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奇怪怪々浄化奇譚  作者: 七尾 一場
第1章 黒い会社
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第9話 六階

 その後、俺たちはまたビルの探索を開始した。探索中、何体かの悪霊が襲ってきたりもしたが、全て二人が対処してくれた。やはり二人がいるのは心強い。


 でも、守られてばかりなのは、大人として非常に情け無く、歯痒くもあった。


「次は六階か……」


 ビルの階段を上っていた俺達は、六階へと辿り着いた。六階、それは俺のオフィスがあり、初めて霊と遭遇した場所である。


 だからだろうか、自然と先程より身構えてしまうのは。俺は立ち止まると、まじまじと壁に記された六階の文字を見た。


「おい、早く行くぞ」


 階段で立ち止まったままの俺に、天寺くんは声を掛けると、さっさと先に進んでしまった。


 そんな天寺くんに、後ろから善城院さんの非難の声が上がる。


「先に一人で行かないでくださいよー!」


俺達は急いで天寺君の後を追う。


「うわ!なんだよこれ」


 先に六階オフィスに辿り着いていた天寺くんの驚きの声が聞こえる。俺達も急いでその場に向かい、その光景に絶句した。


「おいおいおい、どうなってんだこれ」

「これはまた、派手ですね……」


 オフィスの中は酷く荒らされていた。荒らされていたなんてもんじゃない、机や棚は倒され、ひっくり返り、照明は全て割れ、書類があちらこちらに散乱していた。まるで部屋の中をぐちゃぐちゃに掻き回したかのような有様だった。


「六階だけやけに酷いな」


 天寺くんは中に入ると、そこら辺に転がっていた机を刀で突っつく。その机も、あちらこちら凹んでいた。


 善城院さんも中に入り、辺りを見回す。俺は唖然としたまま入口に立ち尽くしていた。


「初めはこんなことになってなかったのに……」


 俺もおもむろに中に入ると、変わり果てたオフィスの中を見て回る。すると、あることに気がついた。


 一台だけ被害を受けていない机があったのだ。そしてその机は、よく見知ったものだった。


「俺の、席」


 荒れ果てた室内で、何も起きてない俺の机は、この室内の中では逆に異様だった。これは偶然か?


 しかし、とても偶然とは思えなかった。まるで何かを示しているかのように。その様子に気づいた二人も、こちらに寄ってくる。


「その机だけ何もなっていませんね」

「おー、マジじゃん。なんで?」

「……これ、俺の席なんだよ」


 呟くように二人に言った。


「田辺さんは、俺に言いたいことがあるのかもしれない。俺のことを恨んでいるのかもな」

「それは、まだ分かりませんよ……」

「さっき二人にも話したけど、言っただろ?俺は何も出来なかったって」


 何も出来なかった。何もしてやれなかった。先輩である俺がこんな体たらくでは、恨まれても仕方がない。いや、むしろ当然だろう。


 だって自分は、何もしなかったのだから。何も変わらない机は、何もしなかった俺自身への罪を示しているようでもあった。


「じゃあさ、アンタはそれでどうしたいわけ? ソイツに恨まれてるとして、アンタはどうするつもり?」

「俺は」


 その時だった。天寺くんの後ろ、背後の窓の外に、ゆっくりとシャボン玉が落ちてきた。


(シャボン玉……? いったい何処から?)


