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きみが探偵だった頃






  0




 ある種の少年の冷気が六割を占めるそんなテニスコートでの深夜まで及ぶ名付けがあるね。

 少年の迷走を眺めていることそれはなんの益もないことだけど空気の悪い部屋よりはテニスに近いことだと見物人たちも今晩、再度確認していた。あんまり揺れない金網フェンスのせいにしちゃいけないんだろう。ほら、こちら側にいれば、見ているだけになる、しばしば手だけの存在としてある。



 今晩の少年の思い入れている相手は、彼の幼なじみででも一体何年前のものなか、贈り物と思われる小箱の周りをうろつく少年がコートにいた。

 少年は走り回っていた。



 贈り物に近付くのが贈り物になるんだろうか、外から見ても巨大すぎるリボンだだが少年の目付きには多くの犠牲を支払った後のあらゆる贈り物を用意している者の、切実な色。

 どうしても黄色に愛されたい、そんな少年だった。



 少年の不安を、プレイヤーの少女たちは打ち上げる。

 少年の不安を、プレイヤーの少女たちはボレーする。

 少年はコートのなかで、そうしてぐるぐる回る。



 とうとう膝をつく寸前の少年、それはただひたすらに可愛いだけの存在だと全員が思う。

 少女たちの多くは少年の冷気を嫌う、これはゲームじゃない、思い出すためだけに始まるゲームをしたがる娘はあまりいない。奥を見る理由の生じる晩は、今夜ではなさそう、テニスコートの外に理由があるはずはなかった。

 でも、学校にいると多くは変わってしまう。

 それにそもそも一回眠ってしまえば、こういう夜を上手く思い出せなくなってしまう。







  1




 きみが探偵だった頃の靴下の生存率の低さが校内では問題視されていた。たくさんの大人たちから嘆かわしいといわれたよね、屋根の上に登っておりてこなくなり結局ずっとそういえばそれきりだなという生徒もいるし、あの頃、ぼくらの全て自由に伸び縮みしてたっけ、どこに行くにしても騒々しく飛び出していったこと、きみが探偵だった頃。

 校内で儚いことで命を落とした二十八人、全員が優等生だった、実に簡単に優等生たちは自ら死にに行ってたな、きみがいた頃、きみが探偵だった頃。忍び込む春だった、夏は夏くて、副作用のない秋ぬすみ読めない冬、きみが探偵だった頃、ぼくらが何でも着たこと。

 あの頃には、どの机もしっかりと意識があり壊れなかった、それにごわごわのカーテンのこと。そうだよ、あのカーテンたち。あの頃、どこのカーテンもみんな手強いものだった。正直にいって今でもぼくらカーテンを恐ろしいと感じるんだ。

 全てきみのせいだよ。

 そして今でも、きみのせいで起こっていることがいくつかある。







  2




 うちの子を悪くいうようならこちらだって考えがありますよああ私の息子私の宝物私の全て私が目を離したから私わたしが家から出してしまったからああうちの娘がまさかそんなことあり得ないわ何か何か何かきっと間違いそう間違いそうよそうよ調べ直せうちの次男坊がしてください探してうちの子がやったというきちんとした証拠品を葬ってここへ持ってきてください葬って葬って大切な私のわたししりませんそんな子知らないわうちの子じゃないですっていってんのそんなふうにだって知らないわ私の人生わたし私の私のもう我もうぐちゃぐちゃこん畜生娘にしやがり娘って助けありがとうねありがとう。







  3




 あの頃のきみはまるで少年たちの虫歯を飛び石がわりにして移動することができるみたいな、ぼくらから見たらそんな感じだった。



 きみはもういない、ある日いきなり消えた、もう町をでていった。



 痛いくらいに分かってるのにぼくたちはやっぱりここに一人また一人集まってきてる日がよくあるんだ、ここはもう、きみに忘れられた場所でそしてここは、だからつまり、忘れるためだけにあったような場所ってことなんだろうか?

