第8話 公園にて
「貴方達、忘れ物はないわね?」
「大丈夫です」
「平気だよ」
「オッケー、じゃあ出発!」
マナちゃんの掛け声と共に、白いワンボックスカーは勢いよく事務所から出発する。
そんな俺達を「いってらっしゃーい!」と清珠は元気よく腕を振りながら見送ってくれた。阿李屋さんも一緒に俺達を見送る。
そんな二人が見えなくなった頃、俺はマナちゃんに話しかけた。
「車まで出してもらって、ありがとうございます」
「あら、いいのよ。これだって調査員の立派な仕事なんだから」
「そうなんですか?」
「そうよ? 現場まで貴方達を無事送り届けるのもアタシ達の役目。勿論、帰りも迎えにいくから安心してね」
マナちゃんは軽くウィンクしてみせる。俺はもう一度マナちゃんにお礼を言うと、自分の椅子に座り直す。
隣では既に船を漕ぎ始めている颯太の姿があった。そしてその傍らには、颯太の浄化道具である刀が置かれている。
流石に人目につくわけにいかないので、刀は肩掛けの竹刀袋に仕舞われていた。俺も自らの傍らに置いてあるショルダーつきのバットケースに手を伸ばす。
ケースからおもむろにバットを取り出し、改めてバットの表面に彫られている浄化文字を指でなぞる。絵のようでもあり、何かの文字のようにも見えるその模様。見れば見るほど不思議なものである。
このバットは、出発直前に阿李屋さんから渡されたものだ。
『桔平さん、これをどうぞ』
『え、これって』
『はい、桔平さん専用の浄化道具です。浄化文字を施してあるので、もう颯太の刀のように使えますよ』
『すごっ』
阿李屋さんから受け取ったバットに彫られている浄化文字に、俺は思わず率直な言葉を零してしまった。
このバットに浄化の力が込められているのかと思うと、まるで勇者の剣でも手に入れたかのような心持ちになる。清珠も瞳を輝かせていた。
『これで桔平さんもバッタバッタと悪霊に立ち向かえますね!』
『そ、それはどうだろう』
そんな会話をしたのがついさっきのこと。
ケースにバットを戻すと、丁重に傍らに置き直す。そうして改めて車内を見渡した。何というか、この車内は普通じゃなかった。
車の四隅にはお札が貼られているし、車内の後ろにはあらゆる機材が積まれている。物珍しくてつい辺りを見回してしまう。そんな俺に気づいたのかマナちゃんは笑った。
「やっぱり最初は慣れないわよね〜、この車」
「凄いですね、この札とか機材とか」
「この機材を使って、調査の時に撮影とかするのよ。霊を感知したり、記録したり。情報は一つでも多くってね」
「そうなんですね」
「あと、そのお札は阿李屋お手製よ。下手なお札なんかより、よっぽど効果があるわ」
「え、これも阿李屋さんが?」
「そうよ、阿李屋は霊能力が誰よりも高いから、そういうのも作れちゃうのよねぇ」
「なんか、何でも出来ますよね、阿李屋さんって。超人というか、完璧というか」
信号が赤になり、マナちゃんは車を停止させる。
「うーん、確かにできることは多いし凄いけど、超人でもなければ完璧でもないわよ、阿李屋は」
「?」
「アイツもアタシ達と同じ人間ってことよ」
車の外では、仲の良さそうな二人の兄弟が横断歩道を渡っていくのだった。
♢
「ここで降ろすけど、いいわね?」
「おー、あざっす」
「ありがとうございました」
お礼を言い、俺達はそれぞれの浄化道具を背負いながら車を降りる。目の前に広がるのは、廃墟から近くにある例の公園だ。
「それじゃあ、私は戻るから。何かあったらすぐに連絡してね。健闘を祈ってるわ」
そうして、マナちゃんは車を走らせて颯爽と行ってしまった。周りには誰も居らず、俺達二人だけがここにいる。
「それにしても、人一人いないな……」
こんなにもいい天気の休日だというのに誰もいない。それどころか、辺りに全く人の気配がなかった。
