警護対象
〈ふたりは2年1組〉
花壇のほうへ歩いていくクラスメイトたちを横目に、ふたりして依然同じ場所に立ち続けていた。
早くも恒例になってきている沈黙。
〈異様にしろくみえる校舎〉
警護対象であるこの少年はまだやたらに振られる手、誇張抜きに大きく振られる手に慣れていなかった。
身長差は、七、八センチというところ。
納得もまだだ。
正しくまちがいだらけの少年、急に接近するものは好まない。
急成長を好まず、庇の下も好まず、小さな獣も好まず、虹、十字路、棚の奥に手を入れるのを好まず、追うのも追われるのも好まず、それでも今傍らで、開けっ広げな笑顔を引っ込めない彼にとっては警護対象である、ということ。
拭うために拭うわけじゃないんだろ、みたいなことをカトウ少年は彼に向かっていう。
「その笑いかたがむかつくんだよ」
〈用心棒篇〉
それは主にカーテンの裏にいること。
その作り笑いは、彼にとって義務ではないということは聞き出していた。学校での任務が嬉しくて、とのこと。
ハンカチを差し出すこと、許すこと、許されないことも許すこと。
「なんでいまクリームソーダだ」
キラキラ。
「プールそうじ一人でしてみせろよ」
キラキラ。
〈しらないくいもの〉
飲まれなかったお茶がある。今バルコニーで密かにこぼれた。
混入物にはカトウは気づいていなかった。
「空気感染が怖いので」
紙飛行機で日頃の疑問に答えが返る。
意味はよく分からないけど、彼という人のことが少し分かった。
彼の字は女子力まである。
誰も見向きもしないが彼らの街にはちゃんと存在しない観覧車が静かに建っている。誰も気がつかないけれど蜘蛛の糸が絡み付いている観覧車が静かに動いている。
警護対象の少年がうつる窓にしか、彼らはいることができなかった。
〈マスクいぞんしょう〉
警護対象の少年は箒を手に握っている。額に汗。
今日、カトウは気分がすぐれない。
何かを壁にぶつけるだとか、とにかくタイミングは逸してしまっている。
午後の校舎に満ちている笑い声。
ただの教室だってひだまりと呼びそうな勢いのあの連中。
カトウのクラスは、校内睡眠時間ランキングトップ十にある名前ばかりなのだ。
震える手。上手いこと持てない。カトウは箒を、じぶんの体に立て掛けるような持ち方にして持ち直し、でもなぜそうしなきゃならないのか分からなかった。
分からない。
昨日、ブックスタンドが警護対象のために用意されていた。
明日の歌が破れるための青は排水溝に落ちて流されていった。
カトウの与り知らないことだが、今窓の外側にいる彼は枯れ葉の裏にすなおなおもいのような思いを書けている。
枯れ葉は、似る運命があるゆえに、書けている。
「しない限りは、しない」
一方、ガラス窓の内側で警護対象は、一人目を閉じていて、ひどく気分が悪い。
あの娘。今回の包丁はどうかなんて気にしない娘だった。
親が切らせているのか、そのまた親か。
未然に鬱ごう、上手いこと使おう。水溜まりを裂いたほほも、目も、漂っていただけだったことがあり、固い唇が気がついて初めて、すべてが繋がる。
固い唇があることで、ようやく警護対象は人を再開する。
もはや囚人といえる、そのわりに爪はちょっと女子みたいに綺麗だと同級生たちにいわれてしまったけども。
「君は君が下手なの?」
「あん?」
委員長の女子に考えごとを邪魔され、カトウ少年は睨むを発動した。
もう長いこと廊下でカトウは、箒を手に立っていた。
〈いやな慣れ〉
帰り道、彼らは約束する。まるで、本当にただの同級生みたいに。
しかし直後、カトウはさっさと一人暮らしのアパートに帰っていく。
〈真の目的〉
「まれに空袋が混ざっていることがありますが内容量には問題ありません」
空気の抜けていく音のためだけに出会ったようなふたり。
〈つかいみちのない者たち〉
