人工呼吸
彼は、彼だけはわたしの事を助けてくれる。いつでも、何をしててもどこにいても、何度だって彼は、手を貸してくれる。
わたしが映画の代金をむだにしないよう、わたしの指さした作品はどれも観る前に内容を全ぶ教えてくれた。
わたしが目の下に隈をつくらないよう、わたしが、生まれたままのわたしとなって部屋に入ると毛布を巻き付けておやすみといって、じぶんから静かに部屋を出ていってくれた。
ちょっとユーモアに欠けてるわたし。髪も長すぎるし黒すぎるのだと彼は指摘し、この世界にはハサミというものがあるのだと、手早く教えてくれた。
その所要時間なんと、三十秒。
そんなに素早く髪を切ってわたしのストレスを軽減させたいと考えてくれるのなんて彼だけ鏡なんかはわたしには必要ないおれがずっと側にいるからと彼はそういってくれた、そう目で語ってくれるの、いとしいひと。
例え何をいっても、叫んでも、涙で顔をグショグショにしていても、優しくわたしの頭を撫でてくれた彼。
気がつくと、まるで手刃を首に受けたかのように、わたしは意識を失っていて首を押さえながら見回せばもう朝。
わたしは彼と出逢い、苦しい長い夜がどんなだったか、もう忘れた。
彼は、外に出たくないわたしを引き摺ってでもわるいベッドから救出してくれる。連れ出してくれる。
眩しいほどのその健やかな心。
わたしいつの時点からか守りたいってそう思うようになりました。
隠れていてほしい、彼が心の底からそう思っていることがわたしには伝わってくる。
あの表情、あの声の震え。思い出しわたしは、うっとりと立ったまま、待つ。
とても気分がよかった。クローゼットに押し込まれ、わたしは彼から、どうでもいいそのお客さんたちが帰っていくまでの二時間、絶対にここから出てこないでといわれた。
とてもいい気分。
つまり彼にとってそれほどまでにわたしは大切な存在だった、傷一つでもつけたらと彼はそれをひどく恐れていた。
わたしは彼にとっての宝物、だからこんなに窮屈で暗いところで息をひそめていることにもなっている。
またひとつ、抱きしめていなくちゃならない思い出が、ああ、今日もまた増えちゃったんだ。
わたしは少しこわいよ、これからもこの幸福は続いてゆく。
夏が苦手なわたしを、山や河や、海にも、プールにもどこにも、遠出しようなんてそんなこといい出さないで、そっとしておいてくれたよね大好き。
すき、ずうっとすきだよ、二人は一生いっしょ。




