第13話 離婚に向けた作戦会議
「じゃあ、早速始めましょう」
満面の笑みを浮かべたベルが、テーブルの上に大きな紙を広げる。
ベルの隣にはジゼルが座っていて、二人の間に隙間はない。
「まず、離婚するための前提条件を確認するわ」
そう言って、ベルがペンを走らせる。
いきいきとした表情のベルは、出会った時とは別人のようだ。
おそらく最初の頃は、俺を惚れさせるために猫をかぶっていたのだろう。
「今離婚しても、わたくしは実家に連れ戻されて、他の男と結婚させられるだけよ。しかも、ジゼルの家族だって仕事を失うわ」
「……離婚しても客人としてここにいる、ってのはだめなのか? ジゼルの家族だって、うちで雇えばいいし」
デュボア家の財政に特に問題はない。数人使用人が増えたところで困らないし、客人を養う余力もある。
「だめよ。お父様はわたくしに、跡継ぎになる子を産ませたいの。わたくしが悠々自適に暮らすために、格上の家に嫁がせたわけじゃないわ」
「……なるほどな」
「だから、わたくしたちの結婚が名目だけだと気づけば、お父様はなんとかしてわたくしを連れ戻し、他の家に嫁がせようとするかもしれない」
なるほど。
つまりベルが完全に自立できるようになるまでは、俺との結婚が実家から身を守る術になるのか。
貴族の価値観はよく分からない。自分の娘が格上の貴族に嫁ぎ、跡継ぎを産むことにそれほど意味があるのだろうか。
「それにわたくしは、わたくしの力でちゃんと幸せを掴みたいの」
「ベル……」
俺が金を出し、二人が幸せに暮らす。
正直、そういう選択肢だってある。でも彼女は、それだけでは満足しないのだろう。
「堂々とジゼルと結婚して、式だってあげたいわ」
「ベル様……」
ジゼルが赤らんだ顔でベルを見つめている。そんなジゼルを見て、ベルも幸せそうに笑った。
……幸せそうなのはいいけど、こいつら、俺の前でいちゃつき過ぎじゃないか?
「幸せになれる社会を作るって、言いましたよね」
ジゼルにじっと見つめられる。ああ、と俺は頷いた。
あの言葉を撤回するつもりはない。
「社会っていうと、広すぎるよな。まずは、俺の領地から始めようと思う」
国に決められている税をおさめれば、領地経営は基本的に自由だ。
デュボア家の領地は、結構な田舎だ。王都まで行くにはそれなりに日数がかかってしまう。
しかし肥沃な大地に恵まれ、そのおかげで財政に困ったことはない。
「農業が主な収入なんだよな」
そのため、人手はかなり必要だ。若くして結婚し、子供を多く生み育てる女性が多い。
「でしたら女性は、家の農作業を手伝って暮らしているわけですわね?」
「ああ、そうなる。だからまあ、都会みたいに外に出て働くっていうのは、男でもほとんどないな」
婚前は生家の農業を手伝い、結婚後は嫁ぎ先の農業を手伝う。
都会に出て行く男は稀にいるが、ここで生まれた女のほとんどはここで一生を終える。
「都会に出ても女一人じゃ危ないし働き先もろくにないし、学校もないしな」
基本的に、この世界の学校は全て男子校だ。
女子のほとんどはろくに教育を受けていないし、上流階級の少女たちは家庭教師を雇うのが一般的である。
「……ん? 待てよ?」
女性は家庭に入る以外の選択肢が極端に少なく、自立する道がない。
それって、要するに、昔の日本みたいな状況、ってことじゃないか?
「女学校を作る、ってのはどうだ?」
女学校の設立は、今すぐに女性が自立できるためのものではないかもしれない。
しかし教育制度が整えば、その先にも繋がるんじゃないだろうか。
「女学校……」
「それで、そこの学長にベルが就任すればいい」
そうすればベルは仕事を得ることができる。
それに女学校の設立は、俺の領地の発展にも繋がるんじゃないか。
いや、女学校だけじゃない。そもそもここは田舎すぎて、教育を受ける機会が少なすぎる。
学校へ通わず家業につく者は多いし、唯一の男子校も、レベルが高いとは言えない。
おまけに優秀な奴はここを出て、王都の学校へ進学してしまう。
領主として、教育を充実させること自体が、いいことなんじゃないか?
なんだかそんな気がしてきた。
「いい考えですわ! 教育を通して、一人で生きていける少女たちを育てていくなんて」
「私もそう思います」
三人で目を合わせ、頷き合う。
ベルは紙に、大きい文字で『女学校設立』と記した。




