第4話 根源と呪いと真実
現実に本当に居るのかと衝撃を受ける。いや、居ることは知識として知ってはいたが、実際に目の前に居るのとでは訳が違ってくる。何だか漫画のような話だ、と俺は思った。
「ただ、私達は少し特殊でして」
「特殊?」
「まず、普通のお祓いでは対処できない、極めて危険性が高い悪霊や呪いを専門としています。今回はそちらの社長さんから直々に依頼を受けまして、調査の末、今日私達がここに派遣されることになったんです」
「社長が!?」
「はい」
「マジか……」
全く知らなかったぞそんなこと。俺の勤めている会社はいつからそんな幽霊スポットになっていたのか。
俺が働いている間、怪談のような体験はしたことがない。それとも、疲れで気づかなかっただけで、心霊現象が起きていたのか?
「だから今日このビルは封鎖されてたんだよ。なのに、アンタはどうしてこのビルの中にいんだ?」
「あ、それは私も気になってました! 宮地さんはどうしてここに?」
「あー、それが……」
二人に会うまでの経緯を簡単に話した。すると、その話を聞いていた天寺くんは怪訝な顔をする。
「裏口から? 俺たちも今日そこから入ってきたけど、鍵は閉めたはずだぜ? なぁ?」
「そうですね、確かに閉めたはずなんですけど、うーん?」
「あれ、そうなの?」
これには俺も頭を傾げる。でも、確かに鍵は開いていたのだ。だからこうして俺はここにいるわけで。
「あと、私達はさっきのことを除けば、まだ霊に遭遇していないんです」
「ビル全体が嫌な空気で充満してて、妙なことになってはいるけど、それ以外は霊障にあってねぇしなー」
「え、じゃあ霊に遭遇したのは、まだ俺だけってこと?」
「そうなりますね」
「えぇ、なんで俺だけ……」
俺は霊能者でも何でもないのに。普通、見える人の元に霊は集まるのではないのか。
「考えられることとしては、宮地さんがこの会社の社員さんだから、でしょうか」
「それだけで?」
「まぁ、今とやかく言ってもどうしようもねぇじゃん。呪いでここに閉じ込められてるのには変わんねーだし」
「呪い……。やっぱりそういうので閉じ込められてるのか、ここに……」
呪い、それはとても非現実的で、自分には縁もゆかりもないオカルト的なものだった。
しかし、今やその認識はすっかり変わってしまった。嫌でも本当に存在するのだと突きつけられる。
項垂れる俺に、善城院さんは努めて明るく話しかけた。
「大丈夫ですよ!だからこそ私達がいるんですし!しっかり祓ってみせますとも!」
「祓うって、お経とかそういう……?」
脳内では、神主がお祓い棒をかざしている姿、お経を厳かに唱えるお坊さんの姿が映し出されていた。
そんな俺に、善城院さんはまた少し迷った様子を見せる。
「祓い方といいますか、それが通常とは一番異なっておりまして」
「祓い方…あ、そう言えばその刀とか?」
正直これがかなり気になっていた。
「これか?」
天寺くんは刀を持ち上げて見せる。先程霊に向けて放ったその刀、いったいそれは何なのか。果たして本物の刀なのか、だとすれば銃刀法違反とか……。
「先に言っておくけど、これはマジの真剣で、俺の大事な商売道具。ちゃんと許可された上で持ってるからな。変な心配はご無用ってわけ」
俺の意図を汲んだのか、天寺くんはすらすらと回答する。
「触ってみる?」
「い、いや、遠慮しときます」
やんわりと断っておいた。これで何かあったら堪らない。そんな俺たちの様子を見守っていた善城院さんは説明を続けた。
「颯太の場合は、その特別な刀を使って。浄化師はそれぞれ自分に合った道具を用いて悪霊や呪いに対峙しているんです。でも、ただの道具では意味がありません。颯太、見せてあげてください」
「ほいよ」
天寺くんは刀を抜くと、その刀身を俺に見せてくれた。よく見ると刀身には、何か模様のような文字が彫られていた。何と書いてあるかは全く読めない。
「何だこれ?」
「これは浄化文字といいまして、我が社が独自で作り上げた魔除けの呪いのようなものです」
「はぇ〜」
こんなものがあるのか、俺は素直に感心して、その文字を見つめる。
