘーテを守るように地上へ降りてレイピアを振るうクイーン。


「やば。ミスったなぁ」


 呟きは剣戟の音にかき消される。ヘーテは来た道を戻ろうとするが、数え切れないほどの兵士が周囲を取り囲んでいる。遠くでマルクたちが道を開こうと奮戦しているのが見えたが、とても間に合うとは思えない。

 ヘーテの横で戦っていたクイーンが遂にその身に刃を受けて倒れる。他のチェルミナートルも馬上で身動きが取れなくなっているか、あるいは一時の死に陥り始めている。

 僅か十騎で、大勢の敵に囲まれながら一〇〇以上の敵と指揮官を屠ったのだ。十分な戦果とも言える。

 ヘーテはまだ戦えた。死ぬまで戦い続けるつもりだ。そうしなければ、次に目覚めた時、マルクに合わす顔がない。ここで千以上の敵を葬れば復活した時にマルクが褒めてくれる。ヘーテはそう考えてにんまり笑った。


「私はまだ戦えるよっ! ほら、次の相手は誰っ!」

「化け物め!」


 ヘーテの言葉にベーリアン兵がうろたえる。

 まさに一騎当千。舞うように槍を操り、槍が折れればすぐに魔法で新たな槍を創りだす。無尽蔵のように見える体力と気力でヘーテは戦い続けた。

 何十分にも渡る戦い。ヘーテの傍に積み上げられた死体は数え切れないほどになっていた。そして、ついにヘーテは死体に足をひっかけてバランスを崩す。


「今だ! 殺せ!」


 殺到するベーリアンの兵士。ここまでか。ヘーテの体が強張る。不死のチェルミナートルにとっても死は恐ろしい。それが一時の死であってもだ。

 目を瞑るヘーテ。

 恐ろしい熱風が彼女を襲う。皮膚が焼けるような暑さに包まれた。

 熱風? ヘーテは慌てて目を開ける。へーテの周囲の人間は炎に包まれ、ある者は炭と化していた。地獄のような光景がヘーテを中心に広がっている。

 ヘーテは慌てて空を見上げる。こんな事が出来るのは一人しかいない。


 イグナート。燃えるような赤い翼を広げ、大空を飛ぶ巨大な怪鳥。チェルミナートルの三将軍の一人、最強のチェルミナートルでもある不死鳥イグナートだった。 

 人間の三倍以上はあるであろう巨体を地に降ろし、イグナートはその翼でベーリアンの兵士たちを打ち払った。


「イグナート様! 助かりましたーっ!」


 イグナートは喋ることが出来ない。その嘴は醜くひしゃげ、動かすことは出来なかった。

 だから、イグナートは頷くヘーテの言葉に頷くと、無言のまま背をヘーテに向ける。


「すみません、乗りますねー。よっこいしょ」


 少女が飛び乗ったことを確認してからイグナートは飛び立つ。ベーリアン兵によって放たれた矢を炎で燃やし、イグナートはそのまま大空へ向かい飛んだ。

 遠のいていく地表。地面を埋め尽くすベーリアンの二万の兵。ヘーテはそれを眺めながらほっと息をついた。


「助かりました。今までどこに行ってたんですか?」


 答えは返ってこない。だがヘーテは気にせずに話し続ける。


「あれですよね。良いタイミングで来ましたよね。もしかして計ってました? あ、怒らないでくださいって!」


 体を揺らすイグナート。慌ててヘーテはしがみついた。


「イグナート様の部隊はどこなんでしょ? イグナート様なら邪魔だからって解散してたりしそうだけど」


 ヘーテの知るイグナートは実力至上主義だ。今回、ヘーテを助けたことが奇跡と思えるぐらいに。

 今までの彼なら、死にかけている者を助けたりしない。ヘーテも見捨てられたはずだ。

 イグナートは当然答えない。嘴が潰れた不死鳥は褐色肌の少女を乗せ、飛び続けた。

 雲の隙間から差し込んだ光が、遙か下のロゥバーの神殿を祝うように照らしだしていた。

ストックが切れたので毎日更新はこれで終わりです。

申し訳ないのですが、次話より不定期更新となります。

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