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奇怪怪々浄化奇譚  作者: 七尾 一場
第2章 新天地
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第3話 仮浄化師

 社長と呼ばれる青年に案内をされて、俺は二階にある事務所にいた。


 オカルトを扱う事務所なのだから、普通の事務所とは何か違うのだろうかなんて考えていたものの、事務所はいったて普通の、どこにでもあるような事務室だった。


 一風変わっているなと感じたのは、事務室の端に、小さな簡易和室が設置されてあることくらいだろう。そこだけが取ってつけたようで、やけに浮いていた。従業員の休憩用だろうか?


 来客用のソファに座りながら、そんなふうに辺りを見回していると、青年が四人分の紅茶を運んできた。


「どうぞ」

「すみません、わざわざありがとうございます」

「いえいえとんでもない。こちらこそ、わざわざご足労いただきありがとうございます」


 とても丁寧な人だなと思う。青年は慣れた手付きで、俺とその両端に座る天寺くんと善城院さんの前に紅茶を置いた。青年は俺の前に座る。


「改めまして、私はこの善城院事務所の社長をしております、善城院ぜんじょういん 阿李屋ありやと申します」


 青年、阿李屋社長は深々とお辞儀をする。やはり、社長という役職からは、かなり離れた見た目をしているように感じた。


「ど、どうも」


 俺も慌ててお辞儀をし、気になっていることを口にする。


「あの、善城院って……。お二人は兄妹なんですか?」


 そう、この事務所の名前にもなっている善城院、善城院阿李屋さんと善城院清珠さん、同じ苗字である。


 血縁者なのかと思ったが、それにしてはやけに二人は似ていなかった。


「そう言えば、まだ言ってなかったですね。私と阿李屋さんは血縁者ではありません。ただ、阿李屋さんは私の保護者で、育ての親なんです」

「え?」


 思ってもいなかった関係に思わず声を漏らす。目の前にいる彼は、俺なんかよりよっぽど人生経験が豊富のようだ。いったい彼にどんな経緯があったのか。


「ちなみに颯」

「んなことより、今は宮地さんの話だろ」

「あ、そうでしたね! 阿李屋さん、どうぞ」


 正直気になるのだが、確かに今は自分のことだ。俺はここで断らねばならないのだから。阿李屋社長は、そんな俺をじっくりと見ていた。


「あのー……」

「…あぁ、失礼。人間観察が趣味の一環でして、つい。気分を害してしまったなら申し訳ありません」


 阿李屋社長はばつが悪そうに笑った。


「いえ、そんなことは、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では、早速ですが、二人からどこまで話を聞きましたか?」

「阿李屋社長が俺のことを勧誘したい、と。あと、この仕事についても、二人から聞いています」

「そうでしたか、大方のことは全て聞いているようですね。二人とも、ここまでありがとうございます」

「うーい」

「いえいえ」


 阿李屋社長は改めて俺を見据える。


「一ヶ月前、貴方は恐怖と混乱の最中、自らの強い意志と行動で、呪いの根源を断ちました。それは、そう簡単にできるものではありません。しかし、貴方はそれを成してみせた。そんな貴方の強い精神力と行動力を見込んで、是非とも我が社の社員になっていただきたいと強く思いまして」


 どこまでも真剣で強い眼差しに、俺は少し狼狽えた。


「ありがとうございます。でもそれは、相手が俺の部下だったからですよ……。それに、二人の助けがあったからです。俺一人の力で根源まで辿り着けたわけじゃない。俺一人だけだったら、生きてるかどうかも。阿李屋社長は俺のことを買い被りすぎですよ」


 その言葉に、阿李屋社長はとても悲しげに、とても残念そうに目を伏せる。


「そうですか……。しかし、こちらも人手は常に欲しくてですね、霊視をできる人なんて滅多にいませんから。貴方の人となりは浄化師に必要なものです。誰かの心を分かろうとすること、寄り添おうとすること。貴方はとても浄化師に向いていると、私は思いますよ」