辺りは静まりかえっていた。雲ひとつない夜、いつもの街の片隅で、いつもの焚き火がカトウの前にあった。
火を挟んで、相手には寝顔を見られていたかもしれない。そいつが何かをいっている。それは分かった。まだ頭が上手く働いていないんだということを、ゆるゆる右手を動かし示した。
奇妙なくらいに決意を固めるのは早かった。どういう状況にあるのかを思い出すことができないが、むしろそれがこんなにも晴れ晴れとした気分になることだというのも変な話だったけれど。
警護対象は空を見上げた。
静けさと微かな痛みを感じていた。でも、遠い国を思う時のそれに似た痛みだった。
向いで、静かに座っている同級生の少年のほうへ、視線をようやっと戻す。
カトウの言葉を待っているでもなく、困惑も存在しないその顔はいつもと違い嘘くさく見えない。
足元に缶入りコーヒーがあって、初めて自然とありがとうと口に出せる性格であったなら楽に生きれたかな、とカトウは思う。
コーヒーを飲むのにはとても長い時間をかけた。
「寒」
愚痴に近いひとりごとの他には、火の音、息の音、どこかの犬の遠吠え。
〈とっととはがれおちるべきだった日〉
いつも、いつもいなくなりたくて、同時に波に触れてもみたくて、でもけしてそこまで、濡れるところまでは進まない小石。
どうせさっきから動いてないペン。
偽物の笑顔、それにカーテンたち。
警護対象として今長机についているのに、見えないだけの首輪について語る言葉を見つけていない。何の荷もまだ下ろせていない。
「風つよいっすね」
彼が起ち、すると制服の裾は切り裂かれている。
正体不明の後悔に襲撃される。
〈落下現しょう〉
(警護対象の少年ができることはいつだって落とすこと、いつだってそれしかない。)
(調理実習で製造される本音は剥がれ落ちて汚れみえなくなる。)
(本とうの音が日向コーヒーに真っ直ぐ落ちていく。)
(落下する間だけ、味がとばないでいた。)
(走り書きは、どうだろう。)
(みちしるべまちがえたっぽい確認はまだ。)
(すぐに汚れる。)
アパートのきの小いすは本当は誰のかをカトウは思い出せない。
〈猿〉
おれに残っていたのって、でかくて白い壁。かくじのきたなさに、こまってたんだ。
そのときなんだ、にんげんのともだちがほしくて、困ってるんだなってかんちがいがきた。
なにかがいた、ふり向いた。
〈しんこうちゅう〉
誰もいない校内、見張りで隠れる夜。
ふたりで協力し、においのきつそうなカーテンを引きずり下ろす。
寒い夜を目を開けたまま越さなくてはならない。
ウィンドウでは幸福が踊る。手をのばしてあげられるのか仰ぎ見るのか夜は彼らに許可を与える目の奥までは入れられない守れない。
警護対象はいい意味で眠れやしないでいた。
消火栓の赤ランプを睨んでいた。
〈出かせぎにきたむすめ〉
発火の方に行かせて欲しかった。
浸すという事を浸して欲しかった。
後ろ髪ひかれながら、太陽隠す雲になりつつある、それを。今は今に浸されている、と感じる警護対象。
ずっと誰かが不在。
大切が、ないだけ。簡易包装で構わない。
警護対象は感じる。
こういいたいのだ、何も教えない奴に側にいられる、そういうことを知ってくれたのむから。
望ましい展開には絶対ならないだろう。
今この場所にあるのは、裏のない笑み、制止もするし反対に何も止めない手、それからただの一人の目だ。
「あたしとあたしへの手紙が破れる日がきただけが起こったらいい」
もう二度と、ラベルを気にするのはよそうと決めたが今晩だけの警護対象。
拗ねてない鼻が、最も早く階段を消していく。
減じてないもので擦る、ごしごしとやる。
いい意味で、零れてて悪い意味で溢れてた。アンカーに全貌は不要なのを、知らないでいた、
「あなたが触れる街にこの脚では入って行かれないあたし。決まりだ」
庇われたのなんて久し振りだった、という思いが意識をなくす直前に警護対象の少年にあったが、今晩だけだ。
