人生は美しい
人の一生が一冊の大部の本だとする。早速ページを捲った彼や彼女だが、随分とフォントが、と思い、しかし読んでいく、せっかくこのような機会が巡ってきたわけなので。
おや、と彼や彼女は思う、こんなところに大きな埃が。
吹き散らそうとする、そしてそのせいで、開いたページに行儀良く並んでいた全ての言葉たちは吹き飛ぶ、消失する。
死んじゃったよ? 一体全体何のためにこの世に生きていたんだろうと思うくらいに、それは呆気なく。
輝かしい一瞬だって確かにあった、少なくとも予兆はあった。キスの気配も確かにあった。彼や彼女の期待の大きさが、そんな想像をさせていただけなのかもしれないが。
せめてじぶんだけは覚えていよう、彼や彼女は呟いて、一生に一冊しか出会えないその本を抱きしめるのだった。
読了どころかろくに読みすすんでもいないままのその本を、まるっきりじぶんの愛読書ででもあるかのように。
そのような行いはむろん、考え得る限り最低の読み方である。
全ての兄である少年たち、全ての姉である少女たちは、世界に一冊しかないような本たちを手にしていると思いながら、いちどはそれを読もうとする。
中には、そこにストーリーが展開していくのを愛するものもいる。愛さないものもいる。
板チョコレートの欠片がページに張りつく。読んでいる途中で、風に弄ばれるページもそのままにして、夜遊びにでかけたり。とにかく都合を優先する、何しろ彼や彼女はその本が何をいおうとしているか理解しない。いちどでも理解しようとしたことがあるのかどうかさえ疑わしいほど。
過去の中に置き去りにしてきた言葉ばかりが増えていく。そうしていつまでも何が何だったのかも思い出せない。
今となっては、推察するしかない。抱きしめて誰にも読ませたくなかった。そんな一冊の愛読書として、大切に棚に仕舞っておいた記憶さえ彼や彼女は早々に失っていたから。そういう読書の仕方しかできなかったのは幼さゆえだったのか? それさえも今では確かめようのないことだ。
今残っているのは、兄や姉によってページを所々引き裂かれ、折り目をつけられ、表紙に意味不明のフレーズを消えないように書かれて、徹底的に汚された本たち。その自覚もない本たち。置いてけぼりにされたと泣くのは真夜中だけ。本人たちは、眠っていて、朝になり夢から覚めれば、どうして泣いたのか理由さえ考えることもない。今日も風が吹く、その理由を考えてもみないのと同じように。




