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《改訂版》双子探偵社  作者: 南条祝子
プロローグ
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プロローグ

プロローグ


 けたたましい携帯電話の目覚ましアラームで目が覚めた。


 時刻を確認する。六時七分。


 スヌーズ状態の画面を消すと、私はまだ眠気の残る体を引きずるようにしてベッドから這い出た。


 制服に着替えて部屋を出ると、双子の妹の玲香と、我が家に下宿中の留学生リズもそれぞれの部屋から出てくるところだった。


「おはよう」


 お互い挨拶を交わし、階下のキッチンヘ向かう。


 簡単な朝食を済ませ、慌ただしく洗面所争奪戦を繰り広げてから家を出た。


 何気ない、毎朝の風景。


 三人で楽しくおしゃべりをしながら駅まで歩き、いつもと同じ時刻の地下鉄に乗った。


 他愛ない会話をしているうちに、電車は最寄り駅のホームに滑り込む。


 私たちは同じ制服を身に纏った一団に混じって改札を通り、地上へ出た。


 冬の制服を着ていても、なんとなく肌寒さを感じる十一月。まだコートは早いだろうかと迷う時期だ。しかし、空気はどことなく冬独特の澄んだ気配を含んでいる。


 雲が天高く浮かんでいる空は快晴。


 学校に着き、私たちの通う二年一組の教室へ入った。


 誰にともなく「おはよう」と声を掛けながら足を踏み入れた。


 ところが、いつものように誰からともなく挨拶が返ってくる様子がない。代わりに、教室のあちこちで何やらみんなひそひそと眉をひそめて話をしているのが目に付いた。


 一目で始業前の見慣れた楽しい談笑風景とは様子が違うことが分かる。


 どうしたことかと、ごく自然に三人で顔を見合わせていると、クラスメイトの一人が駆け寄ってきた。


「おはよう、沙織、玲香、リズ」


 朝の挨拶をする彼女の表情は硬い。


「玲香、聞いた?」


 登校してきたばかりの私たちにはクラスメイトの言葉がどういう意図によるものか、さっぱり見当もつかない。


 深刻な表情のクラスメイトとは対照に、私たちはきょとんとするよりなかった。 


 そこで、名指しされた玲香が「何を?」と問い返す。


「玲香、一条さんと仲良かったよね?」


 クラスメイトのその言葉が妙に引っ掛かる。


「……うん」


 玲香はこくりと頷いた。


 一条さんというのは、玲香が中学生の頃からの仲良し、一条さやかのことだ。


 高校受験のときも同じ学校へ進学しようと約束し合い、今はこの二年一組のクラスメイトでもある。


 家も中学時代の校区内だから、毎朝、通学途中のどこかで会う。


 そう言えば、今朝はまだ姿を見ていない。


 教室の中を見渡してみたが、まだ、登校していないようだ。


 さやかの姿が見えないのを玲香も確認すると、たちまち不安気な表情になった。


 そんな玲香の様子にクラスメイトは少し躊躇ってから、「あのね……」と重たそうに口を開いた。


「彼女、昨日、殺されたんだって……」


「……え?」


 玲香は勿論、私もリズも目を見開き、耳を疑った。


 私の頭の中では、何故、という言葉だけがぐるぐると駆け回る。

 それとともに喉元が苦しくなってきた。


 玲香に視線をやる。


 殺された、という言葉が親友である玲香に大きなショックを与えている。それが、隣に立っている私にも十分過ぎるくらいに伝わってきた。


 それにしても、何故、みんなそんなことを知っているのだろうか。


 さやかの母親からそんな連絡は来ていないし、今朝のニュースでもそんな報道はしていなかった。


「誰から聞いたの」


 不思議に思って、私はクラスメイトに尋ねた。


「朝一番に登校した生徒が、職員室へ鍵を取りに行った時、担任と警察の人が話しているのを偶然聞いたんだって」


 彼女はそう答え、二言、三言、玲香をいたわるような言葉を掛けると、彼女の友達グループの輪へと戻って行った。


 警察という単語に反応し、私は窓辺へ行くと職員室のある棟を見た。


 残念なことに、ここからでは様子が良く分からない。まだ、その警察の人というのは職員室にいるだろうか。


 私が振り返ると、リズが口を開いた。


「沙織、職員室へ行くんでしょ?」


 私は黙ったまま頷く。