 シャボン玉はゆらゆらと漂いながら下降していく。ゆらゆらと漂い、弾けて消えた。瞬間、女性が一人落ちていった。


「っ!?」


 ほんの一瞬の出来事だった。二人はそのことに気づいていない。俺は瓦礫のような障害物を掻き分けるように、急いで窓際へと向かう。


「おい! 急にどうした」

「宮地さん?」


 窓から見える地面には何もない。でも、決してあれは見間違えなんかじゃない。確かに落ちていったのを見たのだ。


 顔や姿までははっきりとは見れなかったが、自分を見ていたように感じた。


「……今、女の人が落ちていったんだ」


二人も急いで窓の外を見るが何もない。


「あの、それってもしかして」

「たぶん、田辺さんだ」


 しかし、こちらの思考など待ってくれない。今度は廊下から派手にガラスの割れる音が聞こえてきた。


「今度は何だよ」


 俺達はすぐさま廊下に出る。そこに彼女は居た。廊下の奥、その突き当たりに、黒い靄のようなものを纏いながら、彼女はそこに佇んでいた。


 靄と髪の毛のせいで、その表情までは読み取れないが、あれは田辺さんに間違いなかった。あのカーディガンは田辺さんがよく着ていたものだ。


 彼女の頭から黒い血が滴り落ちる。黒い血は止まることを知らない。床を黒く染めていく。


「田辺、さん……」

「宮地さんは後ろに下がってください」


 善城院さんはすぐさま俺の前に立つ、天寺くんも刀に手を掛けた。彼女はゆっくりとこちらを指差す。


「…ん……ぃ…せ………」


 何か言っているように見えたが、ここからでは聞き取ることができない。彼女は頭を掻きむしる。まるで何かに苦しんでいるかのようで、俺は思わず一歩踏み出した、が。


 突然、廊下のガラスが彼女の側から割れていった。オフィスにある机や椅子も廊下の壁に向かって、次々と叩きつけられていく。


「ヤバいな、一旦逃げるぞ!」

「宮地さんも早く!」

「でも!」


 頭を振り乱している田辺さんを見る。


「でももクソもあるか、いいから走れ!」


 俺達は六階オフィスの廊下を全速力で走り抜ける。向かう先は階段、別のフロアへ向かうために。ガラスと障害物の渦はすぐ後ろにまで迫ってきている。背後から物凄い音で追いかけてくる。後ろを振り向かずに、ただ走り抜けた。階段まであともう少し。


「うわっ!」


 俺は躓いた。日頃の運動不足がここにきて現れたのだ。後ろから机の潰れる音がする。


 流石に今度ばかりは駄目だろう。あの渦に俺は呑まれるのか? まだ後悔と向き合えていないのに。


「にやってんだよ!」


 瞬間、天寺くんが咄嗟に俺の首根っこを掴んだかと思えば、階段の踊り場に目掛けて思い切り投げ捨てられた。勢いよく床に叩きつけられる。


「いって!」

「さっさと立て!」

「早くこのフロアを出ましょう!」


 俺は急かされるままに立ち上がると、階段を一気に駆け上る。直後、背後から更に凄まじい音が聞こえた。


 思わず振り返ると、さっきまで俺が居たところに大きな棚が激突していた。その棚も、衝撃によりひしゃげてしまっている。


 その光景に息飲む。あと少し遅れていたら、一溜りもなかっただろう。俺達は更に階段を駆け上った。


 ♢


「ここまで来たら大丈夫ですかね?」

「音もしねぇし、一応大丈夫じゃね? 約一名アレだけど」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 久々にあんなに全力で走り続けた。鈍った体には正直応えた。俺はあることを心に決める。


「……筋トレしよ」

「ははっ、だな」


 俺の無様な姿に、天寺くんは遠慮なく笑う。もう絶対筋トレしよう。そんな俺達をよそに、善城院さんは壁を見上げる。


「ここは九階ですね」


 そんなに上っていたのかと一瞬思いそうになったが、階数が出鱈目な以上、どれぐらい上って来たかなんて正解には分からない。


「にしても、あの霊どうするよ?」

「何とか近づければいいんですけど……」


 田辺さんのあの姿を思い返す。苦しげに頭を振り乱すあの姿、生前の彼女とはまるで違う。


 あれが、田辺さんの憎悪と苦しみなのだろうか。剥き出しの感情を前に、俺はいったい何ができるのだろうか。


「俺が特攻仕掛けるか?」

「さっきの二の舞になったら、目も当てられませんよ」


 考えるんだ。


「なぁ」

「ん?」

「はい?」


 何ができるのか。


「会話をすることって可能なのか」


 この問いかけに、二人は渋い顔を浮かべる。


「あの状態じゃ無理だろ」

「できなくはない、と思うんですが……。颯太の言う通り、あの状態ですとかなり厳しいかと」


 天寺くんは少し呆れており、善城院さんは少し俯いた。でも、全く不可能ではないということは分かった。それだけでも、俺にとっては十分だった。


「アンタもしかして、説得とか馬鹿なこと考えてるんじゃねーだろうな」

「説得……どう、だろうな……。でも、一つ提案させてくれないか」


 これが正しいかなんて誰にも分かりやしない。これが田辺さんの為になるかなんてもっと分からない。


 だからと言って、何もしないのは最もあってはならないことだと思った。これが身勝手な偽善であったとしても。

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