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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
番外の幕【日常ダイアリイ】其の参
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二 血の基督弥撒小咄(後編)

 そして、夜。


 メイドたちが作った料理は、なかなかのものだった。ちゃんと薪の形をしたチョコレートクリームのガトゥもある。本場に近いかどうかはともかく、十里(じゅうり)も細かいことを気にしない性格なのでひたすら大喜びである。


「庭の松に飾りつけもしたし、完璧な聖夜だね~☆ 懐かしい故郷のクリスマスができて、ほんとうに嬉しいよ~」

「ジュリィさんが楽しいならよかったですわぁ」


 松にのぼって針葉に刺されながら、折り紙の星やらを飾りつけた甲斐もあるというものだ。


 主人と世話役の大人組はいないが、作家と編集者、メイドが全員そろって若者たちだけのクリスマスパーティーである。

 文学談義をしたりゲームをしたり。おおいに賑わい、平穏な時は過ぎていった。


 ビュシュ・ド・ノエルを食べ終えて、やがて宴もたけなわ。

 『三太(さんた)九郎(くろう)を形容化する』と怪しげな発言をしていた白玉が、満面の笑みで高らかに言った。


「はい、ここで特別ゲスト! 三太さんの登場でーす!」

「寝とるあいだに来るんとちゃうんかい。まあええけど」


 多少の不安はあるが、自動で動く洋館の使用人を見てわかるように白玉の能力がすごいのは間違いない。

 太っちょで優しい笑顔の三太が、にこやかにプレゼントを配ってくれるのだろうかと虎丸は期待していた。

 であればとても平和でよかったのだが、もちろんそんなことはなかった。


 少数の蝋燭のみを残して、明るい洋燈(らんぷ)の火がいっせいに消える。

 ギギ、と軋みながら扉が開くと、ぴちゃぴちゃ、ずるずるという不穏すぎる音が聴こえ、三太九郎が姿を現した。


「わー赤い服のおじいさんや……いや、服が赤いっちゅうか……」

「血みどろだねえ〜?」


 まるで猟奇小説にでも出てきそうな、赤い液体で全身を染めた毛むくじゃらのおじいさんが立っていた。

 太っちょというよりマッチョ。目元と口元は長く白い毛で覆われている。虎丸たちを見渡すと、口の端でニヤリと笑った。


「不法侵入してきたおじいさんが襲ってくるから、ワインをぶっかけるんですよね? あらかじめ赤っぽい液をかけときました!」

「あれ? これオレが悪いんかな?」


 たしかに『襲ってくる』や『不法侵入』云々と言ったのは虎丸だが、なにも間違った箇所だけ拾わなくても、という気分である。


「あとノコギリ持ってるんでしたっけ? 形容化しますね!」

「それは確実に持ってへん!! 追加すな!」


 止める間もなく、三太の両手に血で錆びついたノコギリが出現した。


「こんなんただの猟奇三太やん!! なんでこうなんねん!?」

「だって、虎丸さんがそう話してたから」

「あれはボケや!」

「すみません、ぼく西洋文化のことよくわかんなくって。真に受けちゃいました、えへへ」

「ほんまに!? ほんまに天然か自分!? わざとちゃうか!?」

 

