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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
番外の幕【日常ダイアリイ】其の参
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二 血の基督弥撒小咄(前編)

 蝋燭(ロウソク)の連なった長く暗い廊下に、響き渡る複数の叫び声。


「あれ〜? なんでこうなったんだっけ〜!?」

「ほとんど十里(じゅうり)先輩のせいです。あとは白玉」

「ふたりとも、お喋りもいいですが、早く逃げないと死にますよ」

「八雲さんがいちばん足遅いやん! ぎゃーーきたーーーー!! すごい怖い音してる! ひたひたゆうてる!!」

「もー! 出オチはやめろよ!! 莫迦(ばか)やろーめ!!」



『あーあーあー、聴こえますか?

 ここは若き作家たちが暮らす八王子の洋館・タカオ邸。

 聖なる夜、彼ら(と編集者一名)に血と惨劇と恐怖の悲鳴が降り注ぐ──!』



「くそぅ、なんか安っぽいナレエション入った気ィする……!!」



 いきなり全員で逃げまどっているが、いったいなぜこのような事態になったのか。

 きっかけはいつものように、仏蘭西(ふらんす)人ハーフの青年による提案であった。



 ***



「そういえば、十二月だよ!!」


 発端はたったこれだけの発言である。

 

「ん? そういえば十二月ですねえ。それがなにか?」


 大阪からやってきた編集者・虎丸もにぎやかな遊びや行事は好きな性質(たち)だが、このときばかりは最初から嫌な予感がした。

 

「やだなぁ、十二月といえばクリスマスでしょ~☆」

「くりすます……って、あの銀座とかで飾りつけしたり歌ったりしとる、いまいちようわからんお祭りですか?」


 そう、基督弥撒(くりすます)──


 基督(きりすと)教の記念日で、イエス・キリストの降誕祭だという知識だけは虎丸にもあった。しかし、明治の頃から日本にも少しずつ浸透しているものの、具体的になにをすればいいのか正確に知らないのだ。

 町内会で菓子をもらえる日としか覚えておらず、大人になってからは百貨店が裕福な家庭相手に商戦を繰り広げているのを眺めるくらいしか縁がない。


「仏蘭西ではノエルと呼ぶんだけどね。親戚が大勢集まって薪の形をしたビュシュ・ド・ノエルって焼き菓子(ガトゥ)雄鶏(シャポン)の料理を食べたり、モミの木に飾りをつけたり、たくさんプレゼントをもらったり、とにかく楽しいよ!」

「へ~、なにゆうてんのか半分くらいわからへんかったけど、楽しそうやなぁ。三太九郎(さんたくろう)っておじいさんが子供にプレゼント配るんですよね? 絵本で読んだことありますわぁ」

「三太九郎……? サン・ニコラって日本ではそんな感じで呼ばれてるんだ……。ま、いいや。今楽しそうって言ったよね? じゃあ、やろう!」


 十里のホニャラとした笑顔に、ますます警戒は強まる。

 この青年本人に裏や悪気はないのだが、なぜかいつも厄介ごとが巻き起こる。虎丸の経験上、ほぼ間違いないのである。


「え~、なんか不安ちゅうか、気ィ進まへんなぁ」

「僕の故郷じゃとっても大事な日なんだよ。日本のお正月みたいなものでね。ああ、懐かしくて泣きそうだよ~。家族に会いたい……。ママンのガトゥが食べたい……」

「うっ、そう言われるとちょっと可哀想……」


 悲しそうにされると虎丸は弱い。しかも母親ネタにはなおさら弱い。

 ついほだされそうになった瞬間、十里はうってかわって明るくなった顔をパッとあげた。


「ほんと!? いっしょにやってくれるの!?」

「まあええですけど……。なんやろ、めっちゃ嫌な予感する……。そういえばこの人、歩く嫌な予感やねん……」

「じゃあさっそく準備しよっか~☆」


 上手く乗せられた気がするが、付き合うと言った以上は協力せねばならない。

 まずはご馳走がなければくりすますとは呼べないだろう──というわけで、とりあえずキッチンに向かうことにする。

 