 きみを知ったぼくたちは同時にぼくたちを知ったのに、きみの見方を、今でもまだ有効活用しているのに。

 痛む胸でじぶんたちであることをぼくらは思い知らされる。

 きみが探偵だった頃をおもう時、多かれ少なかれ扉をノックする音にかんしおのおのが考えを持っているんだということを思い出すよ。



 あっという間に容疑者をピックアップし、きみは連中にプレッシャーを与える。一晩でもう真犯人とじぶんとの間にある距離を縮めていったきみ。







  4




 関係者全員、夜の公園にいた。



「彼の日記帳に触れるには、まず彼の弟の日記帳のほうを前もって押さえておく必要があった。

 彼の日記帳に触れるには、彼の弟の日記帳を、口にくわえ、そして彼の日記帳に向かって歩いていき、そのまま通り過ぎる、一旦は。そしてしばらくしてから戻ってそこで倒立。日記帳を口にくわえておくというのは、この時のためだ。



 とっくの昔に夜行性です、そして今わたしの顔の真ん前にあるのは彼のあの日記帳。

 今、やっと。



 引き止める妹たちの手を千切ってここまで来た、制服姿のまま来た、半透明の蝶々を手離さないポーズを幾度も練習した。わたしはこだわってて、見てもいいって思ってて、ましな点滅で、学んだミリ単位で、今晩。

 それから、落とす。

 夜泣きじじいがないている夜。


 

 いつの時点でかは思い出せなくなっていたのだが、すでに彼の日記よりも先に、本人のことは、破壊をしていた、本来の目的がなんだったのかはともかく、ようやくここまで来たんだ、わたし、だから彼の日記帳を、あのことをやった右側で、右でやった、今ようやく、わたし、涙、彼の日記帳を、わたし、涙、もうこれで全部落としてしまった、もうこれは彼は、わたしのもの、これはわたしのだ」







  5




 関係者全員、家庭科室にいた。



「味方の傘を売るやり方なら、それだけならよく知っている。味方の傘を、広げないことだ。見ないことだ。ろくすっぽそれを見ずに手に持ったまま、遠くへ歩き去っていくことだ。



 そしてもう、何もかもが、じぶんの足が手が舌がやっていることにじぶん自身でも不思議な気持ちになっていてもいい、もちろん焦らなくていい、そのことをやり終えてしまい、あれは何者か、これは何なのか、じぶんは一体何のためにこれをやったのか。

 何も見ないようにすることだ。



 見るまい、考えるまいとし、無造作に手櫛で前髪を下ろす、背中を丸めてうつむいて歩く、そこまでやってもまだ見えてくるものがあるかもしれない。だからむしろ売値だけを見るようにしていることだ。

 その味を、その熱さを決して信じることはできない、彼と過ごした時間の偉大さに今からもう耐えられないと感じてる。全てちゃんとじぶんに説明することができる。



 何も見ないことだ。

 じぶんの口はガムテープで塞がれているんだって、そう思い込むことだ。

 味方の傘を叩き売るようなやり方を、それをとっくに、いつかどこかでオレは覚えてきてしまってたんだ。こんなんで、オレが置き去りにされるはずはないと考えるほうがおかしい。だから今のうちなんだ、ともかくやるんだ、彼の一部でもいい、オレがそれを奪うということを。ひとつの喪失になれれば、それは嬉しいことだ、と確かにオレは思ってしまったから。

 だって、きっとそれぐらいのもんだろう、それぐらいさ、オレみたいのがここから去っていく時にもって行ける気持ちなんて」







  6




 関係者全員、バルコニーにいた。



「分かっているつもりだ、この産婦人科で産まれた惨めは歩行を続ける。分かっているつもりだ、ここでは産婦人科で産まれた惨めを見ることにすら使用料が発生している、という、このことを見なくては。

 分かっているつもりだ、消えたくないのは。

 分かっているつもり、ある産婦人科で産まれた惨めが産婦人科でうまれた清廉に擦り付けることに行くことをあり得ることだとしよう、この産婦人科で産まれた惨めは見上げるから、思い出させないで思い出させないで思い出させないようにするから、と必死。とにかく必死で、内緒で彼は、必死をやっていたのだ。