 背後で三太がウォームアップする気配をひしひし感じる。へらっと笑っている眼鏡少年を責めているひまはなさそうだ。


「これ、やられたら死ぬやつ?」

「死にますね。逃げたほうがいいです」


 一大事だというのに、八雲は淡々と答える。

 そして、十里の提案もおおざっぱ極まりなかった。


「えっと、しかたないからノコギリ持った血みどろ三太さんを頑張って倒す日にしようか?」

「懐かしい故郷のくりすますはどうなりました!?」


 いっさい反省の感じられない白玉が、曇りのない笑顔で言う。


「ぼくは走れないから実況やりますね! 楽しそーう!」

「オレもそっちやったら楽しいなー!?」

「十里さん、十里さん、実況用の文字ください!」

「僕の固有能力は拡声器じゃないからね?」


 と言いつつも、映像や音声の再生を得意とする十里は白玉のために『音響メガホン』と『法螺貝』を出してやっていた。


 聖夜にそぐわない気の抜けた法螺貝の音と、白玉の無邪気な声が洋館に鳴り渡る。



『ボッボー。てすてす。では、いまから“聖夜のデスマッチwith三太九郎”を開始しまーす!!』



 少年の宣言を合図に、猟奇三太はノコギリを振り回しはじめた。


「白玉のやつ、めちゃくちゃ面白がっとるやろ!! さすがは“歓喜”の操觚者(そうこしゃ)! ぎゃーーきたーー!!」

「あらあら、虎丸さんったらはしゃいじゃって。わたしとおみつちゃんは後片付けがあるから、みんながんばってね!」


 襲う対象は無差別──ではなく、あきらかに選別されている。

 実況を開始した白玉、そしてテーブルの片づけをしていた茜とおみつを除外して、三太は残りの作家たちと虎丸に襲いかかってきたのだった。



 ***



「 ヱ゛っっ!xtっ!ォ゛!!!??」

「き、奇声!! 奇声がめっちゃ怖い!! しかも足速いし! うわわわわ!!」


 猟奇三太は動ける三太だった。

 首から上は老人だというのに、筋肉質でごつくて大きい。

 そんな血みどろのおじいさんが両手に刃物を持ち、走って追いかけてくるのだ。


「くっそ、美味いもん食える日だって聞いたから付き合ったのに、なんでこんなわけわかんねー状況になってんだよ。おい、虎丸、あれぶった斬るぞ。刀出すからオマエがやれ」


 果敢に立ち向かおうとしているのは、唯一の女子である(コウ)だ。


「ひっ、ひい!! 見た目が怖すぎて絶対無理!!」


 が、虎丸はもはや腰を抜かす直前であった。


「じゃあ、ジュリィと拓海は!?」

「あ、僕、補助役だからさ~。闘者(とうしゃ)がいなきゃ斬るとか物騒な能力は持ち合わせてないよ~☆」

「俺も治療役なので無理です。だれかがノコギリでやられたら手当はします」

「即死するっつーの! あんまり期待してねーけど八雲ぶちょーは?」

「すみません、銀雪(ぎんせつ)が怖いのは嫌だと言って出てきてくれませんので、なにもできません」

「あーもう! 男連中は頼りにならねーなー!」


 紅の怒りはもっともである。

 またしてもどこからか白玉の実況が聴こえてきた。


『おっとー、紅さんがキレ気味です! ほかの皆さんがダメダメだから、これはしかたないですねー。姉さまはどう思います?』

『こういうときに殿方の前でしおらしく怖がるふりでもしないから、お紅は可愛げがないのよ』


 天井に向かって、紅が言い返す。


「ハァ!? 莫迦(ばか)やろー、おれがここで『こわ~い』とか言ってたら全員惨殺バッドエンドだろーが!! おみつめ、安全な場所で好き勝手言いやがって!」

「なんかすんません、ほんまに……」


 男として情けないが、ホラーが苦手なものはしかたない。

 業を煮やした紅は、ついに自分だけでどうにかすることにしたようだ。


「もーいいよ、おれひとりでやるから。“恋慕”の操觚者、千代田紅の名において命ずる! 地獄の業火よ、血濡れた聖夜の使者を骨も遺さず灰とせん──」

「わー!! まった、紅ちゃん、そんな気合い入った必殺技だしたらタカオ邸ごと焼失するんでー!?」



 虎丸が紅を必死で止めていたそのとき。


 暗く長い廊下の奥から、かすかに羅甸(らてん)語の聖歌が聴こえてきた。

 囁くような甘く低い声。以前にもあったような気がする展開だ。


「おい、じゃじゃ馬娘。弾よこせ」


 その人物の姿はまだ見えないが、察した紅が空中に『弾丸』の字を描く。



 御胎内の御子イエズスも祝せられ給う

 天主の御母、聖マリア

 罪人なるわれらのために

 今も臨終の時も祈り給え

 アーメン



 祈祷(アヴェ・マリア)が進むごとに撃ち抜かれていく、猟奇三太の身体。

 最初に右腕が飛び、次に左腕。そして両脚、最後に頭だ。



「はいよ、一丁上がり。Merry Xmas!」

「あ、あ、あ、(あい)ちゃん!! めっちゃかっこええ……! でもグロテスク!!」



 ばらばらになった三太が文字の集合体となって消えると、明かりも元通りに灯った。

 廊下の真ん中には、まだ硝煙の残る拳銃を握った世話役の藍が立っていた。


「夜遅くに騒ぐな。つーか家の中で肝試しすんなよ、ガキかおまえらは」

「肝試しじゃなくて、クリスマスだよ~☆」

「ほら、十里、頼まれたもん買ってきてやったぞ」


 服装はいつもの真っ黒な僧衣だが、よくよく見ると頭に三太っぽい帽子、左肩には風呂敷を担いでいる。


「まったく、仏教徒に三太やらすなよ」

「藍ちゃんの僧侶設定はとくに活かされてないから平気だって〜」

「設定いうな」


 食堂に戻り、藍がテーブルの上で風呂敷を開ける。


「えーと八雲と拓海には洋書で、十里にリボンタイ、虎坊は帽子。娘らには櫛やら帯留めやら。白玉は道具類な」


 あらかじめ十里が頼んでいたらしく、若者たちの目の前にキラキラとした包装のプレゼントが広げられた。


「これは──かなり貴重(レア)な本です。よく探せましたね」

「見て、茜、お紅。この帯留め、すごく綺麗!」


 それぞれ欲しかった物をもらって、わいわいと喜んでいる。


「ありがと~☆ 三太のおじさん!」

「三太さんは藍ちゃんやったんや……!」

「資金の出処は(あるじ)だから、後で礼言っとけよ」

「はいはーい! ん? もうひとつの袋はなんやろ……」


 プレゼントとは別に、虎丸が風呂敷を見つける。

 開けてみると、中に人数分の赤い衣装が入っていた。

 

「全員分の三太九郎衣装? 女子用はミニスカやし、もはや三太ちゃうけど。なー、紅ちゃん」

「なんだよ、この露出多い三太は! 寒いだけだろ!」

「完全に阿比(あび)さんの趣味の産物やん。メイド服のときみたいに、また特別に作らせたんかな?」

「どうせロクなことになんねーから、見なかったことにしてそっと戻そーぜ」

 

 ミニスカ三太には惹かれなくもないが、同感だ。もう猟奇三太と闘うような聖夜はごめんである。

 虎丸と紅が頷きあってこっそり衣装を包み直していると、抜け目なく見ていた白玉が言った。


「よーし、二回戦は『ドキッ! 三太だらけの血みどろバトルロワイヤル』ですね!! ランダムな武器が入った袋を渡しますので、みんなで三太の扮装をして、はたしてだれが生き残るか──」

「やらんわ!!」


 こうして、タカオ邸・血の基督弥撒(くりすます)は賑やかに過ぎていったのだった。

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