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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
番外の幕【日常ダイアリイ】其の参
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一 いとをか死事件小咄

キャラたちの日常を書いたゆるめの番外編です。飛ばしても本編を読むのに支障はありません。ヤマとかオチとかイミもありません。

時系列は本編を超越してるのでみんな揃ってます。

 穏やかそのものだった()る休日の午後、タカオ邸に日常を切り裂く悲鳴が響き渡った。


「ひゃ、ひゃあああああ!!」

「ん? いまの声は……(コウ)ちゃん?」


 方角は離れのほう。

 赤髪娘はいつもの日課で、八雲にお茶を運んでいった。その姿を見送った矢先の出来事である。

 

 虎丸は活版所所長の(あい)と、本館で将棋を指しているところだった。


(ヘビ)でもでたんじゃねえの。本当に危なかったら逆に悲鳴なんかあげないだろ、あの勝気な娘が」

「まあ、たしかに」


 藍の言うとおり、敵襲に遭ったりしようものならむしろひとりで立ち向かっているはずだ。

 考えられるのは大嫌いな蛇と鉢合ってしまったくらいか。


 ならば助けを求められたら行けばいいか、と呑気に将棋を再開する。


「藍ちゃん、次の手まだ~?」

「ちょっと待てよ。なんで意外と強いんだよお前は。脳筋仲間じゃなかったのか」

「いやぁ、拓海よりは弱いで。昔っからぜんぜん勝たれへんもん」

「白玉は段違いとしても、拓海も賢いからなぁ」


 バタバタと廊下を走る音が響き、食堂の扉が開いた。

 慌てた様子で入ってきたのはハーフの青年、十里(じゅうり)だ。


「大変、事件だよ!!」

「お、ジュリィさん。どうしました?」

「紅が……紅が被害者に……!!」

「へ?」


 

 ***



 十里に呼ばれた虎丸と藍は、急いで離れに向かった。


 玄関を開けてすぐの場所で、小柄な娘がうつぶせになって倒れている。右手には墨のついた毛筆を握りしめたままだ。

 