 私だって、分かる、なんていいたくない」







  7




 憶えてる。初期の頃、ぼくらは首を突っ込みたがったこと。それ以上のこともやった。最後はやっぱり、君がいたから問題にはならなかった。そこが難点でもあった。

 確かに、誰も困らなかった。きみが探偵だったから、誰も困らなかった。きみがきみだったせいで、誰も困らなかった。

 実際、ドアを壊したいだけみたいなぼくらだった。

 きみといると、うつむかずにいる時間は単純に増える。

 単純に、むせる。

 それでもそれでも凍りつくことなく電車の時間調べた。



 実際、いなくなろうとする前に優等生たちが、かつてぼくらにいったこともある。

 ぼくらにこなせる役割はない、事件解決を遅らせてしまう、つまらない障害を生む。



 あるいは、見なくていい検索履歴をぼくらは見た。



「恋のお」

「恋のまじない」

「恋の呪文 実践者」

「恋の呪文 本気」

「恋のまじない 歌詞」

「恋のまじない 中学生」

「恋のおまじない 中学生」

「恋のおまじない 十代」





 思い出せない人を相手するのも、ぼくらは下手糞だった。



「凶器は? 給食袋でしたか、あの学年の時の」

「ノー」

「指揮者のふりをした時の、あの何か、あれ?」

「ノー、ノー」





 せいぜい、掃除用具入れに身を隠し犯人のクレイジーな呟きを聞くといったことだ。



「ブレーキ壊れろブレーキ壊れろブレーキこれこの壊れブレーキブレーキブレーキぶっ壊れろれブレー壊れろよてこ壊っブぶ、壊れろ、壊れろ、壊れろ」







  8




 関係者全員、音楽室にいた。



「私はだいたいいつも、その、どこかには刺さるしかない針のことを考えている。針のことが頭の片隅にあって、離れてはくれない。じぶんが針をどうすることもできないのを私は知っている。前から針が、なのに、じぶん自身のことわやどうやっても位置を変えれないってもう私は知っている。来れば、もう私のままではいられないだろう、その時に泣き叫ぶしかない手がないとしたらと思うとぞっとするの。ママ、ママとしかいえない私だったなら、と思うと。そうならないために今の私たちがあった。それは空想の針ではない。私の知るその針はほんとうに来る針のことだ。



 いつの日かここに針が、それは本当にどこまでも針で、意味深長な、けっしてそれほど目立つというわけではない針だが、決定的なものには違いなく、来たらもう終わらざる得ない針、人目を引くほど輝きを持つこともない、メリーゴーランドを好む女性ではない、子どもの自分と手をつなぐより、今近くにいる、まだ欠点のそれほど多くはみえていない男の子のことのほうを、断然優先するしか、手がない。そんな横顔。彼がそれを望むと、私は笑みを浮かべてくるくる回ることにだってなる、そんな横顔。風船が割れる音を他人は聞かせようとする、いつだってそう、こういうことは初めてではないはずだ、じぶんが初めてではない、その考えはいつしかお薬になってきていた、じぶん自身に語りかけるようになってくる、針に対して腹を立てるのではなく、むしろじぶん自身に対してのほうに、彼女は怒りの感情を持つようになってきた、そんな。

 大人しい女の子たち、持てる限り持った、だが針は来ていた。付き合う男の子いつも包帯ばかり巻いているよね、そう誰かがいった。けれども、怖れたいくつかのものは、小さなものでしかない。本当に怖かったのはけっして一瞬間でも意識から追いやることのできなかったものは、たった一つだ。



 幼なじみ。彼の前で、今のところは刺されるのなら本望だ。

 私のその時のいい方は、一緒。いつか教えておかなくてはいけなかった、でも、誰に? 私以外の誰が?」







  9







 関係者全員、高校の裏山にいた。



「さよならがいいたい時には、私はボート乗り場に行く。ひとりで行く。

 どうしてもひとりで、ボートに乗る必要がある時がある。私はもう高校生だ、半日を妄想するだけで消してしまう類いの高校生。



 この足でボート乗り場まで行くだとか、外に出て遠くまでいくための切符を買うことだとか、そういうことをするのは、行動としてはおそらくだけど正しく弱い。



 さよならがいいたい時、誰にも、強いも弱いもなくなり、そういうことをするのは、誰かに見てもらう必要だってきっとない。それにつけても、さよならを乗せてボートを沈んだことが一度としてない。これはいったいどういうわけだろう。だっておかしい、さよならを乗せてボートが、さよならを乗せて体は濡れることもないままでいれるなんて。



 その時あるのは、嘘みたいな朝日と、始まりの言葉をわざと見間違えたりもしたこれまでの日々だ。そうやって。私は。ほら。また。ごまかし続けてる。



 広い空と、たっぷりとした水と、そろそろと私を運ぶボート。

 それは、静かな森の中でのこと。私に必要なのは午前のやわらかい青空、か? あとそれにたっぷりとした水、でも本当に? 



