ドラム缶とラブソング
日付変更前の私です。おはこんばんにちは。なろうのランキングでドラム缶という文字列が目にぶっ刺さりました。ドラム缶って素敵ですよね。人が入るもよし。油や水を詰めてもよし。器としての許容範囲がデカいというところがなんとも“良い”ですよねぇ。
最近、いえまだ今日の私は無人島サバイバル動画に目を惹かれておりまして。漂流物のドラム缶やウォーターサーバーのボトルみたいなやつ、大きい器を様々使うところが好きだなんて動画を観ている内には思いもしませんでした。えぇ。
一昨日の私も昨日の私も言いたいこといえずに亡くなりました。
どうも、今日の私です。
昨日の私は無人島の動画を観ながら眠りました。無人島の動画ではまず見ない五右衛門風呂に夢で入りました。
話は戻って。どうもってなんだか待ち望まれてたみたいな言い方ですよね。そんなことないのに。ということで語義を調べました。“どうも”は“どう考えても”の略らしいです。文末には否定の-ないが付きそうですね。つまり私は待ち望まれてなどいなかった。元通りの意味なら状況にベストマッチですね。それはそれとして時間が経つと意味も変わりますね。今では挨拶の意も含まれるみたいですよ。つまり望まれないながら挨拶はする義理堅い私っ、てことです。躁鬱のテンションを自由に司ることができるので自分の文章にツッコミいれても心は痛くありません。えぇ。
ここで明日の私にバトンタッチしてもいいのですが、折角日記を書くと決めたので書き切ります。
今日の私はまだ3時間生きたところなので、youtubeで流した音楽の話はどうでしょう。ラブソングです。ジャスティン・ビーバーとかアン・マリーとか。ボカロ曲もありました。1つ前に死ぬほど流れたDespacitoはサビよりもBメロっぽいとこが好きです。声フェチなので声がキレイに聞こえるとこが好き。アン・マリーはバイト先で感情が無くなるほど聞きました。披露宴だからね。新郎新婦様方はまだお熱いのでラブソングがお好きです。恋が愛に変わる瞬間を見たいものです。
……世間一般には恋→愛ですよね。私としては愛→恋の経験が多くてそこに共感できないのでございます。恋って何でしょうね。好きになってから何かしてほしいのではなくて、何かしてほしい程好きになるのが先なんですかね。
アン・マリーの2002とかは恋よりも愛の色が強いような気もします。まぁ日記なのでいいでしょう。思ったこと全部書き出しちゃいました。
ボカロは博愛ですよね。相手を指す時、歌詞に“君”が使われる傾向にあるかと思うのです。君にすることで誰でも引き込める世界観を構築している気がいたします。
夜にならないと枷も解けず、書きたいことなど書けぬのでここらで止めにしましょう。




