表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
風吹く鄙の珠の巫女
5/69

風吹く鄙の珠の巫女5

 この折に現れるとはなんと(わずら)わしきことよ。


 大きく(くぼ)んだ眼窩(がんか)の奥で冥之上(めいのかみ)の様子を追っていた(おさ)の目が光った。


 老人は闇女上(くらめのかみ)敬虔(けいけん)な崇拝者である。


 だからこそ今の今まで見たこともない(かみ)の意志に戸惑(とまど)っていた。


「長よ。(まこと)に土の精隷は縄張りを動かないのか」


「そう伝えられておる」


「確たる(しるし)ではないと」


「そうではない。成り立ちを話したであろう。世の全てには大いなる力が宿っておる。それらが衰えぬよう枯れぬよう、(かみ)は精隷をお創りになり方々(ほうぼう)を守らせておるのだ。どうして役に背き離れる者がいようか」


「ここにいるではないか」


「ならば考え()るは二つ。その者が(あやかし)の類であるか、はたまた真に……。だが()も妖を疑い一夜を明かしたのだろう? すると答えは一つよ」


(おさ)よ。では何故そのような目をなさる」


 スオウたちは闇女上(くらめのかみ)が創ったと伝わる精隷で自由に動き回ることが出来るものを一つだけ知っていた。


 それが現れることは喜ばしいことであり現に最近でも長は喜んでいたはずだった。


 なのに今はずっと難しい顔をしているのである。


 その理由が知りたくてスオウは何も知らないふりをし長の心根(こころね)を探っていた。


「あれが導祖(どうそ)の代わりに現れたのではないか、と言いたいのか。在り得ぬ話だ。導祖(どうそ)闇女上(くらめのかみ)の分霊にして下衆(げす)の者と言われておる。()女共(めども)は人に非ず、死人の魂を拾うて隠世(かくりよ)に運ぶ御役(おやく)にある。魂は新珠(あらたま)の泉にて清められ再び現世(うつしよ)に送られると身籠りの母に宿される。()らはかくして世に生まれ出でるのだ。しかし栖鴬(スオウ)よ、()にはあれが(をみな)に見えるか、役を(つか)った者と見えるか」


 美形ではあるが明らかに男を模している冥之上はやはり二人の会話には全く関心を示さず(さる)の頭蓋を持ちながら自身の歯を触っていた。


 長にはその俗な態度が闇女上(くらめのかみ)(つか)いとして不誠実に映ったのだ。


 (たま)の巫女を()()()()は神聖でなければならない。


 ならばこそ使者は霊的でありあらたかでなければならなかった。


「何故在り得ぬと言い切れるのです」


「言い切れぬと言える(しるし)があるかの如き口ぶりよな」


「それは……」


栖鴬(スオウ)よ。()はまだ若い。(あら)たしきものへ(おそ)れなき事もわりなしと()えようが、(いにしえ)より伝わりしものには相応(ふさ)しき(ゆえ)があるのだ。祝事(ほぎごと)(しし)も得ず、それなる者を連れて来たはやんごとなきことだと()(はや)ったが為であろう。だがな、ならんぞ。如何なることがあろうとも祭礼は執り行うものとする。(ぼう)の月までまだ日はある。その者は元の所へ還し、式の定めに従うのだ」

 

「…………」


「良いな栖鴬(スオウ)? それと……土の精隷()も聞いておろう。何故(なにゆえ)この折に聖域に現れたかは知らぬがな、()(なれ)(かみ)の御意思とは思えぬでな。在るべき場所に還るが良い。悪く思うでないぞ」


「…………」


「聞け、土の精隷よ」


「ん? ああ、土の精隷じゃない。冥之(めいの)……」


「還して参ります。そしてそのまま狩りに戻りましょう」


「……それでよい」


 スオウは一礼をすると冥之上を引っ張り退出した。


 冥之上を拒絶する理由として深い事情があるのではと思い様子を窺っていたがこれ以上の対話は無意味と判断したからだ。


 老人の主張は既に始まっている儀式を今更変更出来ないという柔軟性のなさと未知のものをすぐに受け入れられる若さへの嫉妬以外の何物でもなかった。


 長の家から少し離れるとスオウは冥之上の肩を掴むと向き合いながらゆっくりと(さと)した。


()は、やすく、名乗るな」


「何故だ」


「聞いていなかったのか? ああいう古い者もいる。あれらにとって(かみ)はただ一人、闇女上(くらめのかみ)だけなのだ。()(かみ)を名乗れば余計に(わずら)わしい事になっていただろうな」


「わずらわしいこと?」


「呆れた奴だなあ。いいか、(おさ)はな、()闇女上(くらめのかみ)より遣わされた者かなどそもそもどうでも良かったのだ。豊穣となれば言い伝え通りの祭礼を成し、災いあれば祭礼を成し、古よりの定めを繰り返すことが正しいと思っている。()はそれを乱す。故に受け入れられぬと言っていたんだぞ」


「そうか。では巫女の元に行くぞ」


「それが出来ないから長に会わせたんだろうが」


「何故だ」


「見ろ」


 スオウの指さす先には円状に柵が設けられた一画がありただ一つの出入り口には幾人かの男たちが番をしていた。


 その奥には丸太で組まれた高床の建物があった。


 一見すれば穀物の貯蔵蔵に見えるがそれは一抱え出来そうなほどに小さく扉もない。


 周りは(まじな)いの意匠が掘られた木札や染め布と共に獣の骨を削って作られた装飾や頭蓋が飾られていた。


「お前の求める(たま)の巫女はあの中にいる」


 無遠慮に向かおうとする冥之上(めいのかみ)の肩を抑えるスオウの指には複雑な思いを込めた力が強く強く加わっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いきなりの壁ですね…この先どうなってしまうのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