〈猿となつのゆめ〉
ある日、なんとか警護対象を帰せたあとの彼が現在位置不明に。
どこのまちかもわからないバス停で、カナったらどんなにいいかって、緩やかになってしまった。
彼は儚い滑り台がいい。星がみえないベランダすら持てない、空回りを続けていたかった。
〈失そくのはじまり〉
警護対象の少年は珍しく教室にいる彼を見ている。
休日は何を。そんな話題で数名の女子と、穏やかに談笑する彼。
あまりにも普通の男子だった。
思い出せないことを思い出そうとするのは疲れる、彼のほうがどうなのかは知らない。
会ってもその話はしない。
昨夜。
冬の口元に指でしるしをつけた少年。
じんましん始まるしかない。
誰かは常にものがたりを閉じたい。
「焦燥を干しておいた」
誰かがいうが警護対象には思い出せない。
めいめい好きに過ごせているふりをする。
つまりこうなる。
思い出しかけた誰かがいて、そいつは、頭が割れたかった。
〈猿は警護対象の少年だけがだいじ〉
もうだれのものでもない声で顔を洗う。
人は、それぞれ勝手に焚き火をやれている。
今朝も、利き腕をあえて故障に追い込む。
〈きんぎょの小ささ〉
?
わわわわたしたちががそれそだげがれれそれそ
をかくにんなの、わたしたちが金魚すくいみたいにしげ、
ね、
おにいやんにしめしめしめしめしめ
? :かさねあう
「おにいやん、ねえ」
思い出せるってあなたが思ったことは
、
微 風
だ
よ
〈文化祭まえの夜〉
さっきから同じ返答しか降ってこない。気にくわない。
「真っすぐ、真っすぐ」
です、と機嫌のいい声が後で付け足す。
本当かよと、カトウは二人乗り自転車をゆっくりと進めながら思う。
さっきからあくびしか出てこない。いつもの嫌味もいえない、喋る気力ももう尽きそうだった。
ペダルは、眠気覚ましとは遠く離れていて、しかし親戚みたいなものであった。
「なぁこれ、ほんとに真っすぐでいいのか」
です、と機嫌のいい声が頭のてっぺんに堕ち眉間にしわが寄っていく夜。
ずっと真っすぐに行けって、なんだそれ? カトウは前のめりに倒れてやろうか、と結構本気で考え蛇行をする。
〈隣〉
初めて視線が合った時のこと。
男子便所で考えごとをしていた。気がつくと横に彼がいた。
足音や気配を感じなかったために、急に出現したというような印象。
彼らは一切やり取りもしなかった。
しかしカトウの記憶にはなぜかこの時のことが残っている。制服の裾を捲り上げ、用を済ませていた。問題は、問題であり続けているのは、その細い腕に白く盛り上がった部分があり、醜くはないがその、終わりの見えない傷痕だった。
〈まさゆめ〉
崩れてもいいところから、崩れていく。崩れてもいいから、見なくなったそこが。崩れてしまうイメージが頭から離れなくなったそこから、崩れていく。崩れてしまうのをおそれず渡ったところで、崩れていく。
〈ものがたり〉
少年の妹は少年の妹を始めるようになったのに少年は少年のまま警護対象のままだ。いずれにしても、むかしのはなしだ。
むかしむかし何か意見の衝とつのあるたびにらくがきっずの対戦プレイでけつちゃくをつける兄妹がこのまちにゃいてむかしむかし古エスカレーターでかをを見あわせた家ぞくむかしむかし夢むかしむかしけっきょくのところ兄一人だけがこうむかしむかしそむかしむかし刃むかしむかしのことだであるなのだです。
これは、今のなかを流れるはなし。
〈いっこずつ、ひとじち〉
これらが育ったのは、屋上。カーテンが冷たいと色々を持ち寄って泣こうとして、それで校舎も新しくまた笑わないといけなくなった。
茶色は茶色の集め方を理解しない。
茶色い声がいった。
「ほら、ここがまた欠けてしまってる。あすこにかちっと嵌まるピースになりたがってよ。誰か。誰でもいい」
声たちは煩雑さにうんざりしていた。
目を伏せたら、警護対象の少年の声が来てしまう。
