風吹く鄙の珠の巫女3
男の問いに対して土の精隷は何か考え事をするように首を左右に傾げた。
何故喋れるのかと聞かれても答えなど知るわけもなく、しかし思考の中から解を得ようとして黙る。
間という概念がない精隷はいつまでも黙る。
有限の時を生きる人は返答を待たずして次の問いを投げかけた。
「めいのかみ、とか言ったな。かみとは上のことか」
「なにがだ」
「かみとは上人の意味かと聞いている」
「かみびとじゃない、冥之上だ」
「…………」
「冥之上だ」
「……栖鴬だ」
「なにがだ」
「私が名だ!」
対話出来ているようで妙なずれがある。
栖鴬と名乗った若者は目頭を押さえながら大きく溜め息をついた。
やはり所詮は人ならざる者か。
しかしはぐらかしたりはせず素直に答える手合いであることは分かったので男は奥の洞穴を精隷ごしに見ながら再び口を開いた。
「汝は聖域の主か」
「冥之上だ」
「それはもういい。聞け、冥之上。汝は何が為に私が前に姿を現した?」
「汝に用はない。冥之上の定めは珠の巫女の持つ勾玉を賜り受けること、それのみ」
「……なんだと? 何故然なる定めにある」
「闇女上の意志だ。昊之上の封印が解けようとしている。再び封印するには珠の力を一つに集めねばならない。だから冥之上はここにある。珠の巫女に一番近い気穴にと送られたのだ」
「どういうことだ。土の精隷ごときが闇女上に遣わされただと? 昊之上が目覚める? 珠の巫女の力を集める? わけが分からない。汝は何者なのだ」
「冥……」
「それはもう聞いた」
「…………」
「なんだ」
「汝は珠の巫女か?」
「阿呆か」
埒が明かないので栖鴬は冥之上を連れて下山し鄙の長老に合わせる事にした。
経験に富む老人ならば年若い己よりもきっと巧みに言葉を交わすことが出来るだろう。
精隷の言葉に若者は混乱する素振りを見せたが実は色々と思い当たる節があった。
だから彼は今、人の縄張りを超えて夜の深山にいるのだ。
「珠の巫女に会いたければ私に付いてこい」
「分かった」
「いやに物わかりがいいな。疑わないのか」
「何をだ」
「……はあ、もういい。汝と話しているとものすごく疲れる。さあ、焚き火の元へ戻るぞ。一夜明かして明日の朝に私の鄙に行こう」
「一夜明かす必要などない」
「ある。今から戻っても皆寝静まっている」
「何故だ」
「うるさいっ、そういうものだからだ」
「おお」
「ならば何故栖鴬は一人このような山の中にいたのかと、聞け」
「どうでもいい」
「…………。いいか冥之上、獣は夜に栄える。なれば大きな主も出よう。肉は馳走だ。祝事に欠かすことは出来ない」
「どうでもいい」
「少し前の月の見えぬ夜に私が鄙において夢枕に導祖が立つを見た者がいる。導祖は光る物を手にしていてその者の胎にそれを埋めたそうだ」
「む、それは」
「どうでもいい、じゃないのか。人の話は聞くべきだと分かったか」
「分かった」
「良し。私は祝事の肉を得るために山に入った。こと、望の月に祝事の支度を揃えるのは縁起が良い故にだ。口惜しくも肉は得られなかったがな。なれどもそれより大きなものを得られたから良しとすることにしている」
「何を得た」
「縁だ」
「えにし?」
「冥之上よ。汝の探す珠の巫女とは私の妹だぞ」
「そうか」
「……勿体つけて話したというに。なんだお前は。冥之上だ」
「めい……そうだ」
焚き火に戻った栖鴬は横になりながら冥之上を見ていた。
冥之上は興味深そうに熾火の中に手を突っ込み薪を拾っては焼べ戻してを繰り返していた。
精隷は眠る必要がないようなので番をさせていればいい。
果たしてしっかりと務めるかは疑問だが若者はさっそく微睡んでいた。
奇妙な連れ合いである。
少なくとも気の向くままに辿ればいずれ巫女の元へ着いたであろう冥之上にとっては同行する必要などなかった。
だがこの出会いは後の両者に大きな影響を与える事になる。
そのような事など今はまだ互いに知る由もなかった。