 だいたいいつもこの目に映すことは、要った。千切られた約束みたいに思える白い雲も、要った。そして静けさの中で一人でいることは、要る。私が目の敵にするのはれいのあのあべこべ日記帳だし。残念ながらボート乗り場まで来て引き返してそのまま修復しようとしたことは一度や二度じゃないんである。

 それが結果的によかったこともあったけれど、とてもひどい、前にもましてひどい状況を呼んでしまったこともあった。



 小さなさよなら、大きなさよなら。

 自分をくすぐって笑わせてやるとか、そんなことは出来ない。優等生好きなのは何も大人の世界のほうだけというわけではないの。



 ボート乗り場での私はとにもかくにもいいたい。さよならを本当にいいたい私は、私のままで、いおうとするの」







  10




 関係者全員、体育倉庫にいた。



「その彼は素足でコンビニに行きたいそして庇の下まで来たら傘は畳んで傘立てに入れ次にポケットからハンカチを取りだしシャツをまくりあげお腹のところでインしていたサンダルに、頬擦りをすると、それをそっと足元へ置き濡れた片方の足を軽く拭き濡れてないサンダルを履かせ次に濡れた左足も軽く拭き濡れてないサンダルを履く。そんな先輩、無事、入店。そんな先輩を一人、確かに欲しかったという気もしなくはない。こういうような先輩が、ずっと欲しかった気がしなくもない。でも、そうじゃない先輩のほうが、もっと、もっともっと僕にはいたから。見すぎたから、だから僕は、はい、僕がやったんです」







  11




 関係者全員、屋上前の階段にいた。



「これが、ボクの、真の恐ろしさなのでってもう、そう口に出していってしまいたくなった、ボクだってさけびそう、実際問題、そういう標識の下にいる。歩みを止めた、標識がそうだったから、意志の問題ではない、通過してしまってから気づく可能性はない。

 よろしいでしょうか、これがボクだ。

 ねぇお願いだ、どうかどうか口ごもることなく、率直にいい表してほしいと思うよ。こっち見てこれがボクの真の恐ろしさ。

 ここが、ここだけ、そういうことにしたいのです。

 ここにだけ、これからは頬♪※◎▲▼s△♭て欲しいのですそうして欲しかったのです随分前からここにだけ、それだけを。そうして欲しかった。やっぱり打ち解けたかった、目指して欲しかったんだボクの××××を」







  12




「わたしたちは色々な目を殺す。」



「オレらは夜道を怖れない側にまわる。待ち伏せ、そして八月を刺し殺してしまう。誤って。すぎたことだ、と意見が一致し、即座に立ち去った。」



「どれもこれもわたしたちの勝利の日の出。あらゆる窓をこっそりとじぶんたちのものにした。」



 檸檬と沈没船にできることってなんなんだ、と探偵だった頃のきみに犯人のほうが訊ねたことがあったっけ。あれはどういった意味合いだったんだ?



「わたしたちの中には裏切り者がいたのね、ロミオとジュリエットがいやがったのね。可哀想なロミオアンドジュリエット。」



「可哀想にしてあげたかっただけ、これはね、そんだけのことなんだって」



 よく、室内履きにノートの切れ端があって、ぼくらが恐る恐る開くと脅迫文みたいな文章。

 そうさ、みんな詩や歌を作っていたんだ、きみが探偵だった頃には。



 ほほを道連れに、削りとりたかったここの話をみんなしてた。







  13




 顔を上げたきみ、するとある生徒は胸を押さえ膝をついた。

 そのままその男子生徒は死んだ。



 別の生徒の死因、きみが歌っているのを見たから。

 向いの校舎の教室で窓からぼんやりと歌のテストの時のきみの背中を見つめていて、そのままそこで静かに女子生徒は息をひきとった。



 どれもこれも懐かしく感じられるのがいやになるよ、どの優等生たちの死も、理想の行き方だったからね。

 きみが中庭を歩く。

 三人が即死。

 きみが食べる。

 二人が即死。

 きみがきみで即死が二十一人。



 きみが手をヒラヒラ振って。きみが笑って。きみがハンカチを差し出して。きみがあくびをして。きみの短歌で。きみの過去篇で。きみの指の先で。

 きみの長期休み明けの鋭角的な感じ。

 きみの首の傾げ方、どこででも眠ってしまうきみのあの時の姿、あのモグモグのせいで。

 きみの振り返るタイミングとかきみの下唇のせいで。

 きみのせいで、一体何十人死んだんだろうな?

