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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
風吹く鄙の珠の巫女
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風吹く鄙の珠の巫女9

 親族でさえ近づくことが許されなかったのに、今やこぞって武器を手にした男たちが巫女の収められた小さな檻を目指していた。

 彼らの頭の中は生贄(いけにえ)さえ捧げてしまえばこの信じがたい惨状を(かみ)が鎮めてくれるという妄信で満たされていた。

 今捧げてなんとかなるならば満月の日に儀式を行って来た慣習を自ら否定することになるし、そもそも今回の贈りの祭礼は巫女の力をすぐに返すことで忠義と無心を示すためではなかったのだろうか。

 供犠をくれてやるからなんとかしろと闇女上(くらめのかみ)言上(ごんじょう)するに等しい不遜な行為だというのに、この状況でそれを冷静に判断出来る者などいるわけがなかった。

 スオウの連れて来た余所者は土の精隷を模した悪霊だった。

 化け物は突こうが斬ろうがまるで意に介さず涼しい顔のまま反撃してくる。

 どのような姿勢であっても関節の可動域を無視しながら確実に脳天を割ってくるおぞましさに人々は心底震えあがった。

 しかし同調圧力の強い鄙人(ひなびと)たちは事が収まった後の社会的な死をより恐れ、逃げ出したい衝動に駆られながらも臆病者のそしりを受けないように立ち向かわざるを得なかったのだった。

 冥之上(めいのかみ)が囮になったことでスオウが対峙する相手は少なくて済んだ。

 とはいえ、数日前まで同じ炊事の飯を食べていた輩を一人も斬らずに済むという事ではない。

 立ちはだかる馴染みの悲痛な顔は、血飛沫を避けて(まぶた)を閉じても尚そこにある。

 それを払拭しようと獣のような咆哮をあげて彼は走った。


 勢いのまま巫女の収められた小さな檻の元へ辿り着いたスオウが手をついて覗くと、中からもこちらを見つめる者がいた。

 久方ぶりに最愛の者を確認したスオウは歯を食いしばりながら何度も頷いてみせると、檻を組む結び紐を外しにかかった。

 その背中に矢が射られ、気配に気づいたスオウは振り返って腕で受けた。

 殺意を込めて放たれた(やじり)はスオウの腕を貫通したが、囚われの隙間から覗く者の目の前で止まった。

栖鴬(スオウ)……汝は(たぶ)れたるか!?」

「……()なりよ! ()は狂れたり!」

 言いたいことは多々あったがスオウは全てが面倒になり肯定した。

 その目には悠然とやって来る冥之上の姿が映っていた。

 振り返って悲鳴を上げ尻餅をついた鄙人には目もくれず、傍までやって来た冥之上は小首をかしげながら自身の目の下あたりを撫でてみせた。

 どうやらスオウの涙に興味を持ったらしかったが、その無防備な背中は腰を抜かした鄙人に起死回生の一撃を決意させるに充分だった。

「待てっ! 仕掛けるな!」

 全て反撃であり、全ての攻撃が長老の脳天を割った自身のそれを真似ているに過ぎないことに気付いていたスオウは慌てて止めたが、小さな衝撃と共に冥之上の後頭部を貫いた矢が目から飛び出るのを見た。

 血は出ず、自身の目から涙ならず矢が出たことにおお、と感嘆の声を漏らした精隷は抜き取ってしげしげと眺めるとゆっくり鄙人に向き直った。

「やめろ! 冥之上、やめたもう!」

 立ち向かってきた最後の一人が眉間を割られ、辺りは静かになった。

 スオウは小指の骨が折れるほどに地面を力の限り叩いたが、震える息を大きく吐くと短く握り直した矛で檻の紐を切る作業に取り掛かった。

「なにをしている」

「…………」

「なにをしている」

「……見て解らんか。檻を解いている」

「そうか」

 冥之上が檻に手をかけると小木蔵(ヲクグル)はいとも簡単にばらばらになった。

 高床が傾くと中で膝をついていた全裸の少女が重力のままにスオウの胸に飛び込んだ。

 やせ細り、(あか)(しらみ)にまみれ、股を糞尿の残りかすで腫らした少女は酷い悪臭を放っていたが、スオウはしっかりと抱きとめると頬に頬をよせて弱々しい息遣いを確かめた。

 兄様、と細い声が耳をくすぐり、再びスオウの両目からは大量の涙が(ほとばし)った。

「兄様、なんてことをなさいますの」

「いいんだ。これで贈る必要がなくなったのだから」

「その御方は?」

()れか。此れは闇女上(くらめのかみ)の遣いで……」

「これじゃない、冥之上だ」

「聞いたか。聞くことも話すことも出来る。そして何故(なにゆえ)()の真似をして言う事を聞く。どうだ、すごいだろう? だからもう大丈夫だ。もう、大丈夫なんだ」

「……そうなの?」

 身体の中の穢れをなくすためとしてろくに食事も与えられなかったせいで満足に頭が回っていないようだが、それでも少女は安堵して僅かに残っていた水分を目頭ににじませた。

 死は女上(めのかみ)の膝元へ行くだけのことであり恐ろしいことなどなかったはずが、狭い檻の中で闇夜を過ごし空腹と躰の(かゆ)さに苛まれるうちに少女は死ぬ事が怖くなっていた。

 だがもう苦しまなくていいと兄は言う。

 またあの何気ない日々に戻ることが出来ると、言う。

「冥之上、どうだ? ()(いも)の中に珠の御力が見えるか」

「話し方が変わったようだが、どうした」

「わずらわしい。いいから答えろ」

「見える。大きな輝きだ。だが」

「だが?」

「どうすればいい」

「はあ?」

 思いがけない事を言い出す冥之上にスオウは頓狂(とんきょう)な返事をしてしまった。

 小首をかしげて何やら思いを巡らせているようだが、冥之上は珠の回収方法を知らないようだった。

 いよいよ怪しい奴だがその事実は都合が良かった。

 こんな事をしでかしてしまった以上は他の鄙へ逃げねばならず、ならばまずは衰弱している妹を看病する必要があるものの、鄙の外で野営するには一人では荷が重かったからだ。 

「うーむ、何故分からんのだ」

「それは()の言葉だ。……まあいい。だが、そうだな……()らばまずは聖域に戻ろう。戻って闇女上(くらめのかみ)に聞くがいい。だがな、その前に巫女を養わねばならん。死なれたら()も困るだろう。導祖に手柄を取られたくなくば、さあ、手伝え」

「導祖。そうか、導祖か。導祖は如何にして珠を運ぶ」

「知るか。前触れもなく枕元に立ち腹に埋めていくという事しか分からん。手にでも持っているのだろうさ」

「持つ。おお、そうか。なるほど」


 それは思いもよらない行動だった。

 冥之上はしゃがみ込むとスオウに寄りかかる少女の体の中に手を入れた。

 腰骨を砕いて引き抜かれた拳には血に濡れた臓物の一部が握られていた。

 スオウはただその光景を呆けたまま見つめる事しか出来なかった。

「あ、に……さま……?」

 少女は自身の痛みよりも兄の顔から血の気が引いた事の心配をした。

 そしてそれが少女の最期の言葉となり、辺りには絶叫が響いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ…やってしまいましたね。 それともこれが正しい方法なのか
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