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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
風吹く鄙の珠の巫女
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風吹く鄙の珠の巫女10

 何度声をかけてももう二度と動くことはない。


 もともと弱り切っていた少女は腰に穴を開けられ臓物(ぞうもつ)を引きずり出された痛みで意識を混濁(こんだく)させたまま大量の失血に(とど)めを刺されるかたちで既に絶命していた。


 肉体に残った僅かな条件反射がまるで生きているかのような錯覚を見る者に与えるがそれは一縷(いちる)の望みですらなかった。


 文字通り腕の中で息絶えた最愛の妹を前にしてスオウはただただ抱きしめることしか出来なかった。


要无(いるなし)! 要无っ!」


 少女の名を叫びながら返ってこない反応を待ち何度も肩をゆするスオウ。


 その真名を呼んだのは久しぶりのことであった。


 必要ない、という意味の名はもう一人男手が欲しかったスオウの両親が与えた彼女の生涯そのものだった。


 それがようやく報われると思ったのに。


 夢枕に美しい女性が立ち光る何かを腹に埋めていったという妹の告白に対して長老が珠の巫女の伝承を持ち出した時にはスオウは我が事のように喜んだ。


 それが事実なら妹は必要とされる存在になれるのだと。


 なのに彼女は豊作を願い(かみ)に捧げられる獣と同じように小さな檻に入れられて次の満月の夜に殺されることとなった。


 そんな折にこの土の精隷と出会ったのは偶然ではなく妹を生かすための闇女上(くらめのかみ)の計らいではなかったのか。


「冥之……(かみ)……! ()は、お、(おのれ)が何をしつるか分かっているのか?」


 震える声で何とか絞り出したスオウは目の前の精隷の表情を見て息を飲んだ。


 妹の一部を握った拳をしげしげと眺めるその目はまるで虫のそれのようになんの感情も宿っていなかったからだ。


 土の精隷は感情を持たないという言い伝えは知っていたがこの状況下では酷く生々しい。


 それは精隷というものが、人と姿形が似こそすれまったく別の存在であるということをスオウに雄弁に語りかけてくるのだった。


 思いあがっていた。


 多少不自然ではあるが会話できることに(まど)わされ、自分の指示を聞いたことでこれを使えると自惚(うぬぼ)れてしまった。


 ただそれは単純に冥之上にとって断る道理がなかったからにすぎず、従っていたわけではなかったわけだ。


 奴の目的は珠の力を回収することのみで依り代がどうなろうが関係なく、どうでもいいことだったのだ。


「これでいいのか? よく分からんな」


「よく分からん……だと? よく分からないのに要无(いるなし)は死……己に殺されたのか?」


「まあいい。次の巫女はどこだ」


「なにがまあいい、だ!!」


 妹を抱く腕に自然と力がこもりスオウは突如湧いた怒りのままに矛を冥之上に向けて投げた。


 鋭く飛んだ矛は冥之上の横面に勢いよく刺さったが若干ふらついただけで顔色が変わることもなかった。


 用事が済んだ以上はスオウにも興味を無くしたのだろう。


 それがますます哀しくて若者は土の精隷に飛び掛かった。


妹の一部(それ)を、返せっ!」


 その部分を取り返そうとした時だった。


 今までまるで反応がなかった冥之上が急に顔を向けた。


 あの腕の変形は自分を真似た反撃の所作だ。


 スオウの意識はそこで途絶えた。




 次に目が覚めるとスオウは薄暮れた自分の家に寝かされていた。


 そして傍らには見知らぬ者がいた。


 外套(がいとう)の風よけ頭巾を深く被ったその者はスオウが目覚めたことに気付くと頸動脈や額に手を当てた。


 額を触られた時に鈍い痛みがあり低く(うめ)くと男は(なだ)めるような仕草をしつつ傍らの土器(かわらけ)を差し出して来た。


「これを飲み(たも)う。気付け薬なり」


「……(なれ)は、()そ」


「旅の者にて。一宿を給わんとせしが、よもやかくなるおぞましき事があらんとは思わじ」


 おぞましき事。


 その一言でスオウは気付け薬を飲むよりも鮮明に意識を取り戻した。


 気絶している間に時刻は半日以上経ち外には夕闇が訪れようとしていた。


 皆は、死体は、あの土の精隷は、妹はどうしてしまったのだろうか。


「あれは……あれは全て夢にあらじか」


「思い(しず)まれよ。()れも()を責めてはおらぬ。(けが)れは(をみな)衆が取り()りけり。今はよく休め」


()てしも有らず!」


「旅の方! あっスオウ様!? 良かった、ああ、良かった……御目覚めになられたのですね!」


 血相を変えて入ってきた女はスオウを見るとたちまち座り込んで泣き出してしまった。


 男たちを殺し(けが)れを(ひな)に持ち込んだ張本人であるスオウが気絶している間に仇を取ろうともせず心配していたとはどういう了見だろうか。


 スオウは女を慰めようと傍に寄ったが女の後ろに見える外の光景に気付いて目を細めた。


 そしてその光景はスオウの足を無意識に外へと(いざな)ったのだった。


 夕靄(ゆうもや)の中、まるで星が瞬き始めるかのようになにもない場所から次々に現れる女たち。


 その女たちは皆同じ顔をして同じ手燭(てしょく)を持っていた。


 いつの間にか隣に出て来ていた旅の男が短く導祖(どうそ)なり、と呟く。


 無数の導祖たちは(おそ)れて地面に頭をつける(ひな)の女衆には目もくれず、一人一人が男たちの死体の元に立っては消えて行った。


「……魂を運んでいるのだ。皆人に姿見せたるはさても珍しきことよ。()はあれなる土の精隷に(かか)りありやなしや」


 冥之上はスオウの記憶のままの場所に立っていた。


 傍には女たちも恐れて近づけなかったのか妹の死体がそのままになっていた。


 その前には導祖の一人が立っており冥之上と向き合っていた。


 スオウは何も言わず二人の元へと駆けてった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 導祖は複数いたのですね。冥之上とどのような話をするのか気になるところです
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