一 メイド服の丈小咄(後編)
「で、ジュリィさんはどれ派ですか?」
三人の娘たちが身につけているのは、それぞれ丈の異なる英吉利式メイド服。初めは衣装を発見した虎丸が、ただ着た姿を見たがっていただけだったが──
ロングがいいと譲らなかった八雲の意外な発言のせいで、話は『どのスカート丈が好みか』という方向にシフトしていた。
「うちの子たちはみんな可愛いと思うよ~☆」
「なんちゅう女たらし発言! 長さの好みの話ですよ!」
「そうだねぇ、どれどれ……」
虎丸に話を振られた十里は、三人娘をひとしきり眺めてから答えた。
「僕もロングかな~」
「八雲さんと同じか。清楚な感じが好きなんです?」
「隠れてるほうが、脱がしたときにより嬉しいからね!」
「わー、わりとひどい理由やった」
虎丸も男なので気持ちはわからないでもないが、ここまで爽やかな笑顔で言ってのけることはできない。
「十里さん、脱がしてみる?」
茜がちらりとスカートをたくしあげると、男子っぽい筋肉質な脚が覗いた。虎丸は彼が闘っている姿を直接目にしていないが、さすがは顔に似合わず『パワー型の闘者』と囁かれているだけある。
風呂で何度も見ているはずなのに、可愛らしいレースのついた裾から覗くとなるとまた話が違うのだ。
「あっ、大丈夫。世の中には知らないほうがいいこともあるし、隠れたままでそっとしておくのも、慎ましくて良いものだよね。日本の諺でもあるじゃない。『絵に描いた餅』ってやつだよ!!」
「なんか意味がズレとるけど、言いたいことは伝わりましたわ……」
「必死すぎて銀雪のような言葉の使い方になっていましたね」
夢は夢のままで。
そういうことである。
「なぁ、藍ちゃんはー? おーい」
不良僧侶は何をしにきたのか、衣装室の掃除が始まった瞬間から高級そうな寝椅子に寝そべって昼寝をしていた。
重量のある家具を移動するときの要員で呼んだはずだったが、今のところ虎丸と茜ががいれば事足りていたのである。
「なんだよ……。あー頭いてえ。昨日呑みすぎたんだよな。水くれ」
「世話係が世話を求めんといてや。衣装室に水なんかあらへんわ! ええから見て、ほらー」
藍は頭を掻きながら眠そうにしていたが、メイド服の娘たちに気づくと突然がばっと体を起こした。
「紅とみつ、その丈は駄目だ。変な野郎が寄ってきたらどうする。うちならいいが外には出るなよ」
「お父さんなん? 父親目線ちゃうくて、男目線で見るならどれがええ?」
「小娘どもを男目線で見ろって言われてもなぁ」
「服やで、服。藍ちゃんは危ないから変な目で見たらあかん。服だけ男の目で見て」
「ややこしい注文してくる奴だな」
文句を漏らしながらも、顎の無精髭を撫でながら三人娘をひととおり見渡す。
「そもそも洋装は好みじゃねえんだが。まあ、茜が着てる長い丈は悪くないな」
「藍ちゃんもロングか~。ちょっと意外やな」
「隠れてるほうが脱がし甲斐があるだろ?」
「うん、やっぱり藍ちゃんやな。短いのが好きなオレがいちばん健全な気ィしてきたわぁ。てかジュリィさんがショック受けとるな」
虎丸は慰めるように十里の肩を叩く。
「藍ちゃんと同類なんは前からわかってたんで、いまさら落ち込まんでも。十五年後の自分の姿をよーく見といてくださいね」
「やだよ~。僕にとって、エロスはあくまでも耽美的で美しいものなんだよ。生臭坊主の汚れた破戒活動といっしょにしないで」
「十里、おまえ俺のことなんだと思ってんだ」
あとは──と部屋の隅で存在感を消している拓海をめざとく発見し、襟をつかんで連れてきた。
「やめろ、バカ丸。よく聞いていないが多分関わりたくない」
女子やきらきらした空間が苦手な美青年は、うんざりした顔で幼馴染の手を振り払った。
「協調性皆無め! 別にいかがわしい話してへんで。どの丈がいちばん可愛いかっちゅうだけ! あーでも、なんとなくやけど、おまえもロング派っぽいよな」
「短いほうがいい」
「え」
意外な反応に、思わず固まる。
八雲といい拓海といい、他愛ない話題で思いがけない面が出てくるものだと、虎丸は少し感慨深くなってしまった。
