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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
大王(きわか)と小女子(をとめご)
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大王(きわか)と小女子(をとめご)6

 敵意は感じられなかった。


 メイがじっと見つめて来たので何事かと思い足を止めたのが幸運だった。


 メイが見ていたのものはスオウではなくスオウの向こうで刃を振り下ろす者であり、立ち止まったことで小雨の音の中に僅かな異音が聞こえたので咄嗟に前に飛んで避けることが出来た。


 それでも背中には熱い痛みが走り、まさぐって見た手のひらには血はついていなかったが手の届かないところを斬られたことは明白だった。


 しかし深い傷ではない。


 体制を立て直して襲撃者を見たスオウは一瞬ぎょっとして頬を引きつらせた。


 その者は面をしていた。


 土塊(つちくれ)で練られた面は粗の削られたのっぺりとした質感で、細い切れ込みのような目鼻口の穴が開いているだけの簡素なものだった。


 (みやび)(ころも)を着た女が雨のぬかるみに立ちそのような淡泊な面をつけている様は鬼を模した禍々しい面をつけているよりも異様で気味が悪く見えた。


 一度引いて見せたのは畑に隠したあの面と鈍色(にびいろ)の凶器を取りに戻るためだったか。


 それにしても刃物はともかく何故面を付けたのかが分からない。


 さっきの今まで相対していたのだから誰なのかなど誰でも分かるだろうに。


「己は……冬蔦(ふゆづた)であろうが。今更()ようなものをつけ、顔を知られぬと思うたか」


「これ? ああ、これは。違います、さようなわけではないのですけれど」


 まるで悪びれることなく世間話の続きのように答える女。


 当たり前のような言動がスオウの危機察知能力を鈍らせたのだ。


 どれほどの人を殺めればそのような境地に辿り着くのか。


 いや、最初からそれが悪い事だと思っていないからこその自然体なのだろう。


大王(きわか)が御内の男まで遠ざけた(ゆえ)はこれか。()を襲うたは大王(きわか)に目をかけられたと思うたからであろう。そうやって殺めたのであろうな。妻も子も」


「……嫌な心地になるのです。私とて、斯様(かよう)な事はしたくありません。なのに(みまし)の如き方は、退(しりぞ)けても退けても代わる代わる大王(きわか)に寄せられて……。私も迷惑しているのですよ」


「なんたる身勝手な物言いか。常ならば(あやかし)の所業よな。()れど己は人でありつる。その面は妖に所業を(なす)りつける為か」


「これですか? これは……これをつけている間は、少しばかり全ての事が他人事(ひとごと)に思えるのです。すると(いさ)み心が湧いてきて、常よりも少しだけ多くのことが(あた)うと思えるようになるのですよ。……ええ、私とて斯様(かよう)なことはしたくありませんから。されど、私がせねばならぬことですから。私がせねば……ああ!」


 冷静に淡々と喋っていた冬蔦はたまらずに胸に腕を引き寄せて叫んだ。


「ああ(わずら)わしい! 何故(なにゆえ)、何故私が心憂き思いをせねばならぬのでしょう! 憐れな私!」


「己は……己が憐れだと、言っているのか」


「あの方はお優しい方ですから。いらぬ者どもにも情けをかけてしまって、いつまでも私だけを愛でることが出来ないと、悲しんでおいででしたから。私だけを愛でたいのに……だから私がやらないと」


然様(さよう)なやり方で大王(きわか)御覚(みおぼ)えを(りょう)じらるると思うているとはな。なるほど、憐れなる(かな)。もはや(ことば)は無用よ」


 スオウは矛を構えた。


 女子供は手にかけたくはない。


 しかし冬蔦は人ではない。


 禍津鬼(まがつき)外面(そとおもて)になっていないだけで、恐らくは生来の鬼なのだ。


 自分の好意だけを押し付け、相手の気持ちも確かめず、目に映るものを全て邪魔者として排除することの何が愛か。


 歪んだ心は誰にも直すことなど出来ない。


 ならば多くの者が救われるように異常者は屠るべきだろう。


 それが人の世の理というものだ。


──まことか?


 スオウの動きが止まった。


 誰かが囁いてきたような気がしたのだ。


 咄嗟にメイを見るとその空虚な目に飲まれそうになる感覚に陥る。


 だが今囁いたのはメイではなかった。


──まことにそれが人の世の理か? なれば()咎人(とがびと)ではないか。(いも)を思う己が心を押し付け、供犠(くぎ)の定めを受け入れし妹の心は確かめなんだであろう。そして、汝は目に映るもの全てを殺めた。鄙長(ひなおさ)を、人の(つま)を、子を。矛を振るい、そこな土の精隷を用いて。己と女は何が(たが)う。誰が己の正しさを(あき)らむる。如何でか己は、何故己が正しいと思える?


「なにを……」


「どうした?」


「……いや、なんでもない。暫し待て」


「あの女を殺すのか」


「……そうだ」


「ならば冥之上がやる。珠を(たば)らねばならん」


「己に……なんだと? 珠を賜る、と言うたか、己は」


「言った」


「どういう事だ。あれが珠の巫女とでもいうのか」


「そうだ」


 大王が冬蔦のことを珠の巫女に違いないと言ったのは憶測でしかなく、厄介払いが出来れば幸いといった程度の気持ちだっただろう。


 スオウはなんとなくそのような異常者が珠の巫女に選ばれるわけがないと思っていたので巫女はこの広い赤穂の他の何処かにいるのだと思っていた。


 しかし唯一、珠の気配を感じることが出来るメイがその冬蔦を珠の巫女だと断定した。


 スオウは呆気に取られ、そしてどこかで安堵していた。


「そうか……。ならば珠を賜るがいい。……誰も……止めはせん」


「おお」


「なんです? 珠の巫女? 私が? それは一体──」


 メイの腕が蔦のようにしなり女の真ん中に穴を開けた。


 波打つそれを握りしめたメイはもう一方の手で光るものを摘まみ上げると肉片は無造作に捨てた。


 光り輝くものを首飾りに当てるとそれは輝く勾玉となり、他の勾玉と同様に闇女上(くらめのかみ)の遺髪で編まれた紐に通った。


 一瞬の出来事で半身を真っ赤に染めた冬蔦は理解が追い付かないといった様子で腹を押さえ狼狽(うろた)えていたが、やがてよろめき(あぜ)に足を取られ泥の中に(たお)れた。


 呆気ない最期である。


 所詮は人如きであるが、そういえばヤクナスは何故この珠の巫女から珠を奪おうとしなかったのだろう。


 最初にどこぞの珠の巫女を殺めた後は次にバラストの護るイワヒメを狙い、御闇山(おぐらやま)を攻撃したのはいささか不可解だ。


 冬蔦は確かに人にとっては異様な存在であったが上が恐れるような者ではなく珠は奪いやすかった筈だろうに。


 だがいい。


 おかげで難なく珠を回収できた。


 今までの巫女たちに比べたら気持ち的にも回収しやすかった気がする。


 途中で聞こえた気がした何者かの囁きは封殺し、スオウは事が済んだことを大王に伝えるためにメイを連れて元来た道を戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] またも土面でしたか…彼女のサイコな部分は珠の影響だったりするんでしょうか? 闇女上も割とそんな感じなので
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