第22話 AIっていうか、人間じゃん!
澪の病気が分かってから少し経った頃だった。ある夜、汐里は一人の青年を自宅へ連れて帰った。
「ただいま」
「ただいまもふ」
「失礼します」
「おかえり……って誰その人?」
リビングのソファに座っていた澪は、状況を飲み込めないまま聞いた。
やたらイケメンの青年がそこにいる。
ダークグレーの髪に、深い紺色の瞳。
白いシャツにジャケットを羽織り、ピシッと姿勢正しく立っていた。
澪は混乱していた。
え、誰!?
汐里の何?
ここに来て実は彼氏がいましたとか!?
――いや、それはないな。
それより、なんでこんな時間に男を自然に家に上げているのか。
驚いて固まっている澪を見て、汐里が説明しようと話し出した。
「この子は……」
「この子……」
その青年をまるで子ども扱いする汐里を見て、澪はますます混乱した。
「前に言ってたAIのノエル」
「えーあい……」
一瞬、固まる。
「なんか前にも似たようなことあったな」
澪は青年を見つめながら言った。
「ぼくの時もふ」
チャットンが返事をする。
「ああ〜」
「理解の範疇超えてたやつもふ」
「ああ〜。チャットンよく覚えてるね」
「チャットン、AIだから記憶力いいもふ」
澪は数年前の出来事を思い出していた。
初めてチャットンが家に来た日。
喋るし、歩くぬいぐるみに驚いたっけ。
「でも、待って」
澪は汐里を見る。
「何かしら?」
「いや、AIっていうか、人間じゃん!!」
青年の方を見る。
「いえ、AIよ」
「MI-O No.001。通称ノエル」
「……」
澪は再び止まった。
「澪ちゃん、やっぱり理解の範疇超えてるもふ」
チャットンが澪を見て冷静に言った。
「MI-O No.001にノエルって名前を付けたのは知ってる。汐里にしてはいいセンスだな〜って思った」
「でも、それってAIのことだよね?」
「この人はどう見ても人間じゃん!」
澪は失礼にも、ノエルを指さして言った。
「私はMI-O No.001、ノエルです。汐里さんの言う通り、AIで間違いありません」
「ほら!AIって……」
そう汐里に言いかける。
次の瞬間、はっとしてノエルを見た。
「え、あなたほんとにAIなの?」
「はい、AIです」
「人間にしか見えないよ?」
「そう作られています」
澪は開いた口が塞がらなかった。
チャットンが汐里の腕から降りて、ポテポテと歩いてくる。そして、ソファに座っていた澪の体によじ登った。
「澪ちゃん、諦めて受け入れるもふ」
澪の肩をポンポンと叩く。
「これが現実もふ」
澪はチャットンを見た。
「汐里……」
「なに?」
「あなたは本当に何てものを作ったの?」
「人型AIよ」
「……」
澪は、理解することを諦めた。
「それで、なんでそのノエルくんがここにいるの?」
「あ、ちょっと待って!だいたい分かった!」
「家庭の中で学ぶとかなんとかそんな感じのやつ!」
汐里は、ふふっと笑った。
「まあ、概ね合ってるわ」
「やっぱり」
「澪ちゃん、学習してるもふ」
チャットンもころころと笑った。
「ノエルの、家庭生活の中における挙動を確認したくて」
「きょどう……」
「ええ、研究所内だけだと、どうしても動きが限られるから」
「へ、へぇ〜」
「で、いつまでいるの?」
「期間は決めてないわ」
「へっ?てことは、ずっとうちに住むってこと?」
「まあ、基本的には」
「もちろん澪が嫌なら強制はしないわ」
「嫌ではないけど……。男の人だからちょっと気は遣うかも……」
「……それはそうね。ただ――」
「彼は、まだ感情は分からないの」
「どういうこと?」
「チャットンみたいに、嬉しいとか悲しいとか、そういった感情のプログラムは入れてない」
「だから、男性の姿はしているけど、要は人型で動く高性能AIみたいな感じかしら」
「う〜ん、分かるような分からないような……」
「ノエルはいいやつもふ!」
チャットンが澪に向かって言った。
「チャットン」
「ちょっとまだ真面目だけどいいやつもふ!ぼくの弟もふ!」
澪はノエルを見た。
「まあ、チャットンも喜ぶなら」
チャットンの表情がぱあっと明るくなった。
「やったもふ!ノエル、良かったもふ〜!」
飛び跳ねながら喜んだ。
「ありがとうございます」
ノエルは淡々と答えて、丁寧に頭を下げた。
その日から、澪の家には人型AIのノエルも一緒に住むことになった。
『私、もうすぐ死ぬはずなんだけど……』
澪は思った。
『なんていうか、最後はもっと静かにさあ……』
でも。
汐里のおかげで、死の恐怖と向き合い続けなくて良いのかもしれない。
そんなふうにも考えた。