「まじかいな。ミニがええの? 明治脳っぽいし、女子がこういう刺激的な服着たら怒るタイプやと思ってたわ」
「短ければ短いほどいい」
「ええ……。なんかそこまで言い切られると怖いけど、一応理由聞こか。じつは脚フェチとか? 細いのと肉付きがええのどっちが好き?」
「拓様……そう……。筋肉質はダメなのかしら」
視界の端で茜がしょんぼりとスカートを捲りかけているのが見えたが、触れないでおく。
「脚がどうとかじゃなく、膝丈とロングは実在しそうな女給服だろう。短い丈はだれかの趣味嗜好で作られた架空だ。より非実在に近いほうが好みだ」
「なんやそれ!! そういやあったな、拓海の非実在フェチシズム設定……」
婦女子にモテすぎて、なのかどうかはわからないが、現実に興味がなくなってしまった憐れな美丈夫である。
ミニとロングはフェチシズムがわかりやすい。その中間の膝丈のため、ほとんど注目されていなかったおみつが不服そうに言った。
「ちょっと、せっかく着てあげたのにあたしを無視しないでくださる? ……やっぱり洋装は似合わないのかしら」
長い黒髪が日本人形のような雰囲気の少女は、心配げにちらちらと姿見の前で衣装を確認している。気が強いふりをしているが、虚勢を張っている面もあって本来の性格は見た目と同じ古風なのである。
もちろんおみつも似合うと、虎丸がフォローを出そうとしたとき。
「ぼくは膝丈がいいなぁ」
と、にこやかに宣言したのは白玉であった。
「だって、ねえさまにとても似合ってるので!」
「おおお、かつてないピュアな理由や。この無垢な瞳にはだれも口出せへんで! さすが新世界派唯一の癒し系やな~。八雲さんとジュリィさんと藍ちゃんと拓海は全員ただちに見習うこと!」
メイド服を着ている娘たちも、揃ってちやほやと白玉を囲み始める。
「ま、玉ちゃん。なんて良い子なのかしら」
「あらあら、白玉らしいわね」
「おみつに負けたみたいで腹立つけど、弟の目線じゃしかたねーかなぁ」
おみつと不仲の紅でさえも、自身がブラコンなので判定が甘い。
三人に頭を撫でられてへらっと笑う少年を遠巻きに眺めながら、作家仲間の青年らは冷静に会話をしていた。
「ピュア? 性格が無垢なのはそうかもしれないけれど、白玉は何も知らない子供じゃないよね。結構あぶさんな小説書くよね~」
「ですね。書く内容だけで判断すれば、あいつが一番あぶさんな性癖を持ってます」
「あの子の『新世界』は暗喩だらけですが、主題はあぶさん?ですからね」
十里、拓海、八雲が使っている『あぶさん』は、アブノーマルさんの略。つまりアブノーマルな人という意味である。大人が耳にすれば「嘆かわしい」を眉をひそめそうな、若い娘たちの間で頻用される今時の流行語だ。
何故いきなり女学生言葉なのか。猥談に耐性のないおみつがいるので、オブラートに包んでいるつもりらしい。
「あぶさんってそんな、ちょっと可愛く言っても……。いや、大の男三人が言うてもべつに可愛ないわ。要は内容がえげつないってことですよね。なんや、いったい何が書かれてんねん、『新世界』……」
白玉の小説がまだいまいち理解しきれない虎丸は、悶々と考え込んでしまう。
そのとき衣装室の扉が開いて、本日の話題の元凶たる人物が登場した。
「あら、わたくしが可愛いお人形たちに着せようと作らせたメイド服ね」
「阿比さん! やっぱり阿比さんの趣味やったんや……」
「寸法もぴったりのようでよかったですわ。ちゃんとどの丈を誰用に作ったかわかったなんて、なかなかやりますわね」
女主人はオーダーメイドだという衣装を満足げに眺め、レースの手袋をはめた手を頬に当てる。
「ぴったりやと思ったら、ミニはもともと紅ちゃん用やったんや。眼福、眼福! やっぱり掃除とかして徳を積むんは大事やな」
「次は、あなたたち男子用の執事服を特別に作らせようかし──」
「じゃあ解散しましょう。主、俺が紅茶でもお持ちしますから」
危険をいち早く察知した拓海が、むりやり場を終わらせた。
衣類の整理もあらかた片付いた。虎丸は最後まで幸せそうである。
こうして、『メイド服の丈小咄』は幕を閉じたのだった。
まだ続きます。おまけがあります。