あんな事件が立て続けに起こっているのだから無理もない。予想はしていたが、いざ目の当たりにすると、何とも言い難い奇妙な気持ちが湧いてくる。
そんな俺を横目に、颯太はさっさと公園の中に入って行ってしまった。慌てて後を追う。
「公園は特にこれといってねーな」
「まぁ、普通だな」
公園内の隅々まで二人で見て回るも、特に変わったところもなく、霊の一人もいなかった。颯太は面倒くさそうに頭を掻く。
「ここに篠田 和也はいねぇな」
篠田和也、今回の悪霊候補として挙げられている少年だ。篠田和也くん、享年七歳。
三年前、この近くの道路で交通事故により亡くなっている。公園の帰り道、母親の手を振り解いて道路に飛び出してしまったところを車に撥ねられたのだ。
まだ七歳だった。七歳で交通事故で亡くなったこと自体痛ましいが、もしも本当に、この子が成仏することができずに、悪霊となっているとしたら……。
自分がこの子の親だったら、その辛さは計り知れない。
「桔平さん? 何ぼーっとしてんだよ」
「え? あぁ、ちょっと考え事してただけだよ」
「しっかりしろよー、初仕事なんだからさ」
「分かってますよ」
「てか、何考えてたわけ?」
「うん? だってこんな子供がさ、交通事故で亡くなって、その後も成仏できずに悪霊なんかになってたらと思うと、ちょっとな」
俺の返答に、颯太は何かを悟ったようだった。
「あー、そういう……。なぁ桔平さん、この仕事をするにあたって、一つだけアドバイスしてやろうか?」
颯太は近くのブランコに腰掛ける。
「アドバイスって?」
「真実を知っても深入りし過ぎるな、だよ。前にも話したけど、俺達は相手を祓うにあたって、ソイツの魂に宿っていた感情、想い、記憶、過程を知る必要がある。原因を、真実を知らなくちゃならないって。その真実がどれほど痛ましいものであってもな」
「……」
颯太の隣のブランコが、風に吹かれて微かに揺れる。
「でも、それで相手側に精神が引っ張られるようなことがあっちゃならねぇんだわ。まぁ、同情し過ぎるなって話しだよ。相手側に深入りし過ぎると、つけ込まれて引っ張られるからな」
颯太の鋭利な視線が痛いほど突き刺さる。言っていることは勿論理解できる。理解できるのだが。
「……分かってはいるさ」
「どーだかなぁ」
鋭利な視線に、呆れの色が混じるのをひしひしと感じる。
「颯太は何も思わないのか?」
「俺が? まさか、そんなのもう慣れちまったよ。いちいち感情に振り回されてたら身がもたねぇって」
その回答に、俺は一抹の寂しさのようなものを感じた。まだまだ少年である彼が、こうもはっきりと切り捨ててしまえるほどに、彼は多くの真実を目の当たりにしてきたのだろう。
そこには、俺では到底理解ができない苦悩や葛藤があったかもしれない。だからこそ。
「やっぱりお前は凄いよ」
「何突然、怖いんだけど」
「俺はそうにも成れそうにないからなぁ」
「アンタさぁ」
「でも、アドバイスありがとうな。引っ張られないよう気をつけるよ」
颯太は何か文句を言いたげな表情を浮かべるが、大きな溜め息を一つだけ吐き出すと、ブランコから立ち上がった。
「どーなってもマジで知らねぇからな」
「そうはならないように気をつけますって、颯太さん」
「……」
無言の圧力を感じるが、嘘はつけない。今の俺には、どうやったって切り離すことができそうになかった。相手の事情を知ってしまえば、何であれ感情が揺さぶられてしまう。
「…まぁいいや、次行こーぜ」
「次って、廃墟か?」
「他にあるか?」
こうして俺達は公園を後にし、住宅街の中を歩いていった。たまに近所の人であろう大人と何人かすれ違ったが、子供の姿はどこにも見当たらない。皆一様に、今の状況を警戒しているのが伝わってきた。