「最低の日向ぼっこだ」
かき混ぜるのがとくいでない男の子にできる祈りかたは、たった一つだけ。
それは、とてもマイナーな涙。
〈もろく晴れ〉
何もない部屋で一人で目を覚ます。内容があまりに重要すぎて、遠ざかる夢にはむしろいつも感じる未練もない。床に額を擦りつける。
何もないアパートの部屋。
どこでいつ買ったのか記憶にないサイズも合ってない、きいろい、XLサイズのパーカーを、冷たい床にしっかり広げて、またフード部分に頭を置いた。学校は始まってしまっている。
愚かしいことをやっている。ベッドの上には裏返しにしてあるスマートフォン。
奴が隣に来さえしなけりゃ。
凍り付く、と決める時に現れるべき、優しい男子の引いてくれる手をした手は、あった。
うまく埃が積もっていた、頭。警護対象がよく見ようとする時、連中は働く。それだけは分かる。
警護対象の頭が痛む。
つかめない、だれもわる
「先生。今岡くん息してない、そんな気がします」
警護対象は突然、クラスの女子の声がするので目を開けた。
驚いたのは、ここが学校に変わっていたから。
「は?」
声が、裂けめが、見えもしない瞬間、失えない、と、悪い兄の悪い口の吸うような。
僕なのか?
〈ろう下〉
益がこぼていくみたいな音が確かにして、太陽が隠され足元の床はやわくなって行けない。
だれもいないから廊下。
だれもいないからで。
だれもいないからうずくまって。
だれもいないから確認する。
色んな色眼鏡。
カリッとしていて香ばしいとされていることすべて。
廊下に扇風機。
警護対象は鳥肌。回れ右して急ぐ。
思い出してはいけないことがあるから、それがレールにもなって、走り始める。
何もないから早く隠せるよ。よかったな。
嗅ぎたい、あるべき思い出を。
「なんで側にいないんだよ?」
今誰を呼ぶ気がある?
自問し、あるべきはずの名が、思い出せない。
いや、見当たらない。
その日ようやく、警護対象はじぶんの体を調べた。
〈こどものはっそう〉
彼は経験を積んだボディガードとはいい難い。転がっている古典も拾って開いてしまう。
カトウ少年に埃を払ってもらい、友達気分にもなる。
階段の手すりにせっせと置く。
ついたちに産まれてくる何もかもがポスターのよう。
誰にも秘密の通路を歩いて、警護対象を見つけようとするが、困難だ。
警護対象の少年の足は味方も敵もなくなるほどに高速で動けるが、なぜ本人にそれを知らせてはいけないのか、彼はとうとう理解できなかった。
彼には、手の届く場所に警護対象の少年の姿がないことが、すごく苛つくことだった。単純に。
〈脱水〉
益のある方はどちらかな、男がいう。
せめて傷つけないと摘めないの方へ、と嘘つきの男子中学生が示した。
それを横目に女は歩いて角を曲がり、校外ランニングをしている野球部員をそこで一人捕まえ、なかを開けて、一つだけ、どうしても必要だったものを取り出した。
現在進行形の街。
悪いのは母親たちであり、家庭教師たちではない。
吸収するときはいつも一緒。吐くことは別々。
かつての約束をした指の一本いっぽんに、軋みは訪れた。
警護対象の少年の、指先から、走り方が走りだす。
冷えきろうとしていところだったのかもしれないのに冷えきろうとしていることに対する、なにがしかの許容範囲。だれかの。かつての。
どの廊下も、十一月のうたいかたを知っている。
始まった点呼。
彼は息を整えた。
あの部首に少し似せる。
これは意味取り合戦。
シャドウボクサーが倒れ、はじまり、同時に終わる。壊したぶらんこに丁度だ。
「編集中のメールがあります」
千八百三十四回めの、いつもと同じ女子の声がいったが、カトウが聞かないように彼がこっそり耳を塞いでいた。
だれかの、かつての、しりとりに加わるということ。
〈手と手〉
「おまえと同級生で、よかったなって思ったから」