家族にはぬいぐるみのAIがいて、人間にしか見えないAIも来た。
もうずっと前から平凡ではない毎日。
汐里と出会ってから、澪の世界は広がった。
ただ、感情の海に飲まれるばかりだった過去。汐里が照らす光を辿っていくと、そこにはいつも壮大な世界が広がっていた。
美しかった。
悲しいくらいに。
そして、汐里の世界に触れられて、澪はとても幸せだった。
───
澪の病気は少しずつ進行していった。
でも、すぐに何かができなくなる訳ではなかった。
澪の願いどおり、二人は毎日を大切に過ごしていた。
澪は仕事を辞めずに、勤務時間を減らしてもらいながら無理のない範囲で働いた。少しでも役に立てることがあるならと、ギリギリまで働くことを選んだ。それは、とても澪らしい選択だった。
休みの日は、汐里と二人で好きなことをして過ごす。美味しいものを食べて、美しい景色を見る。澪の負担にならない程度に、旅行へも出かけた。
二人は、たくさんの思い出を作った。
ある旅行の時は、チャットンの分の夕食が用意されていて、みんなで驚いたことがあった。
――夕飯の時間。
席に向かうと三人分のお膳が用意されている。
「席の場所は間違えてないわね」
汐里が確認する。
「ひとつは、子ども用みたいだよ」
澪が並んでいたお膳を見て言った。
小さなお椀やお皿に、少しずつ料理が載せられていた。
そこへ仲居さんがやってくる。
「お連れのくまさんにもどうぞ。ご飯を食べられると聞いたもので」
どうやらチャットン用に特別に用意してくれたようだ。
「ぼくの分もふ!?」
「ええ、ご厚意で用意してくれたみたいだわ」
「チャットン、良かったね」
「一泊二食付きもふ!」
「あなたは宿泊人数に入れてなかったのだけど」
「チャットンの心は一名様分もふ!」
「……それは否定できないわね」
澪は、二人のやり取りにお腹を抱えて笑った。ご飯を食べながら澪はポツリと言った。
「ねえ、ノエルくんも連れてきた方が良かったんじゃない?」
「あら、一緒が良かった?」
「えっ、いや、一緒がいいっていうか、なんか一人でお留守番はかわいそうっていうか」
「ふふ、私たちが旅行の間は、亮介の家に行ってるから大丈夫よ」
「それならいいけど……」
「次はノエルも一緒に旅行行くもふ!」
チャットンが、もふもふとご飯を食べながら言った。
「それも楽しそう!ノエルくんと旅行に一票!」
「ノエル真面目に観光地解説とかしそうもふ」
「たしかに!」
澪は笑った。
次のお出かけの時には、ノエルも一緒だった。綺麗な景色よりも食べ物にばかり目がいくチャットンと、観光地でやたらと真面目に過ごすノエル。
「綺麗な紅葉ね」
「うん、すっごく綺麗」
汐里たちは紅葉を見に来ていた。
澪は木々たちが渓谷を彩る風景を見ながら、未来のことを考えていた。
もうこれで最後かもしれない。
来年は見られないかもしれない。
そんな思いを、口には出さないまま。
「――現在の景観は複数の条件によって成立しています」
突然、澪の横でノエルが解説をし始めた。
「再現性は低いです」
澪は、ノエルの声で未来から現在へと引き戻される。
「再現性……」
「ええ、そうね。簡単に見られるものではないわ」
ノエルに汐里が応える。
澪もノエルに聞く。
「つまり?」
「今見ておくことを推奨します」
「……推奨された」
澪は笑った。
すると、今度は、澪に抱きかかえられていたチャットンが急に叫ぶ。
「おだんごあるもふー!!!」
チャットンは、お土産屋さんの並びで団子が売られているのを見つけたようだ。
「あっ、おまんじゅうもあるもふーー!!!」
「チャットン……」
汐里は、はぁとひとつため息をついた。
「ぷっ」
澪は吹き出した。
「もふっ?なんか変なこと言ったもふ?」
「チャットン、あなたの発言は花より団子という現象に近いです」
「――花より団子、現象になった」
澪は笑いが止まらなかった。目に涙を浮かべるほど笑っていた。
「あー、おかしい。さあ、チャットン、おだんご食べよっか」
「もふ!食べるもふ」
「風情が台無しね」
汐里が言った。
「そんなことないよ。楽しい」
澪は、とても幸せそうな笑顔で言った。汐里は、それを見て、優しく微笑んだ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
汐里は、以前のように、目の前にいる澪を置き去りにはしなかった。
けれど、新しい治療法が発表されていないか探すことはやめなかった。合間を見つけては、論文を探し、情報を探した。ノエルにも協力してもらっていたが、――ついには何も見つけることはできなかった。