 日本の台所で仏蘭西料理はなかなかむずかしいだろうが、幸いタカオ邸はすべて西洋風だ。

 食堂の奥にあるキッチンには石炭を利用したコンロやオーブンが並んでいる。白玉が操る人形の使用人とともに、メイド服を着たおみつがてきぱきと働いていた。


 現在は昼食の片づけが終わり、茜と手分けして洗濯や館内の掃除をこなしている時間帯である。洋館は広く、暮らしている人数も多いぶん、メイドたちはかなり忙しい。

 ただの居候で世話になりっぱなしの虎丸が頼みごとをするのは心苦しかったのだが、どうせ夕食は作るのだからとおみつはあっさり引き受けてくれた。


「べつに構わないけれど、くりすますのご馳走なんてよく知らないわ。どんなものを作ればいいの?」

「えーと、鶏の丸焼きやったかな」

「じゃあ一羽絞めましょう。どの子にする? もう歳だしエリスでいい?」

「エリスはやめてくれ。うちで一番の器量良しなんだ。人懐っこくて気立てもいい」


 と、急に異を唱えてきたのは台所にお茶を淹れにきた拓海である。

 タカオ邸で飼っている家畜はほとんどこの美青年が名前をつけている。どれも名著に登場するヒロインの名で、エリスはおそらく森鴎外の『舞姫』からだろう。


「あーあ、名前なんかつけるから愛着湧いてもーて」

「というかうちにいるのはぜんぶ採卵鶏だ。食うな」

「んじゃ、タヌキ鍋やな!」

「アンナは食べられません」


 もちろん冗談だが、どうやって聞きつけたのか八雲までもが背後にぬっと現れた。


「ええ感じに肥えとるのにもったいない……」

「お肉なら、(あるじ)が昨日買ってきてくれたのがあってよ。牛肉(ミイト)パイでいいならあたしにも作れるわ。お菓子は茜が得意だし、ビュシュ・ド・ノエルもなんとかできるんじゃないかしら」

「ほんとかい? ありがとう、楽しみだな~☆」


 こうして料理の算段はついた。

 聖夜のもうひとつのメインイベントといえば、やはりプレゼントだ。


「オレら、もう大人ですけど……プレゼントほしいですか? 白玉とおみつちゃん、茜ちゃんくらいならぎりぎりねだってもええけど」

「プレゼントはいくつになっても嬉しいものだよ~☆ きみと拓海だってまだ未成年なんだから、ねだっても喜んでもいいんだよ!」

「ちゅうても、くりすますの準備してるのオレとジュリィさんですよね? 自分でプレゼント用意して自分で喜ぶんですか!?」

「違う違う、プレゼントはサン・ニコラが枕元に置いてくれるのさ!」

「ああ、日本でいう三太さん。どんなんやったっけ?」


 昔読んだ、情報源としては信頼度の低い和製絵本を必死に思い出す。


「白いひげを生やして、赤い服を着た……」

「うんうん」

「おじいさんが……」

「うん」

「襲ってくる?」

「襲ってはこないよ?」

「せやかて不法侵入やん?」

「不審者じゃなくて聖人だからね? 僕の故郷ではね、プレゼントのお礼にワインを用意して置いておくんだ~」


 いかにも西洋的な風習で大変結構だが、日本に三太さんはいない。

 ならば自分が聖人に扮して仲間たちにプレゼントを配ろうか。それはそれで楽しそうだと、虎丸が提案しようとしたとき。


 今度は人形を操る能力を持つ白玉がぬっと現れる。そして、なにか怪しげなことを言いだした。


「ぼくたちの『幻想写本』は、どんな夢でも叶える不思議な力なんですよ。こんなときに使わないと! ぼくが三太さんを形容化してみせますから、夜を楽しみにしててくださいね!」


 次回、約束された惨劇!

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