第15話 仲良し夫婦のふり
「ちょっといいかしら、コルベット」
朝になるとすぐ、母さんが俺の部屋にやってきた。
そしてノックもせずに扉を開け、ずんずんと部屋に入り、ベッドの真横に立ったのである。
「俺、いいとは言ってないんだけど……」
返事なんてしていない。そう抗議したつもりだが、睨みつけられただけで終わった。
やっぱり何度見ても、めちゃくちゃ迫力があるんだよな……。
ベルやジゼルといった美少女たちと比べると、貫禄がまるで違う。
俺は元々、こういうタイプの女性にはあまり強く出られないのだ。しかも、彼女に育ててもらった記憶もばっちり頭の中にある。
女性の立場が弱いこの世界だが、彼女は例外的な存在だ。
そもそも彼女はデュボア家の一人娘で、婿養子である夫がデュボア家の当主を務めていた。
しかし俺が生まれてすぐ父親は死に、名目的な当主は俺になったが、実質当主としてこの家を支え続けてきたのは彼女である。
つまり、デュボア家において、母さんの権力は絶大なのだ。
「一つ聞きたいことがあるわ」
「……なに?」
「子作りは順調なの?」
直球過ぎる言葉に、思わず変な叫び声をあげてしまう。
しかしそんな俺を見ても笑わず、母さんはじっと俺を見つめている。
「昨晩、たまたまこの部屋の前を通ったわ。そうしたら、中から、三人の声が聞こえた」
三人、という部分を母さんは強調した。
昨日の足音、母さんだったのか。
というか、俺たちは昨日、かなり小さい声で喋っていた。廊下を歩いていただけで、たまたま聞こえるような声量じゃない。
母さんは元々俺とベルの仲を怪しんでて、様子を探りにきていたのか?
「それに今、この部屋には貴方だけね」
ベッドを見て、母さんは溜息を吐いた。
夜、ベルは毎日この部屋へやってくる。しかし眠る前には、ジゼルと共に自分の部屋へ帰るのだ。
だから俺は、ベルと一緒に眠ったことはない。
「どうしてなの?」
「あ、えっと、その、ほら、あれだよ。昨日はたまたま、そう、夜中にベルが部屋へ戻ったから。ほら、ずっと一緒っていうのもあれだし」
「へえ」
少しも信じていなさそうな声で呟くと、母さんは盛大な溜息を吐いた。
「跡継ぎのことだけを心配してるわけじゃないのよ。わたくしは、コルベットのことを心配しているの」
「俺の……?」
「ベルは、ちゃんと貴方を愛してくれそうなの?」
母さんの視線は力強いのに、同時に、悲しげでもある。
そっか。俺、めちゃくちゃ心配されてるんだな。
とにかくモテず、家柄を使ってようやく結婚できるような息子だ。心配するのも無理はないのかもしれない。
「あの子じゃなくたっていいのよ。別に、愛人を迎えたって構わないから」
母さんはそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。
「……どうしよう」
ベルがジゼルを好きだと知っても、俺が頼めば、母さんは二人を追い出すようなことはしないだろう。
でも、めちゃくちゃ悲しむはずだ。
「愛人を作っていい、って言ってもなあ」
裕福な男が、正妻以外の女性と関係を持つ。珍しいことじゃない。
正妻じゃないなら、貴族じゃなくても構わないし、妓女を愛人にする貴族だっている。
「……でも、どっちみち、金目当て以外で俺のこと好きになる子なんているのか?」
転生して俺は貴族になれた。
しかし逆にそのせいで、家柄目当てじゃない子に出会えないのかもしれない。
「まあ、金もなかったら、会話すらしてもらえなかったかもしれないけどな」
溜息を吐いて立ち上がる。朝から暗い気分になってしまったが、とりあえず、母さんをこれ以上悲しませるのは避けたい。
「……もうちょっと、頑張るか」
◇
「分かりましたわ。もっと、コルベット様が大好き! っていう、ふりをすればいいんですわよね?」
頑張りますわ、と頷くベルを見ていると、ありがたいような、情けないような気持ちになってくる。
頼む、と伝えた瞬間、母さんも広間に入ってきた。
「今日の朝食も美味しそう! ねえ、コルベット様もそう思うわよね?」
わざとらしい上目遣いに、甘えるような声。
正直、やり過ぎな気もするが……。
ちら、と母さんの方を見ると、すぐに目が合った。
怪しんでいる、と顔にはっきり書いてある。
「ねえ、あーん、して食べさせてくださる?」
ほら、とベルが小さく口を開く。
これ、逆に怪しまれるだろ。いやでも、断るのも不自然だよな?
パンを一切れ掴み、ベルの口元へ寄せる。その瞬間、背後から鋭い視線を感じた。
振り向かなくたって分かる。ジゼルだ。
ああもう、なんなんだよ、こいつら全員……!
一番悲しくて可哀想なのは、あまりにもモテない俺じゃないか?
なのになんで、俺が一番気を遣わなきゃならないんだ。
「美味しいですわ! わたくし、パンもコルベット様も大好き!」
パンと同列に語るなよ、と思うが、全力の笑顔を見ていると、何も言えなくなってしまった。