 たくさんの優等生たちの死が降り積もる校舎の中は歩きづらかった。



 きみが探偵だった頃、どんな窓も曇り一つなく磨かれていたけど、よく割れてもいた。女子たちはよく、ガラスの破片が目に入ったといって君を詰った。

 それって歓喜だろ、意味が分からないよ、女子たちはよく君を詰った。人造人間か、死人でもなけりゃ、探偵なんつう危ないことやっちゃ駄目なんだよって、それがあいつらが小学生の頃からずっと繰返しいっていたこと。

 まな板の上ウエディングドレス試着することブームででも消極的なドレスより大分ましぼくらの母親はまさにそうだったからという思いで包まれたぼくらのサンダル。

 分かってた実はきみだって不可能を隠し持ってた。きみがツタヤへ行くセンスがないこと、それをぼくら、焚き火にしたっけ。

多分だけど非常用出口とぶつかってばかりの花嫁さんあれはそんな花壇なんだよ、ぼくらはうんざりしていて、ダイイングメッセージは知らなかった、だから踏んだ、するとある日きみが現れ、きみがあの大雪の日に事件を解決に導いてからが始まり。ある男の絶叫を聞きながら育った姉妹。信じた瞬間落ちるからこその皿。離乳食がありそうなあの部屋も、いうことをきかない傘ばかりが集まって何かを企んでいるようだったあの部屋も。きみが探偵として登場してそれから大多数の生徒が何も決められなくなってしまった、といったら大袈裟だけど、必要以上に臆病になっていったんだ。

 きみがいたよ、きみはいた、どこまでもあの頃のままでいたがる、あの気持ちを取り戻したい、ぼくたちが信じたぼくたちがいない。





 本棚を足蹴にして、雪崩れがあってから、本の山の上、バランスをとりながら天井をあっという間にきみは壊したよね。

 呆気にとられてぼくら、きみが消えた天井の穴、上の階にとっては床に一夜にして空いた穴であるわけだけど、ぼくらにはびくびくもので、しかし見上げ続けた。



 ルートは常にいくつもある、ときみが美しく示してくれた。





 今でも、そういったことをぼくらは話し合う。つぶグミを口に運びつつ、車座で、皆が皆、不感症だったのなら、と。







  14




 関係者ゼロ、体育館にいたのは人影。



「切り取り線に従いでも道具は使わず、指で破れば、友達の形が変わる」







  15




 実際、きみに不利になることをみんなしてやっていた。僕たちは出ていかなかったし、どうしたらなんて見当もつかず、だからすぐに考えもしなくなった。

 白と黒しか住めない部屋に住めない。

 そして今晩も、悲しい色へ夜へ、間違いなく。

 少し寒い部屋ではじぶんらしい言葉のさらなる温度調整を試し、狭い部屋では手を濁し、オレンジに染まる部屋ではデコボコの笑み、逆さまになった部屋で全力で落とし、証拠がみつからない部屋では変な羽根がはえ、染み一つない部屋では嗅ぎに嗅いでやった。

 誰かがいったとおり、むかしむかしの約束が近寄れない美術館にいたら開封後の人に見られない。

 この無意味の千本ノック。握らせないで、握らせないで、握らせないで。

 あの女子の行方不明があった数十時間のあいだにきみが名付け親を殺してしまったことだって、そうなんだろう。



 世界的に有名な探検家の父親をきみは持たないのかもしれない、関係ないよ。期待からくる夢想も、大人の迷宮入りとか、ミリオンリーズンズとかも、とにかく全てから遠いどこかまで向かおうとするきみが乗ったバスが夜を行く。その光景をまるで目にしたかのように、今は目にうかべられるよ。矛盾してはいない。



 そうなんだろう、素直に焼き払ってしまえない、そんなぼくらだからこそきみは信用してくれるようになった。







「なん階か知らないが悪い階に住んでる娘の本音は良く聴いて」



 実に簡単にヒビが入ってくるのだという説明は受けた。素晴らしく真面目な女子たちで、連中は落ち着きを失いすぎて落ち着いている僕らにいった、私たちは私たちでなくなる、色んなことが私たちのものでなく、でも多分違う、元からそうじゃなかった。そうしたくもなかった。

