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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
番外の幕【日常ダイアリイ】其の弐
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一 メイド服の丈小咄(前編)

ヤマもオチもイミもない番外編シリーズ・其の弐。

時系列は本編の最新話より少し前なのでみんな出ます。

 タカオ邸・衣装室。

 貿易商を営む洋館の女主人は着道楽(というより着せ道楽)だ。趣味も兼ねて、室内は諸外国にて買い漁られた衣服と装飾品で埋まっている。


 置いてあるのは見本や土産品なので、タカオ邸で暮らす面子ならば誰でも自由に持ち出して着てもいいことになっていた。

 日頃好きに着用している返礼もあって、総出で整理整頓の最中である。


 大阪から押しかけてきた編集者の虎丸が、大量の衣服の山を掻きわけていると──


「ん、なんやろ、この服……」


 ふと目に入ったのは、女性物のワンピースである。

 黒地に襟と袖だけ白のレースがついたシンプルなデザイン。普通の洋服と違うのは、フリルで飾られたエプロンとキャップが付属している。


「これもしかして、本場メイドさんのお仕着せ(せいふく)……!?」


 タカオ邸のメイドは着物にエプロンの和洋折衷なので、初めて目にする形だ。

 ものめずらしげに広げて眺めていると、後ろで靴を磨いていた十里(じゅうり)が声をかけてきた。


「ああ、それ、英吉利(いぎりす)式のメイド服だね。なんでここにあるのかはわからないけれど~。ヴィクトリア王朝風のちゃんとしたやつ。午後用のデザインだよ」

「本場は午前と午後で着替えるんや……。三種類ありますけど、全部そうですか?」


 洋服用の衣紋掛け(ハンガー)にかかった三着のメイド服は一見同じ衣装だが、それぞれスカートの丈が違っていた。足首まで隠れるロング、脚が大胆に露出するミニ、そして中間の膝丈がある。


「いやぁ、僕の家にもメイドはいたけれど」

「さらっとボンボン発言した!」

「みんなロングだったよ~。このすっごい短いやつはなんだろうね? キャップも派手なヘッドドレスがついてる。現実で使われてるお仕着せじゃなくて、だれかの趣味の産物のような気がするなぁ」

「趣味……。阿比(あび)さんかな? それはそれとして、外国のメイド服って初めて見るし、ちょっとそそりますねぇ。だれかが着てるとこ見たいなぁ。あっ……」


 思わず、というより普段から意識しているためか、つい視界に入ってしまった。

 装飾品を整頓中の(コウ)のところへ、いそいそと衣装を持っていく。


「紅ちゃん! これ着て!」

「ハァ? 遊んでないで真面目にやれよ。莫迦(ばか)やろー」


 という返事が戻ってくるのはわかっていたので、虎丸にも作戦がある。


「ねー八雲さん、これどう思います??」


 話を振ったのは、部屋の片隅でタヌキのアンナを抱えていた八雲。この青年作家は片づけに参加しているようで、動きが鈍いためとくに役に立っていない。

 そして、八雲がいかにいい加減な返事をする人間であるかを虎丸はわかっているのだった。


欧羅巴(えうろっぱ)のメイド服見つけました。可愛くないですか?? どうですか!?」

「はあ、いいのではないでしょうか」

「ほらぁ、紅ちゃん、八雲さんもこれ好きやってゆうてるで!?」


 八雲に想いを寄せている紅は少し心が動いたのか、「う……」とまごついている。


「……まあ、着るくらいならべつにいーけど」

「よっしゃ、作戦成功!!」


 八雲効果で承諾を得て、虎丸は拳を握りしめた。


「うわぁ、見たいからって恋敵を利用するなんて。プライドがないねぇ~」

「プライドで飯は食われへんでーす。大阪人は誇りより実利!!」

「風評被害だよそれ~」


 十里の非難もなんのその、三着の衣装を紅に差し出した。


「丈が三種類あんねんけど、どれがいい? オレのオススメはミニ丈──」

「ロングで」


 急に口を挟んできたのは──驚いたことに八雲である。


「えええ、意外な方面から要望きたな……。いやいや、ミニやろー! どこかのだれかの趣味嗜好のおかげで、こんな刺激的な丈があるんですよ!?」

「ロングがいいです」


 こういった事柄には一切興味のなさそうな八雲が、思いのほか譲らない。

 以前から気になっていたが、あまりに踏み込みすぎて聞けなかった質問が思いがけず出てしまう。


「ぬぬ……。あのー、八雲さん、今の体になってから感情が大部分なくなったって話でしたけど、そういうあれはどうなっとるんです?? 性欲とかあるんですか? ちゃっかりフェチシズムを主張してくるってことは、健在?」

