表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋を知らずに死んだので、あの世で恋を買おうと思います。  作者: 稀葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

第一話 三途さんと私

イヅナと並行しての不定期連載で進めて行きます!

読んでいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いします!

 軽い浮遊感と共に、チーンとどこかで聞いたことのある金属音が響いて我に返る。

 目の前の扉が左右に開かれ、よくわからないままに、足を踏み出す。


 カウンターの前に長椅子が並ぶそこは、先週マイナンバーカードを受け取りに行った役所と同じような景色だ。

 違うのは、人のざわめきもないシンとした空間。それから、振り返った先に、入ってきたはずの扉がないことだ。


 

 とにかくここがどこか確かめて。それから早く帰らないと。

 

 そう思って視線をやると、カウンターに座る職員らしき男性と目が合った。

 三十代半ばくらいだろうか。白いポロシャツを着たメガネの男性が「こちらどうぞ」と軽く手をあげてくる。

 (ゆず)は軽く会釈をしながら、そちらに足を向けた。

 

「あの、ここって……」

 

寺門(てらかど)(ゆず)さんですよね」

 

「え、なんで私の名前……」

 

「あ、申し遅れました。私、寺門様を担当させていただく三途(さんず)と申します。よろしくお願いします」

 

 首にかけたネームプレートを掲げて見せた男性は、人好きのする笑みを浮かべた。

 

「三途、さん。あの……」

 

「とりあえずお掛けください」


 促されるまま腰を下ろすと、やけにふんわりと座り心地がいい。

 膝の上にバッグを載せようとして、柚は自分が手ぶらであることに気づいた。

 そっとポケットを探ってみる。スマホもカードケースもない。

 何をしに来たか覚えてもいないけれど、相手が自分の名前を知っている以上は、きっとなにかしにきたはずだった。

 覚えていない、しかも財布も身分証も持ち合わせていないことに緊張しながらも、「ここってどこで……どこでしたっけ?」と尋ねてみる。


「ここは彼岸(ひがん)生活サポートセンターです」

 

「あの……私、今日身分証もお財布も忘れて来ちゃったみたいで、とりあえずいったん帰って……」

 

 恐る恐る口にすると、三途は眉を寄せて、すぐに得心がいったように軽く頷いた。

 

「まず、お財布も身分証も不要です。皆さん手ぶらでいらっしゃるのでご安心ください」

 

「はあ」

 

「つかぬことお尋ねしますが、ご自身が逝去なさったご自覚はおありでしょうか?」

 

「せいきょ?」

 

 オウム返しに口にすると、なるほど、そのパターンかと三途が小さく呟いた。

 

「単刀直入に申し上げますと……寺門さんはお亡くなりになりました。ここはいわゆる彼岸──死後の世界というやつです」

 

 しごのせかい。

 

 え、死後の世界?

 

 いやいやいや。

 

 ……え?

 

「信じられないお気持ちはよくわかります。そういう方も一定数いらっしゃいます。ここに来るまでの今日の行動、どの程度覚えていらっしゃいますか?」

 

「今日、ですか?」

 

 ええ、と頷くメガネの向こうの目を見つめ、ゆっくりと記憶を辿る。

 

 今日も一日忙しかった。

 師走のオフィスは年末年始の休みに備えて、納期も前倒しになりかなりの慌ただしさだった。

 それなのに、社員の皆さんは派遣の私たちにいろいろ丸投げして、今日は忘年会だと早々に半数以上がいなくなった。

 ようやく地元の駅に帰り着いたのは21時をまわった頃。

 塾帰りの子どもたちと肩を並べて信号待ちをしていた。

 

 そこまで考えて、きゅっと体が強ばった。

 白いライトが眩しいと思って。それがこっちに突っ込んでくる車だと気づいて。

 隣に立つ子どもたちの悲鳴。思わず庇おうとして。


 全身を襲った痛みを思い出して、どくんどくんと胸の奥が嫌な音を立てる。

 浅くなった呼吸に「寺門さん」と声が響く。

 そっと視線をやると、カウンターの向こうの三途が、労るような視線をこちらに向けている。

 

「大丈夫ですか?」


「は、い……。え……待ってください。私……死んだんですか?」

 

「……はい。日本暦で言うと令和7年12月19日、午後9時34分に」

 

 死んだ。死んでしまった。

 

 えー……嘘。本当に? 死んじゃったの?


「本当に、死んじゃったんですか? 心臓動いてますよ?」

 

「はい、お亡くなりになりました。でもここでは、生きているのと同じように心臓も動きます」

 

「動くんだ……。あ、でも、こういう場合、異世界に転生するとか」

 

 よく読んだ。こういうパターンあった。

 人を庇って死んで、それで。

 

「転生は人によりますが、30年から150年ほど後になります。転生先は基本的に選べません」

 

「え、でも、悪役令嬢に転生……」


「本の読み過ぎですね」

 

「だってこういう時は、こう……人生やり直すとか、皇太子に溺愛されるとか」

 

「それも本の中のお話です。現実問題、人生は巻き戻ってやり直せません」

 

「そんなぁ。私まだ恋人がいたこともないんですよ?」

 

「できますよ」

 

 三途は、なんだそんなことか、とでも言いたげに頷く。

 

「は?」

 

「この世界で。友達も恋人も作れます。後ほどご案内します」

 

 友達も、恋人も? 死後の世界で?

 ワケもわからず三途を凝視する柚の前に、男は一枚の用紙とボールペンを取り出した。

 

「では寺門柚さん、住民登録の手続き、始めましょうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