第2話 オムライスと青年
ふいに奥の厨房から、マナちゃんさんが現れる。
「あ、マナちゃんさん……」
「あらやだ、なぁにその呼び方。ふふっ、アタシのことは気軽にマナちゃんでいいのよ」
マナちゃんさん、もとい、マナちゃんはウィンクをする。こんなにウィンクが様になる人は初めて見たかもしれない。
「コイツが頑固で強情で堅物すぎんだよ」
「もっと柔軟であった方が生きやすいですよ〜」
「君達ほんと諦めが悪いね……」
そんな俺達の様子を見るマナちゃんは考える素振りを見せる。
「うーん、そうねぇ……。あ、そうだわ」
ぱちんと手を叩き、何か閃いたようだった。
「もうすぐお昼だし、ランチタイムにしない?こん詰めて話をしていても、良い答えがでない時はでない。こういう時こそ休憩って大事よ?それに、食べ終わる頃には社長も戻ってきているでしょうし、ね?」
「えと、それは……」
社長が来るとなると尚更早く退散した方が良い気がする。内心俺は焦るも、二人はその話に勢いよく乗っかった。
「それは良いですね、そうしましょう! じゃあ私はオムライスをお願いします」
「俺も」
「二人はオムライスね。宮地さんは何が良い?」
「え、いやぁ、俺は」
にこやかにメニュー表を渡してくるマナちゃんに思わずたじろぐ。そんな俺に天寺くんは呆れたようにため息を吐く。
「んな警戒すんなって、飯食うぐらい良いだろ? ここの飯は美味いし、食って損はねぇって。あと、どうせアンタ今暇だろ」
「颯太!すみません、宮地さん。この馬鹿には私からキツく言っておきますんで」
「誰が馬鹿だよ」
「大丈夫だよ、ははっ……」
事実なので否定はできない。何だか流されてばかりいるが、ここまで来てしまったのだ。仕方がない。
俺は意を決めると、メニュー表を受け取った。メニュー自体はどこの喫茶店にある至って普通のものだった。悩んだ末に決めたのは。
「じゃあ、俺も同じものを貰えますか?」
「えぇ、勿論よ。三人ともオムライスね、ちょっと待っててね〜」
マナちゃんは颯爽と厨房へと消えていった。
「マナちゃんが作るオムライスは絶品ですよ!」
「マジで美味い」
「へぇ〜、そうなのか」
久しぶりに手の込んだ料理を食べる気がする。色々あって食生活はおざなりにしがちだった。何だか急に腹が減ってきた気がする。普通に楽しみだな。
しかし、俺は新たに生まれた疑問を、マナちゃんが居ないうちに、ここで解消しておく必要がある。意を決すると二人に尋ねた。
「なぁ、マナちゃんって一応男性、だよな?」
女性のような言葉使いをしているが、どこからどう見ても、マナちゃんは男性であった。この疑問がずっと心に居座っていたのである。
しかし、際どい質問でもあったので、本人に直接聞くのは躊躇われた。善城院さんは目を丸く瞬かせると、さも当然といったように答える。
「はい、マナちゃんは男性ですよ?」
「……なる、ほど?」
「真斗、略してマナちゃん、な」
「……」
生きてきて数十年、俺はまだまだ世間を知らないのだなと思い知らされたのであった。
♢
「うまっ」
「ですよね!」
艶々にとろりと輝く卵に包まれた優しいケチャップライスの味の組み合わせが、舌に馴染みとても美味い。久しぶりの美味いオムライスに舌鼓を打つ。
「マナちゃん料理上手いかんなー、他のやつも美味いよ」
「ふふ、どういたしまして。でも、ご飯の時くらいゲームは後になさい。この前も阿李屋に注意されてたじゃない」
オムライスを頬張りながら、机に乗せてあるスマホ画面をタップしていた天寺くんに注意をする。天寺くんは、「へぇへぇ」と言いつつも素直にスマホを仕舞った。
「あの、マナちゃんさ、マナちゃんも事務所の社員だったりするんですか?社長さんや俺のことも知ってたようだし……」
「あら、この子達からアタシのこと聞かなかった?」
「はい」
カフェの店主というには、やけに色々知りすぎている感じがする。いったいこの人は何者なのだろうか。
「名前だけ言った」
「そうだったのね、じゃあ改めて自己紹介するわ。アタシは善城院事務所の情報調査員として雇われてる白木 真斗よ。みんなからはマナちゃんって呼ばれてる。普段はこのカフェの店主をしながら、色々な噂やオカルト話の収集をしてるってわけ」
マナちゃんは涼やかにウィンクをする。
「情報調査員?」
その問いに、善城院さんが右手の人差し指と中指を立てて答える。
「私達の仕事には役職が二つあるんです。まず、現場に行って実際に悪霊や呪いと対峙する浄化師。そしてもう一つが、事件や噂を集め、その情報を調べる調査員。調査員は適正があれば一応誰でもなることは可能ですが、浄化師は霊視ができることが必須となっています。あ、中には、霊視もできるけど調査専門の方もいらっしゃいますよ」
「アタシは霊視できないから、調査専門よ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ、そうよ」
意外だ。てっきりこの人も霊視ができるものだとばかり思っていた。善城院さんは説明を続ける。
「場合によっては、浄化師の私達が現地調査に向かうこともあります。でも、基本は調査員の方が調べてくださった情報を元に現地に向かうんです」
「なるほど」
そんなに大掛かりなことをしていたのか。しかし、そんな本格的な組織から素行調査をされていたかと思うと、正直怖いぞ。どうなるんだよ俺。
「どうしたよ?」
「いや、なんかすごいな〜って……」
俺が勝手に圧倒されていると、突然チリンとドアベルの音が鳴った。俺達はドアの方に視線を向ける。
そこには、ラフな格好をし、肩まで掛かる黒く長い襟足を靡かせた一人の青年が立っていた。青年は口元に笑みを浮かべている。
何というか、言葉では表せない、不思議な雰囲気が彼にはあった。
「やぁ、皆さん。ここにいらしてたんですね」
青年はにこりと微笑む。
「あら、阿李屋、帰ってきたのね。お帰りなさい」
「お帰りなさーい!」
「お帰りー」
あの青年はもしかして……。そんな俺の様子に気づいたのか、天寺くんが俺に告げる。
「あの人が俺達のボス、阿李屋社長だよ」




