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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
風吹く鄙の珠の巫女
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風吹く鄙の珠の巫女7

 目を離したのはほんの僅かだっただろう。


 しかし思い切りのよい土の精隷はスオウの手が離れるや否や颯爽(さっそう)(たま)の巫女が(おさ)められた木組みの(おり)へと向かっていったのだった。


 遠巻きながら巫女の兄であるスオウが見知らぬ男を連れていることに気付いて目をつけていた見張りの者たちは気色ばんで矛を構えた。


 そして考え事をしていたスオウは彼らの警告でようやく冥之上が傍にいない事に気付いたのだった。


「寄るな! ()()そ! ()(もの)しつるぞ!?」


冥之上(めいのかみ)だ。(たま)の巫女が()る勾玉、(たば)りに来た」


 言葉は無用とばかりに近づく冥之上に流石の見張りも初手で突き殺すことが(はば)られたのか石突(いしづき)で押し返そうとした。


 だが冥之上は矛の柄を掴むとそのまま横に放り捨ててしまった。


 柄を握る手に力をしっかと込めていたにも関わらず見た目では想像もつかない怪力で奪われたので思わず放してしまい呆気に取られる見張り。


 我に返ったもう一方の見張りが慌てて横()ぎの斬撃を繰り出したが矛の刃は冥之上の胸元に当たると多少の手応えだけを残して躰をすり抜けてしまった。


 やはり精隷である。


 これが(むじな)(たぐい)が化けたものならば死して文字通り尻尾を出していただろう。


 依代(よりしろ)のあるなしに限らず大いなる見えざる力によって形作られている精隷はその気まぐれによって概念と具現を行き来する。


 要は()如きが易々(やすやす)と理解出来る存在ではないのだ。


「待たれ、待たれよ! (それ)の言う通りだ。其は闇女上(くらめのかみ)の遣いである! (そこ)なってはならん!」


栖鴬(スオウ)! これは如何(いか)な事か? なにゆえ土の精隷が(ひな)にある?」


(いや)とよ。()づ聞け。其は(かみ)と言いつるか」


「や、それは……」


 頭を抑えたくなる衝動を(こら)え、まずは仲裁が肝要とばかりに叫びながら駆け寄ったスオウ。


 土地に(しば)られる筈の土の精隷が何故か(ひな)の中にいることを(いぶか)しんでいた見張りの者たちだったが冥之上が直前に(かみ)を名乗った事に一人が気づいていた。


 表情に徐々に敵意が湧き起こる番人。


 (かみ)は遥か(いにしえ)に滅び、()って良いのは闇女上(くらめのかみ)ただ一人だけなのだ。


「……(いな)とよ。心の()しよ」


(いや)とよ! 確かに言いつるぞ!」


「げに、げに」


(おぼ)(しず)めよ。(たと)(かみ)と言いつれども闇女上(くらめのかみ)(つか)いなれば、名乗りて不思議ならずや」


前代(ぜんだい)なり!」


「何事ぞ! 栖鴬(スオウ)!」


 信仰する(かみ)の遣いならば(かみ)を名乗っても不思議ではないのではないかと言いつつ(なお)も歩き出そうとする冥之上の髪の毛を掴んで離さないスオウの不遜(ふそん)な行いに見張り達がいよいよ困惑して顔を見合わせた時だった。


 怒声と共に現れたのは長老だ。


 わざわざ連れて来た者をスオウが易々と手放すとは思っていなかった長は退出した後にどう動くのかを見極めていたのである。


 不味い誤解を与えてしまったと苦い顔をしつつスオウはお前のせいだと言わんばかりに冥之上の頭を叩いて見張り達を驚かせた。


「何たる事を……栖鴬(スオウ)よ、()(かみ)(こうべ)を叩くか」


「あ」


「栖鴬、汝が贈りの祭礼に甘心(かんじん)しておらなんだこと、気づかぬ()と思うてか。思い()ゆめよ、最早あれは()(いも)に非ず。珠の巫女なるぞ」


「……さらばこそよ。皆も解っているだろう。(ひだ)るき事は苦しきぞ。突かれる事は(いた)しきぞ。そも……皆は解っているのか。なにゆえ供犠(くぎ)となりし者は(さいな)まれねばならぬ? 災いを治むるが為の祭礼なればその一身で(とが)を負うとも言えようが、()は巫女の力を導祖(どうそ)(さず)く為であろう。なればこそ、代わりに土の精隷が(これ)を成さんと言うに、どうして(おさ)(いな)まれるのだ!」


「申したであろう。贈りの祭礼は(かみ)に取り次ぐ為の習いぞ」


「なればこそ!」


栖鴬(スオウ)! 汝は禍憑(まがつ)きたるか! (かみ)闇女上(くらめのかみ)のみ、他に名乗りし奴ばらは(よこさま)なるぞ! ()ればありつる時ぞ黙したか!?」


 黙っていたつもりはない。


 土の精隷に名前などないと(はな)から決めつけて聞かなかったのは長老自身だ。


 しかし(かみ)を名乗れば問題になると解っていて敢えて知り得ることを全て話さなかったのも事実である。


 言葉に詰まったスオウに長老は少しばかり柔らかな表情を見せる。


死人(しびと)案内(あない)導祖(どうそ)の定め。(それ)()(いも)の枕に現れり。()れど(いも)は連れ行かず、授けたるるは光る(たま)……。これも稀なるが導祖の定め。古より伝わりし珠の巫女ぞ。()れど、然れどもよ。珠の力は我ら人には過ぎたるものぞ。なれば導祖(どうそ)(もう)し返すが(ことわり)なり。他ではならぬ、ならぬのだ」


「…………」


(わきま)うたか? 良き哉、良き哉。なればその(あやかし)は如何に致すかのう。さても怪しきもの、闇女上(くらめのかみ)に伺い(たてまつ)るか、はてまた隠業衆(いんごうしゅう)が……」


「……人をして(かみ)におもねるは……浅まし」


 鋭く冷たい視線が投げられる。


 交互にスオウと長老のやり取りを見ていた冥之上の手が動いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神の遣いが人間の勝手に定めた決まりに従わないといけないなんてアレですよね…
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