表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第3話 戦場の天使の所以

 夜の戦場で、最後の一人の治療を終えた。


「これで……最後ですね」


 私は立ち上がり、周囲を見回す。次の負傷者を探そうと歩き出した瞬間、後ろから声がした。


「こんばんは、貴女がメアリーですね?」


 振り返ると、金髪と褐色肌の女性が立っていた。月明かりに髪が輝き、鋭い視線が私を捉える。


「……貴女は?」


「私はアマンダです。今日は貴女に話があって参りました」


「私に……ですか? 何でしょう?」


「単刀直入に言います。貴女をノイグリア帝国軍へ勧誘しに来ました」


「またですか……私はどちらの軍にも属しません。私は誰かを傷つける人間に加担しませんよ」


「おかしいですね……貴女は王国軍も帝国軍も見境なく治療する。治療が趣味の方なのかとも思いましたが……」


「私は……私の信念に従っているだけです」


「信念?」


「はい、戦場で苦しむ人を救うのが私の使命。だから、私は貴女方と協力することはできません」


 アマンダは突然笑い出した。短く、乾いた笑い声が夜の空気に響く。


「何が可笑しいのですか?」


「いえ……ただ、貴女の信念は貴女の行動と一致しているとは思えませんね」


「……何が言いたいんですか?」


「貴女が治療した兵たちが今、何をしているのかわかっていますか?」


「せっかく傷が癒えたのですから、苦しみから逃れるべく戦場を離れるのではないでしょうか?」


「本当にそう思っていますか?」


「ええ、そう信じております」


 アマンダさんは頭を抱え、深いため息を吐いた。


「貴女は聖女を気取った阿呆だったってことですね」


「聖女? 名乗ったことありませんね。私は天使ですから」


「……もっと阿呆だったかもしれません」


 彼女の姿が不意に揺らぎ、瞬時に消えた。風が通り抜けるように、周囲に気配が残らない。


「もういいです。治療がしたいだけなら好きなだけさせてあげるつもりだったけど、貴女はただいたずらに戦場を荒らしているだけ……だから消えてください」


「っ!?」


 背後から声が響き、振り返るとアマンダさんが立っていた。すでに懐にナイフを握り、冷たい目で私を睨む。


「……私はただ……苦しみから人々を救うだけです」


「貴女が救えるのはほんの一瞬だけなのが何故わからない!!」


 彼女が腕を振り、無数の投げナイフが弧を描いて飛んできた。銀色の刃が月光を反射し、私の周囲を包囲するように迫る。


 私は杖を素早くかざし、防御結界を展開する。掌から淡い青白い光が放射状に広がり、薄い膜が私の全身を覆う。膜は波打つ水面のように揺れ、光の粒子が細かく舞う。ナイフが次々に激突し、金属が光に弾かれて火花を散らし、高い金属音が連続して響いた。衝撃が膜を通じて腕に伝わり、軽い痺れが走るが、膜はびくともしない。


 アマンダさんはその隙を突いて懐へ飛び込み、低く身を沈めて足払いを仕掛けてきた。足が私の踵を狙い、素早い掃討動作でバランスを崩そうとする。


「……わかりませんね。苦痛を知ったのに、何故戦場に戻る必要があるのですか?」


「それが!! 戦争でしょうが!!」


 私は足払いを軽く跳ね返し、体重を前に移して彼女の肩を押さえ込んだ。彼女の体が後ろに傾き、地面に倒れる。私は即座に馬乗りになり、杖の先を彼女の喉元に突きつけた。彼女はなおも抵抗し、腕を振り上げて私の杖を払おうとするが、私は杖に魔力を集中させて固定。彼女の両腕を光の鎖で地面に縫い止める。


「戦争が……なんだというのですか?」


「っ!! 貴女こそ!! 痛みも知らずに戦争に参加する莫迦なんていないんですよ!!」


「……?」


「それでも……たとえ私が治療した人が戦地に戻って人を傷つけたとしても!! 戦場の痛みを知った人がいつかは争いをやめてくれる! 長い戦いになっても! どんなに苦しくても! 最後には怪我で苦しむ人を無くせるなら!! 私は救い続けます!!」


 私は防御結界をさらに強化し、光の膜を彼女の全身に巻きつけて拘束した。彼女の動きが止まり、息が荒くなる。私はそっと膜を緩め、彼女を解放して立ち上がった。


「たとえいつか争いがなくなっても……それまでにどれだけの人が傷つくのですか……」


「……」


「……治療で人は救えないんです。だから貴女は間違っています」


「……私には……わかりません」


「なるほどですね……貴女はある意味天使ですよ」


「え? それはどういう?」


「目の前で絶望してください。貴女のすることが無駄であることを……貴女の理解の外から私が教えてあげます。貴女が少しでもその行為を止めようってきっかけになるなら、私はここで!!」


 アマンダさんは突然口を開き、歯を強く食いしばった。次の瞬間、鋭い音と共に舌を噛み切り、血が勢いよく噴き出した。


「なっ!?」


 私は即座に両手を彼女の口元にかざし、治癒魔法を放つ。淡い緑の光が傷口を包み、血の流れを止めようとするが、出血量が多すぎて光が追いつかない。口から溢れる血が地面に落ち、月明かりに赤く光る。彼女の顔色が急速に青ざめ、体が震え始める。


「何故舌を!! 命を!! 出血が激しい…………血が足りません。これでは傷を塞いでも!!」


 彼女の脈が弱まり、手が冷たくなる。光を全力で流し込むが、心臓の鼓動が徐々に止まっていく。やがて静かになった。


「……仕方ありませんね」


 私は彼女の遺体をそっと土に埋めた。泥を被せ、平らに整える。


「ここに負傷はいませんね……壁に耳あり障子に目あり、負傷時に私ここにいます……ここにいる必要はない」


 私は杖を握り直し、次の命を探して歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