 リズの隣で、玲香が顔を強張らせたまま、なんとか「私も行く」と一言発した。



 私たちが職員室の前へ来ると、丁度、見慣れた顔が扉の向こうから現れた。


「良之叔父さん!」


 ぱたぱたと足音を立て、三人で駆け寄る。


 私たち姉妹の母方の叔父、羽柴良之(はしばよしゆき)は捜査一課の警部だ。


 叔父さんは私たちに気付くと、こちらに振り向いて「やあ」と右手を上げた。


 傍にたどり着くと、叔父さんの後ろにもう一人、若い刑事の姿があった。


 その若い刑事を一瞥し、私は声を低く抑えて叔父さんに聞く。


「叔父さん、さやかが殺されたって、本当なの?」


「君たちは?」


 そこへ、叔父さんが答える間もなく、若い刑事が口を挟んだ。


 一見、柔和そうな印象なのに、冷たい口調だった。


 私たちが興味本位で事件を探りにきたとでも思っているのか。


 とにかく、早く真偽を確かめたい私は、彼の方にきゅっと顔を向けて「妹が一条さやかと親友なの」と、乱暴に答えた。


「そうなんだよ、中野」


 そんな私の様子に、まあまあと宥めるように叔父さんが間に割って入る。


「こんな時になんだが、この子たちが前に話した、私が親代わりをしている姪たちだ」


 叔父さんの言葉に、中野と呼ばれた若い刑事は「あぁ」と納得するような声を出した。


 どうやら叔父さんは彼に私たちのことを話したことがあるらしい。


 親代わりをしていることまで明かすのだから、二年前に私たちの両親が事故で亡くなっていることも話してしまったに違いない。


 私がそんなことを考えているとは露ほどにも知らないだろう叔父さんは、続けて私たちを一人ずつ彼に紹介し始めた。


「この気の強いのが双子の姉の沙織、一条さやかと友達だったこの子が妹の玲香。それから、後ろに立っている背の高い子が、香港から留学中で、この子たちの家に下宿しているリズだ」


 叔父さんの紹介に続けて、玲香は中野刑事にお辞儀をして、

御苑玲香(みそのれいか)です」

と名乗った。


 リズも同じように

「エリザベス・リーです。みんなからはリズと呼ばれています。母が日本人なので日本語は話せます」

と自己紹介する。


 私は一人、ふんと鼻をならして叔父さんに「彼は叔父さんの部下?」と尋ねた。


「そうだよ。彼は中野直哉なかのなおやくん。今回のさやかちゃんの件で私と一緒に捜査をするんだ」


 叔父さんは頷いて答えてくれた。


「そう、叔父さんが若い刑事と一緒なんて珍しいわね」


 先輩と後輩、上司と部下で組むのはよくあるようだが、叔父さんが彼くらい若い刑事と一緒なのは初めて見た。


「今回は被害者が高校生だからな」


 確かに、学校に強面のベテラン刑事が二人でやってきたら、ちょっと怖いし、もっと物々しい雰囲気になると思う。


「それはそうと、私も名前を聞いてびっくりしたよ。まさか、さやかちゃんが、というのは私も同じだ」


 さやかは玲香の親友ということもあり、叔父さんも何度か会ったことがある。


「それでだ……。玲香にこんなことを頼むのはとても辛いんだが……、ここ最近のさやかちゃんの様子を教えて欲しい」


 叔父さんは、私の知っているうち一番優しい口調で言うのだが、歯切れも悪く、心苦さは隠し切れない表情をしていた。


「まだ他に行くところがあるから、君たちが下校したら家へ行くよ。帰ったら私の携帯に連絡をくれるね?」


 動かしがたい事実と知り、ずっと口を噤んでいた玲香は、そのまま言葉を発することなく頷いた。


 あまりにも衝撃的な出来事に、私たちのクラスは朝礼だけで下校することになった。


 朝礼で担任の倉田英輔くらたえいすけ先生から私たちに知らされたのは、さやかが亡くなったという事実。


 警察が来たことで騒ぎになっているが、事件か事故かはまだ分からないというとだけだった。


 最後に、葬儀の日時が決まったら、クラスで参列することが付け加えられた。


 教室中が重い空気に包まれ、先生の話の途中で、しくしくと泣き出す者もいた。


 親友だった玲香はといえば、先生の話を聞いている間もずっと俯いたままで、机の上で両方の手を堅く握り締めていた。



 いつものように賑やかに下校する気になどなれる訳もなく、三人とも重く口を閉ざし家路についたのだった。

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