 男の子というだけで壊れてない部分は大分あって、そしてじぶんから壊しにいこうとする。

 そしてまた行ってしまう。そして直線かも。純粋は置いて。直撃しないもんは多いわ、救急箱から抜け出してきてしまった過去たち、あんたたち男子のいう、体温にすがり付こうとしているんだね。私たちだって散々いわれた、板橋しゅうほうにだっていわれたもの、目の前にあるような郵便ポストっぽい唇、体に良くない一人きり、目のための眼、頭の中の芽、階段もたまになら性善説。

 お願いして、春巻を愛さないひと見つけ出せる。

 すぐそこの敵の敵。

 有害な私たちが、飛散しないよ。



 それからもまだ優しくなれるのを示すべく、女子たちはぼくらの席に近寄りいった、心に決めたこと見えるように朝一番に本当に見えるように胸に刺して留めておくね、こぼれ落ちるためだけにその涙のようなものも涙に属している。





 不可抗力だと、誰かがいわなけりゃならない。余計な果実って結論でもいいんだよ、その場はひとまず解散ってことにできる。

無視された日々は乾き、綻びすらお目にかかることもなくなる。隈無く探すけど、ちょうどすべてを失ったところの独楽にしか出くわさない。



 するとまた女子の一つがひょこっとぼくらの前に転がした。

「弱いからついうっかり花に近寄るの、こちらには近づいたりはしないものへと近寄るあたし」





 きみ自身がきみのことを、きっと二度も三度も止めてたんだと思いたいよ、そしてきみの同類たちでさえ止めたはずだ、きみにとっては声たちだ、そして声たちは声たちでしかない。一番大きな声ですらなかったんだろう。行ってしまったことがその証だ。でもたぶん、声たちでしかなかったけど、分かっている上で止めてるっていうのをきみも分かっていただろう、きみはじぶんのやっていることが間違いだと、認めてすらいたかもしれない。それで弾みってやつがついちゃったのかも。

 ぼくらのテーブルに載っかったダメージは響く。

 きみのためなら最善をつくした。きみを縛るルールを壊したきみの動きやすいよう色んなものを調達した、きみの盾にもなった。

 だけど、そうだ、ほんとうはきみは、全ぶ一人でやりたがった。なぜってきみにはきみしかいない、きみという人はまったく常にオリジナルであり続けてたんだし、ぼくらはやっぱり足を引っ張る、夜目が利かない臆病者であり続けたぼくらが、事実、いる。

 距離は意味をなさない。

 どうかまだ、些細な標識からぼくらを遠ざけてて、きみが。



 きみが探偵だった頃、この世界のあるもので一番美しいものが何だったのか、ぼくらは思い出すことができない。






  16




 あれがきみとぼくらの最後の事件になるんだ。



「うちのクラスにいる男子のほうの三月。本物じゃなかった」



 こういう意見を述べたのは、きみの小学校時代からの友人の同級生女子のほうだった。

 彼らは二人で揃って依頼に来ていた。



「偽物の彼はじぶんが偽物の三月だということ、さらに、ここにいる理由をすごくちゃんと、誰にでも分かる明確な語り方でもって、同学年の者たち全員の前に出て、表明すべき」



 三人が話すのを隅で聞いていたぶんにはその依頼内容が、というより、依頼人のほうが厄介っていう案件にぼくらには感じられた。



 きみの友人である男子は分かりやすくフォロー役だった。



「おれらは半年間、ずっと同じクラスにいて、顔を合わせて、同じものを見てきた。けど皆が知っている、あの三月ってのは、本当のことをいいはしない、とか、結局もうそういうことだろ」



 するとその蒼白女子は大げさに首を振ったんだ。



「二学期が始まるまでは。一か月が経過した辺りから、以前に増して、偽物の三月は女子から質問攻めに遭っている。

 女の子という生き方は、どうしてだかいつも涙の味を知らないままでは終われない、とでもいったところがある。あくまで、私個人の見解では。ここで私は私の抱えている問題を並べ立てるつもりもにおわせるつもりもない、たまたま同じ教室にいる一人の視点から三月の偽物の話を続けるつもり。

