距離
かつてないほど距離を感じる、その距離とは見えないもののことだ、落とせば割れるものでもあった、彼の知るかぎりでは距離とはかつて気安く食べられるものでもあった、許されていた風の吹く午後の勝手のように。けれど今距離を知るのにとても勇気が要る、彼は距離を感じる、彼は受け取る、かつてないほどの距離として。
それ自体が勝手に伸びたり縮んだりはしないで、消えたりはしない、その距離とは見えないもののことだ、挟み撃ちにしたい体育会系を彼はついでに置くべきかもしれないと考える、さぞじぶんたちのことがよく見えることだろう、そうしたい人が月の話をする。
距離とは距離を喰うものでもある、脱いでも脱いでもそこに距離はあり続けていて距離をもし不思議にも思えないことがあるにせよ、いつかは不思議になるかもしれない、今の彼のように地下鉄で、つまり痛む胸で、分かったふりをして。
見ると勝手に、それじたい勝手に動きやしない距離、距離とは、本来見つめなくてはいけないもののことだ、距離は口実だったりはしない、距離はときに笑えもした、摘み取る日が来るのだけは明白だ、盗まれはしない、でも簡単に冷えて、いつかそれは冷える、温度計に助けられている彼の毎日。
瞬きはいらない、彼が思ったいらない瞬きだ、誰かが思ったいらない瞬きだ、いらない瞬き。やがて、たんに年若のからだが離す、離れれば離れるほど、ちかづく行為を、人びとの姿を、奇妙に気の毒に思ったりもした以前の彼が現在の彼を苦しめている、彼はじぶんの二つの手で顔を覆っていた。
ヘリコプターが恋人たちの頭上をあっというまに過ぎどこかまで向かっていった。明るさと暗さの暮らすところでいい合って距離は生まれた、どう世話したらいいのか分からないサボテンに話しかけているうちに、どう世話していいものかなんて考えもしなくなれば、また距離が距離を睨んだ。
この隔たりは、彼の全てを冷やしていきはしないようだ、ただ距離は距離を食べ散らかす、そしてある日地下鉄のホームで何の気なしに見てみれば、ぞっとすることになる、簡単に埋められるはずだと彼が考えるその距離。行きたくもない海までの距離みたいに、心のどこかで見ないようにしていた。
今日、互いに面識はない赤の他人であるはずの二名の男性が彼に、同タイトルの、彼らが考える、彼のみるべきその映画というものを教えてくれた。
俺のみるべき映画、と彼は思った。
絶賛上映中、と誰もいっていないことを彼は思った。それを、差し当たり距離と呼ぼうとは思わない、なぜか急に彼は、彼の頭が思い出そうとするものに困惑していたい、目を閉じ地下鉄のあたたかさに素直に包まれている。何を思い出すのも自由という気分にはなれず、時間の浪費とは思いながらも、身じろぎせずにいる。
今、彼は思っている。
しんだ電話ボックスにしがみついている、あのなぞなぞ達のことを、彼は思う。




