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上と神3

 スオウたちの暮らす風吹く(ひな)は平原を囲う雄大(ゆうだい)な山々の西端の(ふもと)にあった。


 そこは野生の稲科植物が生い茂る肥沃(ひよく)な土壌であったが建材に使える木材が少なく掘るとすぐに水が(にじ)(もろ)さ故に堀を(ともな)う集落を形成しづらい環境であった。


 それも相まってか集落は密集することなく幾日(いくにち)かの野営(やえい)()なければ隣りの鄙へと辿り着くことは出来ない。


 道はなく大小の川によって行く手が阻まれる広大な大地は人の力の小ささを痛感させるほどに過酷であった。


「じゃあもう一度(ひとたび)。人前では如何(いか)にする」


「メイと名乗る。スオウから離れるときは言う」


「良し。率爾(そつじ)な振る舞いはするなよ」


「分かった」


「信ならんなあ……」


 道なき道の(すね)まで隠れる草を踏みしめながらスオウは冥之上(めいのかみ)ことメイに人間社会の常識を説いていた。


 この生まれたてらしい土の精隷はそれを知らないので本能のままに動いて場を乱す。


 風吹く鄙で嫌という程に理解したスオウは次の(たま)の巫女の元へ辿り着く前にメイを教育することにしたのだが、何も知らないと思われたメイは不思議なことに人の創った作法や決まり事の一部を知っていたりするので何を知り何を知らないのかの基準が分からず途中で何度も話の腰を折られ説明は困難を極めた。


 そこでスオウは最も重要な二つだけを覚えさせることにした。


 メイは真名(まな)冥之上(めいのかみ)というらしいが人は(かみ)を名乗る者を快く思わないのでまずこの名乗りを禁じた。


 大昔に上々(かみがみ)が人を奴婢(ぬひ)の如く扱っていたという言い伝えに起因する感情であり、敬うべき(かみ)は人と共に抗った闇女上ただ一人だけというのが大半の人間の思想だったからだ。


 (かみ)を名乗りさえしなければ大丈夫かといえばそうでもなくメイは土の精隷そのままの外見をしているので土の精隷を見たことがある旅人や老人なんかは何故土着の精隷が自由に行動しているのかと(いぶか)しむこともあるだろう。


 頭巾でも深く被らせられれば良かったのかもしれないが着の身着のままで出てきてしまったのでそんな用意などある筈もなく多少の揉め事は覚悟するしかなかった。


 ただ、先の風吹く鄙では思いがけず反撃を覚えさせてしまったのでもしも勝手に行動して争いに発展したらと思うとぞっとする。


 何度説明しても死どころか怪我の概念さえ理解しないメイには手加減など出来るわけもなく、小突いてくる者がいようものならあっというまに虫けらのように殺してしまうだろう。


 近くにいればまだ対処できなくもないだろうからとスオウはメイに行動を報告するようにと繰り返し言いつけて何とか了承の返事をさせることには成功した。


 ただし本当に理解しているかは疑問なので不安が全て晴れたわけではなかった。 


「で、いるのか。この先に二人目の巫女が」


「知らん。向こうからも、向こうからも、向こうからも気配がする。(しか)らば近いところに行くだけだ」


「東、北、南か。東が一番近いとなると御闇山ではなさそうだが」


「おぐらやまとはなんだ」


「かつて闇女上(くらめのかみ)がおわした山だ。()は見た事がないがこの国で一番高いと言われている。聞いた話ではそこに葦原(あしはら)()べる巫女がいるそうだ。統べると言えば巫女は長よりも偉いらしい。(もっと)も、長も会ったことがないと言っていたがな。では何故偉いと言えるのか。甘心(かんじん)せん話だ」


「巫女。するとメイはそこを目指しているのか」


()に聞くな。己の事であろうが。だが違うだろう」


「違うのか」


「己は南の気配よりも東の気配の方が近いと言った。南に行けばいずれ潮満原(しおみつはら)に出る。だが同じ日をかけて東に向かい歩いても御闇山には至ることはない。なれば巫女はそれよりも手前にいるということだ」


「おお」


「すると先の渡しにいるやも知れぬ。ますます(あま)(ごと)はすなよ。そこは私も幾度(いくたび)商物(あきもの)()いに出ているのだ。見知れる者もいる。己のせいで私の覚え(わろ)くなるのは(いと)わし」


「渡しとはなんだ」


(みなと)だ。あ、ええと……大きな川がある。川は知っているな? 歩いては渡れん大きな川ゆえ舟でなくば渡れぬ。舟で渡るから、渡しだ」


「…………」


「心得たか」


「ふねとはなんだ」


「己と話すと(はなは)だ疲れる。ともあれ、渡しは人も多くいる。珠の巫女もいるやも知れぬな」


「おお」


 かくして二人は舟の渡し場に着いた。


 しかしスオウの記憶よりも露店や人の賑わいが少なく不思議に思っているとその理由はすぐに分かった。


 川の上流で大雨が続いているらしく濁流が桟橋(さんばし)もろとも舟を流してしまったというのだ。


 濁った水と泥にまみれた岸辺は未だ爪痕が残り、新しい舟は用意出来ているもののまだ運行を再開するには危険だから渡すことは出来ないと舟守もぼやいていた。


「あな(わび)し。渡れんとよ」


「あれが舟か。いらん」


「いるいらんではない。いくら己が不死とはいえ徒歩(かち)で行かんとさば取り敢えず潮満原まで流されようぞ」


「ふーん」


「な、なんだその気の抜けるような返しは」


「ああーっ! やいやいやい、妙な気配を察して来てみりゃ案の如くだぜ! (なぁん)で土の精隷がこんな所にいやがる!?」


 急な大声にスオウは咄嗟に振り返った。


 人が少ないとはいえやはりメイが土の精隷だと見抜く者がいたようだ。


 しかしスオウはぎょっとした。


 声の主が余りにも珍妙な成りをしていたからである。

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