 ただ、強調しておきたいんだけど、この三月は偽る、ということ。

 彼は偽るし、その偽りが通っている、ということ。

 私が不可解なのは、そこな気がする。どうしてあの子たちは受け入れているの、疑いもなく?」





 同級生達からは七日、と呼ばれている三月である。

 三月の下の名前が、七日なのだった。

 クラス内ばかりでなく学年の中でも、希少な存在だということができた。偽物は、あまり愛想のあるほうではないのにどの女子生徒からも話しかけやすい男子、と見られている。



 中背で、しかし黒学ランに包まれた身体は頑丈なバレー部員の身体だ。

 三月はあまりまばたきをしない。好きな曲といってたのはシーアのハンガーゲームに使われてた何とかいうやつとかタシカのLEOとか秦基博のアイとか、あとそれにゼッドとか何かその周辺のやつだ。つまり、三月はまあまあ普通の、等身大の男の子らしく見えることがある、といえる。

 二年生の間でも、うちの三月が本物の三月ではなくて三月の偽物である、ということを、確信とまで行かなくても感じとっていて、探るような目を向けているものはいた。



 そう、少なからずいるはいるわけだ。

 でもそういった者同士で集まって話し合うといったこともなくここまで来てしまった。

 今学期ももう残り少ないところまできていた。



 この三月とお近づきになりたがる二年生の中で、三月の偽物はなぜ三月という少年を演じるのだろう、という疑念を持って接している生徒がいるのかどうなのか、そこが最初のうち、依頼人の女子が気にしだしたポイントだった。

 三月の偽物。



 あれ、とすぐに女子は思うようになった。

 偽物ってことは。じゃあ本物の三月は、今、あれ?



 むしろ、殆んどの生徒がそういうふうに見ようとしている、とは彼女には信じられない。大事なことをみんな忘れてしまっている、と考えた。偽物の三月のことを、じぶん達の三月はこいつなんだからと、そう捉えようと決めているのだと。そんなのは間違いだ。



 でも、三月の偽物は三月を演じ続ける気はあるんだ。

 ぼくらが思ったのは、それだ。どうせ本物の三月が来たら、みんな気がつくはず。いくらじぶんたちが子供でも三月を見間違えるわけはないんだから。



 三月七日までは。

 彼は結局、それまでの命なのだ。







 全ての同級生の夜の音を集めている最中だったきみに最初に話しかけたのは、彼だ。



「とっくにおれのことを知ってた」

「お前が涙を流せない時の音は、よく聞いてたし」



 ぼくらの疑問に、きみと彼は穏やかな表情だ。

 あ日ぼくらは初めての気持ちを持った。







 依頼を持ち込んだ二人とはきみはいつになく密に連絡を取り合う。あまり関係ないことがらまで。本当に何から何まで。

 ぼくらにとってきみは敵なしに見えていた。

 二月が終わろとしていても、だからぼくらはまだ、どっちでもいい、と思っていた。何しろ三月は来なきゃならない。有利なのはこちらだと。

 きみの一重とはぐれる日までのカウントダウンなんか、ぼくらは誰一人できずにいた。

 そういうことを始めてたなら、もったくさんと気づけていたかな?







 テレビドラマのある回。あるところに女が一人いて、彼女の周囲には三人の消防士志望の男の子がいる。

 内一人は、彼女の兄だか弟だかだった。

 その、兄だか弟だかは、彼女が気がついた時にはそうなっていたのだが、もう誰にも救われない場所に行ってしまってる。

 燃え盛る選択肢を映すための、誰かの目。



 あの頃、ぼくらは度々テレビの電源を切らないといけなかった。







 常に、厄介なのは事件そのものではなく、むしろ外野であることのほうが多かった。

 でもそんなのこれまでは、の話で、油断が生じてしまっていた。ノイズもあった。



 今回の場合、きみが話を聞いてくれたことで依頼者が大胆不敵になる、最悪の意味で事件関係者として存在感を持つパターンだった。

 正面から歩いてくる三月と、何を話せばいいか分からず廊下で立ち止まることができているじぶんに戸惑いを見せる彼女。彼女が思い描いていた三月。彼女が無視できない三月。理想的な三月はない、でも、もう彼女は三月の中にいる。

 三月のばらまいた嘘にすがって、目を潤ませる女子たち。



 数人が、廊下で三月に話しかけるその時の依頼者の様子を見ている。

 だけど、三月に真剣な面持ちで話をしようとする女子の様子なんて珍しくもない光景だった。





 その日、うちに帰ると、彼女はいったそうだ。



「悪循環、それは愛せるのも可能ってこと?」



 時計の針ばかり見る娘がすこし奇妙でしたが、とお母さんはぼくらに向かっていった。



 そのお母さんよりも早く、きみの友達がまずまずい事態になっている気配に気づき、きみに連絡し、きみから連絡を受けぼくらは女子を探しに町に飛び出して、そしてその時点でもう彼女は手遅れだったんだろう。