「傍らになんか文字浮いとるで。これはあれや、ダイニングメツセヱジ……!!」

「台所かな? ダイイングって言いたいんだよね、わかる」


 遺されていた言葉は『いとをかし』である。

 達筆な行書がぷかぷかと空中を漂っていた。


「どういう意味なんやろ……? 死因はいったい……?」

「ものすごい息してるけれどね。一応事件ごっこ続けようか~」


 いとをかし、自体は清少納言でお馴染みなのでわかる。

 現代風に翻訳するなら『とてたま(とてもたまらない)』だろうか。

 問題はなぜ書き遺されたか、だ。


 襖を半分開けた形跡があるので、虎丸は部屋の中になにか手がかりはないかと八雲の自室へ足を踏み入れてみる。

 そして、小さな人影を発見した。


「あ、いきなり判明した。ぜったいこれのせいやん!?」

「なになに~?」

「オレも状況はようわからへんけど、八雲さんが、ちっちゃい……」


 虎丸が指差した先にいたのは──

 歳の頃は四、五歳だろうか。小さくなった姿の八雲が、部屋の隅で自分とさほど変わらない大きさのアンナ・カレヱニナを抱えてきょとんと座っていた。


「つまり、紅ちゃんが倒れとる原因は──『いとをか死』やな!」

「知ってる~。尊死(とうとし)とも呼ぶやつだ」


 ちび八雲の出現。

 悲鳴の理由は間違いなくこれだった。

 いとをか死。尊みが死因。倒れた娘の横顔はどことなく満足そうである。


「たしかに可愛いけれどさ、なんで小さくなったんだろう?」

「う~ん。八雲さんをこんなにした犯人は、おそらくこの中におるで……!!」

「あ、まだ続けたいの? 事件ごっこ」


 そのとき、ずっと黙っていた藍が急に叫んだ。


「白玉ぁ!! 絶対あいつがなんかしただろ!?」


 そして、本館の地下に向かって走って出ていった。


「犯人はやっぱり白玉か~。一瞬で解明されちゃったね」

「この中にいねーじゃねーか!!」


 と、玄関先で倒れていた紅が起きあがる。


「よかった、生き返った。ツッコミの本能が死を乗り越えたんだ。感動するねえ☆」

「雑にまとめようとすんな」


 虎丸、十里はさてこれからどうするかと顔を見合わせた。


「ん〜、ちび八雲部長はどうしたらいいんだろう」

幼子(おさなご)を放置するわけにもいかんでしょー」

「じゃ、手懐けてみよう。部長、おいで~」


 両手を広げた十里に呼ばれても、ちび八雲は返事もせず横を向いてしまった。


「ぷいってされた。この頃から人見知りなんだ」

「子供なんやし食べ物とか、お菓子を与えてみたらどうです?」

「部長はね、甘い物あまり食べないんだけれど、木村屋のあんぱんだけは好きだよ。(ばく)とよく取り合いしてた」

「なんやそれ可愛いな。ちょうど阿比(あび)さんが買ってきてくれたお土産にありましたね」


 台所からあんぱんを取ってきて、なんとか手懐けようと試行錯誤していると──

 白玉の首根っこを捕まえた藍が離れに戻ってきた。


「やっぱりこいつだ、犯人」

「だってー、八雲さんがこっそり使い魔の銀雪(ぎんせつ)を小さく形容化して遊んでたんですよう。ぼくもやってみたいじゃないですか!」


 銀雪を文字の力で形容化しているのは八雲、そして八雲を形容化しているのは白玉なので外見の設定は融通が利くのだろうが、なんとも自由な能力である。


「待てよ、このまま素直になるように育てなおせば……」

「藍ちゃんは八雲さんのこと、すぐ育てなおしたがるよな。可愛かった甥っ子が凶悪になったのよっぽど後悔してんのやなー。ほれほれ、八雲さん、高級あんぱんやでー」


 木村屋の紙袋からは目を離さず、八雲はむっとして言った。


「女にモテなささうな其処(そこ)の貴様、寄越(よこ)すなら黙つて寄越せ!」


 幼子にののしられて、虎丸は思わず目を丸くする。


「わー、あかんわ、もう人格破綻の片鱗が見えとる。ちび八雲さんっちゅうか、ちび化鳥(かちょう)やん」

「くそ、もう手遅れかよ!」

「藍ちゃんさ、文句言いながらもちび八雲部長をすごく抱っこしたそうじゃない? 両手がそわそわしてるよ」

「ジュリィさん、それには悲しい理由があんねん……」


 幼い日の八雲を溺愛していた過去は、他の仲間も深く知らないようなので虎丸は濁しておいた。


「ひば……八雲、レストランに連れてってやろうか」

「行く!! 一寸(ちよつと)良い店だらうな!?」

「おう、ちょっと良い店でもなんでもいいぞ」


 そして藍はちび八雲を連れ、いそいそと出かけて行ってしまった。


「次は藍ちゃんが『いとをか死』せえへん? 大丈夫?」

「まあ僕たちは子供の世話なんて慣れてないし、まかせようか。ところで、生き返ったはずの紅はどこだい?」


 そういえば姿が見えない。

 どうしたのだろうと思っていると、生還した赤髪娘は女児を抱えて部屋に戻ってきた。

 花柄の着物に長い黒髪、まるで日本人形か昔の姫君のような女の子である。


「え。今度はまさか……ちびおみつちゃん!?」

「なんだかこの部屋、むさくるしいわ。もっと素敵な殿方はいないのかしら」


 歳はやはり五歳くらい。

 おみつも白玉に形容化された存在なので、書きかえて小さくすることが可能らしい。


「おみつのくせにかわいいな、ちくしょう! ずっとこのままにしとけねーかな。着せ替えて遊ぼうっと」

「ちょっとぉ、離しなさいよ! 変な服着せたら承知しなくってよ!」

「こまっしゃくれてんなー。でも小さいってだけでだいたい許せるな」

「ぼくも! 小さい姉さまと遊びたーい」


 就学前の子らに書道を教えている紅は、意外にも子供好きなのだ。

 白玉と共にうきうきで衣装室へおみつを連れていった。


 ふたりきりで残された虎丸と十里は、完全に所在ない状態である。

 

「行っちゃった。虎丸くん、僕たちはどうしようか。このままじゃオチがないよ~」

「あっそうですね。ほんなら、アンナと遊びますか……」

「ヴゥー」


 こうして、本日もタカオ邸の穏やかな午後は過ぎていったのだった。 

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