あとなんかいでも笑わせたいのに、回数が見えている猿、見たくはない猿。
〈メルト〉
鳴く、ドアとして。過去とも呼ばれている櫛に撫でられようと、あやふやなあの日の缶入りコーヒーをもう一度思い、閉じない。
「おまえしかいない、僕の夢はどこに置いた?」
僕らしさとか温度常駐してるあすこのとこ。夢の中でそこに車を停めてれば一人だけは助かるかもしれない。
「どうやら、気のはやい者勝ちだったから」
立ち止まってホシクて立ち止まってみせた。
鳴き声。
集めて、捨てている。
少年の声は、たちまち掠れていく、反対に、本当はぎらつく、鏡にしたのは誰だろう、もうよくわかんないもうよく見てみようなんて気にはなれない。
何をここで思い出せたなら何がここで起こっていたなら良かったのか。せっかく、自覚症状はないままに、遠く彼方に行くだけを欲しがっていたのに。
警護対象として、ここに誤字をみつけにきたのだ。
とても近くで枯れていたもの、融解してもいいような答えを守れないでいたもの。
警護対象はじぶんを置いてきぼりにしに行こうとしていた、黒い爪のように最初から邪魔だった。
かつて、この場所で、泡がかわいいんなら笑えると、致命傷となるはずだったその一撃はあった。
しっかり夢に溶けていった。
なのに、それからもずっとかき混ぜていた、その足で、その目で、ずっとここで今でもかき混ぜている。
本当に、やっかいな兄と妹だ。
その場所にはいらない地球儀やいらない糸電話が転がっていた。糸電話。これについてだけはいつ誰が必要性を訴えたものなのか。
それが見えなくなっていくことの冷たさに手を伸ばす、かかとを浮かせて。
違う。さっきからこちらを見ている、聞こえない。
寄りかからせたいらしい。
曖昧な水滴となるべきもので濁してたことは、終わる。終わってしまう。
ふたりして速くもっと速く耐久性なんてわかりっこない丸くもない未来を見たような気に知ったかぶって、喪失も記憶も、いいと感じていた。
美しい思いから、いまや猫のサイズ、鳴き声になる。
その横顔ばかり撫で擦る手。
嫌がらせだ。
全部の記憶を取り出した時、こういう表情をするとは予想してはいなかった。
彼は笑ってみせる、うまくやったのだろう。その理由も本当も誰にも察せられないように、プールに飛び込んでいく。
無くす前の彼も、うまく潜り抜けていた人なんだろう、うまく崩せたよと彼はこちらを向いた時、笑った、ゆるすことができなくなるほどにちゃんと、彼は笑った。
この作戦は失敗したもう笑い声が戻る。
この世界は?
いつまでも恵みの雨とかを認められない、その声のふるえが最後までなかなか消えないでいた。
だいいち、と警護対象である少年の声。
「だいいち、警護対象なんて、のぼせている時に消えてただろ」
目の前に今ある、止めたい、に近い、冷たくはない、十代の壁から、困惑を、同級生たちと一緒で、猿にも今だけは持てている、おとなになりそこねる指で、拭った。
そして、これにようやくひびが走る。
〈花畑へ〉
むろん警護対象が澄むところから逃げていく魚は綺麗。
今となっては、たべてみたい火傷ばかり。
小さいくしゃみの連続。
そうしながらも、たった一人のことを繰返し考えていた、飽きることなく考える。
もっと、と警護対象の少年は待ち続けながら、思う。
もっと苦々しくても、ちゃんと出会えてたんだったらよかったのに、と。
ある夜、ある窓を割って侵入したらそこに、おまえがいるんだ。
ほんとそんなんがよかったな。
〈エピローグ〉
いまこの街では最後の花屋の息子が唯一目を覚ましている人物で、これからどうしていくべきか彼は考えている、手に持った箒の柄の部分に額を当てている、立ったまま眠ろうとしている人のように。冷たい床、弱々しい外光。
制服の上にエプロンという格好の花屋の息子だが、身じろぎひとつせず、同じ場所に立ったままで、いまは目を閉じている。