 その時点でもう、剥かれた肩の上踊るスパイの指。







  17





 ぼくらが目にするもの、ぼくらが信じるもの。

 分かってはいるんだよ、ぼくらは起こったことを本当に見るべきだ。

 でもきみだけを見たかったぼくらだったから。



 相応ではないページを、ずっと見てた、きみと同じページを好きになる筈だった。これからだってずっと見てたかった。



 だからだ。

 ますます、あんなことじゃない、全然違う、あんな終わり方じゃなくて、という思いがいつまでもいつまでもぼくらから、今でも消えない。なぜって、そう、常にぼくらが見たかったのはきみ、いつも通りのきみだったからだ。

 いつかの日の、あの無事に帰ってきた時の顔だ。いつかの日の、あの時の廊下の薄暗さだ。あの窓、あの薄く白かった雲だ。あの空気、あの静けさだ。いつかの日の、あの時の緊張から解き放たれた、あの後ろめたさ。あのルールだ、あの無言でしかないのだと思う、頭の中を渦巻く言葉たちは居心地悪くさせるだけだから、結局はあの吐息でしかない、上履きのあの差し色でしかない。

 あちら側と、こちら側。







 回るティーカップ。

 そこにずっと彼女は収まったまま、じぶんというものが陽射しにガリガリと削られていく音を聞いていた。



 事件の最後にぼくらが目にしたのはそんな、どうでもいい女子の憔悴。







  18




 ぼくらは経験ずみだったはずに。

 偽物とは、切実さも混ぜ合わせてくる。そう単純なやり方は通用しない。



 きみは彼のその拍手をぱっと取り上げ、剥くと、子守唄だった。

 たちまちのうちに、ぼくらは汚い床に倒れた。



「かなり、よろけ損だと思うんですけど」



 きみはいつもぼくらの意見を鼻でわらったけど、あの時のは少し違ったよね。

 最後だったからだ、と考えないでいるほうがおかしい。

 でも厭だ。







  19




 僕らが帽子を選ぶための時間も少し削りとってくれていい。あらゆる膝をしまっていい。隠れがに枕はいらない、どうせ眠らない。



 覚えている。これらすべて、全部載せられる。

 三月の、偽物。

 ベルセルクごしに、タウンページ越しに、昔々あるところにおじいさんが住んでいました越しに、もつれる声、ぼくらの声だ、駆け寄っていくだけのそれは、手ぶらじゃいけない、旋風に怯み、怯えもした腕では、意味深な暗闇に手を振り、近づくようなことでは、それはない。



 三月の、笑い声。

 仮面のようなあの豪華愛蔵版みたいな笑い顔をずっと貼り付けたままで彼は来る。一番来てほしい説明は来ない。



 連中は、逆に泥がついていて良かった土曜日の地球儀のように温和だった。







 そうやって、きみはこの町から突然に姿を消した。

 三月の偽物も学校に来なくなった。

 溶け残ったことを、プリズンブレイクと呼んでよさそう。卒業式で呪われた動きを見せた上級生とか、線路だけ残しておいてくれと誰かが叫ぶとか、線路は残すからと誰かも叫び返していただとか。

 とっくの昔に壊れていたぼくらだけれど、また全部どうでもよく感じられるようになったことは、駄目だろうな。やっぱり駄目だよ。







 ぼくらの中でも、未だに数人しかいない。きみからの合図だ、という意見。願望でしかない、という意見もやっぱりある。



 あの鏡の館での突然の暗闇の襲撃で、マジックテープのバリバリいう音が響いた気がするんだと。

 最後にぼくらが聞いたのはそんな、きみの声ですらなく、きみがそれを発した保証すらない遠い音。



 でもそれはきみがぼくらに教えた合図でもある、きみがぼくらに出すきみが直接ぼくらに向かっていいというまでは善いことが起きようともそれをそのまま信じないようにすること、また悪いこともけしてそのまま信じないようにすること、あの時のあれはそういう意味のある合図だ。







  20




 もしものぼくらを見るよ、つまずかないようにといわれたことがあれ以来ない。

 いつもたったひとつのことだけ、追いかけているのはきみの薄い身体を包んでいる制服の切れ端だけ。















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