 阿李屋社長の瞳は揺らがない。いくら人手が欲しいからと言って、何が彼をここまで熱くさせているのか。


「宮地さんさぁ、何が不安なわけ?」


 突然の天寺くんの発言。


「そりゃだって、人の命そのものと向き合うわけだろ?全く知らない赤の他人の人生に首突っ込むわけだ。そんなことができる程、俺は大それた人間じゃない」

「ふーん、怖いとかじゃねぇんだ」

「あ……」


 正直、それは盲点だった。確かに霊は怖い。今だって街中で遭遇する霊にビビり散らかしている有様だ。


 だというのに、俺の断る理由の中に、霊が怖いからというのは、二の次だったことに気がつく。


「だったらさ、一回お試し感覚でやってみたら?」

「いや、それは」

「なるほど! それは良いかもですね!」


 善城院さんは目を輝かせている。


「ちょ、でもほら、君達みたいに色々できないし」

「誰だって初めはそうですよ? 私達だって初めから浄化師の仕事が出来ていたわけではありませんし。それに、何もそれは浄化師に限った話ではないですよね?」

「え〜と」


 何か凄い勢いで畳み掛けられてないか、俺。


「いやでも、ほら、次の就職先も見つけなきゃだし、お金稼がないと生活がさ」

「おや、お金ですか?」


 阿李屋社長の瞳の奥が光った気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってくれ。


「宮地さん、ちなみにここの給料なんだけどよ…」


 天寺くんがにやにやと俺に耳打ちをする。


「はぁ!?そんなに!?」

「そーそー。あと、ちゃんとボーナスもあるぜ?ちなみに額は…」


 更なる耳打ち情報が入り込む。


「ハァ?」


 今まで働いていた俺の会社は何だったんだと思うレベルだ。天と地の差だ、余りにも違いすぎる。


 俺よりこの二人の方が遥かに稼いでるぞ。俺の今までの労働は何だったんだ。


「あと、仕事が回ってくるまで好きに過ごしてて良いしな〜。自由時間も多いぜ?」


 何だ、何なんだこの謎の敗北感は。


「この仕事は国からも支援されておりますので、ある意味安定した職業とも言えますね。勿論、お試し期間中も、お給料はしっかりとお渡しさせていただきますよ」


 阿李屋社長はにこにこと更なる情報を付け加える。国から支援? もう色々と規模が違いすぎるだろ。頭の中で濁流がぐるぐると渦を巻く。


「やっぱり宮地さんにとって、とても良いお話だと思うんですよね。そういうことで、宮地さん! 私達と一緒にお試し浄化師になりませんか?」


 善意に溢れた善城院さんの笑顔が眩しい。でも待て、お金でこんなに揺らいでしまって良いのか俺!?


 色んな意味で命に関わる仕事なんだぞ! それなのに、給料に釣られるのは薄情なんじゃないか?


「うーん……!」


 俺はとうとう頭を抱えた。


「悩んでらぁ」

「大丈夫ですかね?」


 葛藤する俺とは反対に、二人はとても呑気だ。


「宮地さん」

「え?あ、はい?」


 阿李屋社長に呼ばれ、俺は頭を上げる。


「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ、あくまでもお試し期間なんですから。試してみて、それでも駄目だと思ったのなら、私達もこれ以上は引き留めません。でも」


 静かに言葉を紡ぐ。


「貴方だからこそ、救えるものがあると私は思っています。呪いと言っても、元を辿ればそれは人間です。だからこそ、その魂と真摯に向き合う必要があるんです。向き合い方は人それぞれですが、宮地さんはその点において、とても秀でていると私は思いますよ」


 俺だからこそ、救えるもの? 田辺さんとの最後の瞬間を思い出す。


「だから、宮地さん。一度試してみては貰えないでしょうか?」


 阿李屋社長は深々と頭を下げる。部屋に沈黙が流れる。俺は、俺はいったいどうしたい?


 あの約束を思い返す。この決断は、俺にとって、俺自身が本当に納得できるものなのか。いくら考えても、明確な答えは見つけられなかった。分からなかった。


 今この時点で、これが正しい選択かどうかなんて分からない。人生なんて結局は手探りだ。


 誤って、間違えて、失敗して、それでも何とか自分の納得できる答えに近づいていく。


 じゃあ、だとしたら、少し冒険してみるのもいいんじゃないのか? 未知の余白に、足を踏み入れるのもありなんじゃないのか? 


 もしかしたら、それが自分の納得できる答えに変わるかもしれない。例えそれが間違えていたとしても、また模索していけば良い。


 人間である限り、生きている限り、やり直すことはできるはずなのだから。自然と口から言葉が溢れだす。


「……俺は、期待に応えられないかもしれません。でも、それでも、良いなら……」


 その言葉に、阿李屋社長は瞳を大きくさせ、俺の右手を強く握りしめた。


「ありがとうございます!そう言っていただけるとは幸いです」

「そ、そんなに……。でも、まだ仮ですよ?」

「だとしても十分ですよ」


 にこにことした笑顔が突き刺さる。まさかこんなに喜んでくれるとは……。正直胸にくるものがあった。


 でも、こんな迷いだらけの優柔不断な自分で良いのだろうか。結局お金に釣られただけの現金なヤツなのではないのだろうか。


「改めて、これから宜しくお願いします。宮地桔平さん」

「…は、はい!こちらこそ宜しくお願いします」


 こうして、両隣の二人に見守られながら、未知のインターンが始まったのだった。

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