第14話 秘密のティータイム
コンコン、と小さな音で扉が二回ノックされる。
俺は眠たい目をこすって、ソファーから立ち上がった。向かい側に座るベルは、すぐに笑顔になる。
窓の外は真っ暗だ。ほとんどの人間は眠っていて、屋敷内も静まり返っている。
そんな真夜中に、俺たちの作戦会議兼ティータイムが始まるのだ。
扉をゆっくり開け、ジゼルを中へ招き入れた。ジゼルは、三人分の紅茶がのったお盆を持っている。
大きい声を出してはいけない。特に母親にバレると厄介なことになるからだ。
女学校の設立や、領地経営の変革について、俺たちは夜な夜な会議を進めている。
昼間に話ができないのは、母さんに気づかれると面倒だからだ。
領地経営のことを考え、教育に力を入れる。
そこに関しては、母さんもそれほど反対はしないだろう。しかし、もしベルとジゼルの関係がバレてしまったら、かなりまずい。
母さんは俺を……コルベットを誰よりも大切に思っているのだ。そんな息子の妻が侍女を愛していると知れば、今すぐに追い出そうとするかもしれない。
それに、結婚は俺のためだけではなく、跡継ぎを作るためでもある。
俺とベルが身体の関係を持っていないことに気づかれてもだめだ。
そのため、昼間はベルと俺の仲がいいことを示すように人目につく場所で会話をしている。
そして入浴後は、この部屋で俺とベルが二人で過ごす。極力声を出さず、静かに。俺たちがちゃんと夫婦の営みをしていると、周りに思わせるためだ。
よって、俺たち三人がこうして作戦会議を始められるのは、皆が寝静まった後になってしまうのである。
「待ってたわ、ジゼル。貴女が近くにいないと、時間の流れがものすごく遅いの」
甘えるような声で言い、ベルはジゼルの腕をぎゅっと握った。ジゼルは俺を少しだけ気にしつつも、ベルに微笑みで応じている。
母さんや他の使用人たちの目がある時、二人はいちゃつくことができない。
その反動なのか、俺たち三人だけになると、この二人はいつもこうだ。
いや、まあ、二人の時は今の比じゃないくらい、いちゃついてるのかもしれないけど。
「それで、今日は女学校設立のために必要なものを話し合うのよね」
「ああ」
「場所と、運営費と、教師と学生……」
いつもの紙に、ベルがさらさらと文字を書いていく。
彼女がこうして文字を書けるのは、家庭教師の教育のおかげだという。
ルグラン家は貧しかったものの、教育にはしっかり力を入れていたらしい。もっともそれも、格上の家へ嫁ぐためだったらしいが。
「運営費はまあ、なんとかなる。財源に余裕はあるし。場所は、そうだな、空いている部屋を使えないこともないな」
屋敷はかなり広く、部屋数も多い。未使用の部屋を教室として活用することもできる。
「そうね。最初から立派な学校を作ろうとする必要はないわ。大事なのは、学ぶ場を作ることだもの」
ベルの言う通りだ。最初から立派な校舎を建て、ちゃんとした学校を運営できなくてもいい。
最初は学校というより、寺子屋みたいな感じでもいいだろう。
「少人数から始めるなら、生徒さえ集まれば、どうにかなりませんか」
ジゼルが俺とベルを見た。
確かに小規模なものなら、俺とベルが教師を務めることもできる。
俺……というか、コルベットは貴族の跡継ぎなだけあって、立派な教育を受けているのだ。
その記憶はもちろん、俺の中にある。
「そうだな。でも俺は、できれば教師は領民の誰かにやってもらいたいと思っている」
女学校の学長、という立場につくのは領主の妻で構わない。
しかし直接領民に勉強を教えるのが領主やその妻だけというのは、あまり気が進まないのだ。
「男の学校だって、領民が教師をやってるわけだしな」
比較的裕福な家庭で育った男性は、教育を受けている者が多い。
中には王都へ進学した後、家業を継ぐために帰ってきた者もいる。
そういう人物が教師を務めているのだ。
「……教師をやれそうな女の人って、いないのかしら?」
「そればっかりはな。俺も、領民にはそんなに詳しくないし」
領民と接する機会がないわけではないが、顔を合わせるのはごく一部の者だけだ。
大きな農家の当主や、領民の自治会代表などである。
「じゃあ今度、領内を見てまわって、ぴったりな人がいないかを探すのはどうでしょう?
領内の様子を見てまわるのは悪いことではないと思いますが」
ジゼルの言葉に頷いたところで、廊下から足音が聞こえてきた。
俺たちは慌てて黙り込み、足音が消えるのを待つ。
少しすると足音は遠くなり、聞こえなくなった。
今、誰かが部屋の前を通ったのか?
動揺で鼓動が速くなる。自分を落ち着かせるために、とりあえずジゼルが淹れてくれた紅茶を静かに飲んだ。




