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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
風吹く鄙の珠の巫女
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風吹く鄙の珠の巫女

 暗闇で声がした。


 水の中で(ささや)かれたような朧気(おぼろげ)曖昧(あいまい)な響きだった。


 次第に鮮明に聞こえるようになっていくとそれが柔和な女性の声であることが解った。


 声の認識は己と己以外を分かつ最初の自我となり、そして新たな存在が生まれた。


「ここは?」


 天も地も、奥も手前もない空間に疑問を(てい)する声が響く。


 今度は若い男の声であった。


 すると無の中で光源もないのに姿が浮かび上がった。


 男は不思議そうに手を見つめ、足を見つめた。


 ()()の長髪に切れ長の目をした()()()の端正な美丈夫である。


 無駄な肉のないしなやかな四肢は大きな布を肩にかけ腰で紐を結んだだけの簡素な服に包まれていた。


 男がひとしきり自分の姿に関心を示していると暫く黙っていた女の声が再び響き渡る。


 しかしその姿は未だ見えなかった。


「ここは気脈の還る彼方、新珠(あらたま)の泉の遥かなる深淵です。そして()の名は闇女上(くらめのかみ)(なれ)の母なる者です」


「……わの、な、わ、くらめ、のかみ……は、なれ、の、ははなる、もの?」


「まだ寝ぼけているのですね。なんて愛らしいのでしょう。理解出来る筈ですよ。考える必要はないのです」


 言葉は初めて聞く筈だったが男は知っていた。


 それが人とは違うところか。


 何故分かるのかを追求さえしなければ会話は自然なものとなる。


 闇女上(くらめのかみ)と名乗った女性は愛おし気に笑っていたが男の瞳から疑問の色が消えるのを見ると本題へと移った。 


「いいですね。今から言う事をよく聞くのです。今、現世では大変な事が起きようとしています」


「大変な事?」


「災厄が(よみがえ)ろうとしています。その名は昊之上(こうのかみ)。死を司る精隷です。あれは本来は死するべき者に死を与える役目を持った存在でした。しかしいつしかあれは理性を失い、手あたり次第に魂を狩る怪物と化してしまったのです。かつてそれを恐れた人々は()の力を用いてあれを封印することに成功しました。ですが……その封印に(ほころ)びが生じています」


「…………」


(なれ)にはそれを食い止めて貰います。深淵に閉ざされた()の代わりとなり、現世(うつしよ)へと(のぼ)って昊之上(こうのかみ)を封印するために珠の巫女を求めなさい」


「たまのみこ?」


「かつて()の力を与えた器です。人は弱く命短きもの。あれらが(かみ)に立ち向かうなど到底不可能なことでした。故に()は人の子らに()の力を()めた装飾を与えました。その力を受けた者たちを(たま)の巫女と呼びます。珠の巫女の力は昊之上(こうのかみ)に敗れても何度でも立ち向かえるようにと、死した後に再び他の巫女に託されるようにしていました。ですが……渡し途中の珠が何者かに奪われる事態が起きたようです。恐らくは昊之上(こうのかみ)の復活を(たす)けようとする悪しき者の仕業でしょう」


「なにをすればいい」


「今の巫女たちから珠……(すなわ)ち勾玉を貰い受けるのです。あれは現世(うつしよ)に残りし()の数少ない力。昊之上(こうのかみ)(しの)ぐ唯一の力です。ですが時が下り力の弱まった巫女たちは使い方も知らず、故に何人いようとも邪悪に立ち向かうことは出来ないでしょう。だから勾玉を一つに集め、選ばれし者に託すのです」


「選ばれし者とは誰だ」


「導かれるままに、行けば分かります。この時世(ときよ)にあの者が生を受けたこともまた運命なのでしょうから……」


 意識が移りゆく。


 声は遠のき、身は彼方へ。


「さあ、巫女のいる場所に一番近い気穴まで送りましょう。人の世を頼みましたよ、冥之上。それがあなたの名前です」


「めいの……かみ。それが()が名……」


 光の流れを(さかのぼ)ること刹那(せつな)


 青草の香りで我に返ると男は月夜の森の中に独り(たたず)んでいた。

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― 新着の感想 ―
設定で「精霊」ではなく隷の字を使ってるのがさらっとお洒落で良いな上手いな、と思わされました。世界観がとても楽しみな書き出しでした。美丈夫だという主人公ぽい人を可愛いとする、女性の声もまたほっこりしまし…
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