「さあ? どうでしょう」

「今の『さあ』は、黙秘権行使の『さあ』やな~」

「私の中の伊志川(いしかわ)化鳥(かちょう)がロングだと訴えているだけです」

「都合よく黒歴史(かちょう)だしてきた……」


 まあまあ、といつものように十里が仲介に入った。


「部長だって男なんだからさ、スカアトの丈に一家言くらいあるよ~。あと、性欲云々は新世界派の禁忌だから触れちゃダメだよ~☆」

「あ、はい。イメエジを損ねそうなのであんまりつっこんだらあかんなって思いました……」


 男たちの盛り上がりに若干引きながらも、可愛らしい洋服自体は気になるらしく、紅が衣装を手に取った。


「着てやるっつってんのに性欲性欲いうのやめろ。で、どれ?」

「すんません、もっと純粋な気持ちで見ます……。服飾職人になった気分で見ます。せや、ちょうどここに女の子三人おるやん。せっかくやし全種類見てみたいなぁ。どの丈がいちばんええか勝負しましょうよー」

「何の勝負かよくわかりませんが。では、参考を増やしますか」


 正確に言えば女子は三人いない。が、暗黙の了解で誰もつっこまない。

 着替え用の衝立(ついたて)の奥で掃除をしているはずの茜とおみつも呼び、着てもらうことにしたのだった。



 ***



『西洋式メイド服がどんな感じか見てみたい』


 完全に虎丸の突発的な欲求である。

 普段仕事着として着用しているからか、茜とおみつも興味を持ったらしくすんなりと承諾してくれた。


 だれがどの丈を着るか。

 虎丸としてはものすごく口を出したかったが、女子にもいろいろと事情があるらしい。


 背丈が一番低いため、ロングでは床についてしまう紅。

 庭球部に所属しており、意外と脚が筋肉質なので出したくない茜。

 ミニだけははしたないから無理、と譲らないおみつ。


 うまいこと噛み合ったようで紅がミニ、茜がロング、膝丈がおみつに落ち着いた。


 スカートの下は残念ながら生足ではなく、密着した黒い靴下のようなものを履いている。日本では見たことがないが、編みストッキングと呼ばれる羊毛製の代物らしい。

 膝丈とロングでは見えないが、ミニの紅だけは膝の途中までしかないストッキングとスカートの間に少しばかりの肌が露出しており、全部出ているよりもかえって視線がいってしまう。


「うおお、なんちゅうか、絶対的な領域が出現した……!! ありがたや……」


 左右に結われた長い髪と短いスカートのバランスもよく、もともと紅のミニが見たかった虎丸は大喜びである。

 当の本人は嬉しそうでもあるが、やや複雑な表情をしている。


「拝むな。初日の出かよ。服は可愛いけど……着たところで喜ぶのは虎丸くらいなんだよなぁ。ジュリィや(あい)ちゃんにはたまに褒められるけど、あれは妹とか娘みたいなノリだから」

「えっ、ゲロカワイ~やん!? 最高に!!」

「だから、そんなのオマエくらいしか言わねーし! 昔っから、どうせ遊女になるしか道はないんだから、もっと綺麗に産まれてくればよかったのにって楼主(ろうしゅ)にがっかりされてたから! 痩せてるしチビだし! 褒めるオマエがおかしーんだよ、莫迦やろーめ!」


 前半部分は遊廓で育った子供時代の話なのだろう。褒められ慣れていないようで、最後のは照れ隠しの暴言である。


「逆に可愛い……キュンキュンする……。はぁ~、紅ちゃんに給仕(きゅうじ)されたい……」

給餌(きゅうじ)? いいぞ、ほれ、そこで犬の恰好して(ひざまず)け」

「待って、今のほんまに正しく伝わった!?」


 隣でやり取りを聞いていた茜がにっこりと微笑んだ。


「ねえ、衣装室を危ないお店にしないで」

「虎丸は鼻血出して喜んでるぞ」

「うわぁ」

「ちょ、茜ちゃん。今、素の人格のほうで引いたよな!?」


 鼻血は脚を見ていたら出ただけ──というのは弁解にならないどころか、墓穴を掘りそうである。

 黙って血を拭き、他の男たちに話を振ることにしたのだった。

後編に続く。

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