「このように浄化文字が施され、清められた道具、浄化道具でないと、霊に対して効力がないんです」
「じゃあ、これを使えばさっきの化け物みたいな霊も祓えるってことか?」
ここまでの話をまとめると、二人は悪霊や呪いをお祓いできるその道のプロで、その際に必要になるお祓い道具もあるわけだ。
なら話は早いのではないか? 派遣されてきたと言うのだから、この状況も何とかできるはず。
しかし、期待が込み上げる俺とは反対に、二人は少しバツが悪そうな顔をしていた。
「斬ったり殴ったりしただけで祓えたら苦労しねぇんだけどなぁ〜」
天寺くんはそう言いながら天を仰いだ。善城院さんも同意のようで、うんうんと深く頷いている。
「えーと、それはどういう?」
「その、ただ悪霊を斬っただけじゃ完全に祓うのが難しいと言いますか……。呪いが蔓延った状態のままだと、この世とのしがらみが深く断ち切りにくいんです」
「え、じゃあ、どうする……?」
「そこで重要になってくるのが、呪いの根源を見つけること。そして、真実を一つでも多く知ることなんです」
「根源、真実……」
全く予想していなかった言葉に俺の頭は疑問で埋まる。
「根源というのは、その呪いの中心となっている悪霊のことです。悪霊は多くの魂を取り込もうとします。それは死者の魂だけではなく、時に生者の魂までも取り込みます。そして強力になった悪霊は根源へ、根源は呪いを生み出し、その呪いを侵蝕させていきます」
善城院さんは辺りを見渡しはっきりと言った。
「そしてそれは、今まさにここで起こっていることです。このビルには根源がいて、多くの悪霊が取り込まれ、強力な呪いが生み出されている。このビルは呪われています」
呪われている、その言葉に背筋が冷えたような気がした。
「だからこそ原因となっている根源を見つけ出す必要があるんです。根源を祓わなければ、解決には至らない。呪いが繰り返されるだけです」
「ゲームで言うところのボスだよな」
「なるほど……。根源を見つければいいのは分かったけど、真実っていうのは?」
その疑問に天寺くんが答える。
「なぜ悪霊にまで堕ちてしまったのか、その原因だよ。そいつの魂に宿っていた感情、想い、記憶、過程、それら全部をひっくるめて真実としてる。俺達はその真実を知らなくちゃならない。真実を知ることで、相手の魂の形が掴めるんだよ。そしてようやく本当の意味で相手を斬れるようになる」
「……なる、ほど?」
俺のほうけた顔を見て、天寺くんは溜め息をついた。
「ゲームで例えるならバフってやつ。相手の真実を知れば知るほど、バフが乗っかって俺達が有利になんだよ」
「あ〜、なるほどね」
「真実を何も知らないゼロ状態じゃ、大したダメージにならねぇわけ。ここまではオッケー?」
天寺くんは右手でオッケーマークを作る。
「うん、大丈夫だ」
つまり相手のことを多く知っているほど、こちらにバフが乗り、戦いに有利になるということなのだろう。あれ……。
「でもそれって……不可能じゃないか?」
そう、死んだ人間の感情、想い、記憶、過程、そんなものいったいどうやって知るというのだろうか。その疑問に、善城院さんが答える。
「そうですね、全てを知ることは不可能ですが、事前の調査で何が起きたのか、ある程度過程を把握することは可能です。そこからどんな感情が生まれ、悪霊へと堕ちていったのか、推論することはできる」
「それだと、その推論がもし全部間違っていたら……」
「はい、間違っていれば浄化の効力も激減します。根源を完全に祓きれない可能性も大いにあります」
そう言う善城院さんの表情は硬い。
「だから、闇雲に斬るだけじゃ意味ねーんだわ。単なる一時凌ぎにしかならない」
天寺くんは表情一つ変えず、そう言い放つ。
「だからこそ、現場に向かう私達は、そこで一つでも多くの真実を知ることが重要なんです。実際に霊と対峙して分かることも多くあるんです」
迷いのない、真っ直ぐな瞳が俺を見ていた。
「真実を知り、現世のしがらみを断ち切り、彼らを解放してあげることこそ、私達の仕事なんです」




