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4-6 ヒイロとマナ、流砂に沈む

「ん? なんだ、この音は?」


 流砂の中で立ち尽くす俺は、風に紛れた異音を偶然聞き取った。音の発生より少し遅れて、砂に埋まった膝がかすかに震える。


「マナ、君も何か聞こえないか?」

「え? あっ、聞こえますわ! まさか……潮騒?」

「……ああ、俺にも波の音が聞こえる」


 あり得ない現象に、本能が恐怖を感じる。第3層の流砂の噂はたまに耳にしていたが、海があるなんて聞いたことがない。あたりを確認するが、空と砂以外は何も見えない。全く持って、平和な風景だ。


「ウィズ、命綱の完成を急いでくれ!」

「えっ? わ、わかりました!」

「マナ、歩くぞ!」

「た、助けを待つんじゃありませんの?!」


 ウィズとマナの返事を聞くとすぐに、俺はゆっくり足を進めた。足に砂がまとわりつくせいで、一歩進むのに何十秒もかかるのだ。もちろん、非力なマナにとっては先に進むことすら困難なので、俺が引っ張ってやる必要がある。さらに、全体重を預けている足場は砂に埋もれているせいで、どこに段差があるかわからない。


「マナお嬢様、ヒイロさん! お急ぎください!」


 流砂の外からイサミさんが叫んだ。今までの穏やかな雰囲気とは違い、明らかに危機を察知した表情をしている。彼も俺と同じように、正体不明の異変に気付いたのだ。


「急げ! ゆっくり……そうだ、確実に進むんだ!」

「はあ、はあ……。急ぐのかゆっくりなのか、どっちですの?!」


 マナがバランスを崩さないようサポートしていると、今度は肌が異変を感じた。先程から感じていた足の震えが、確実に大きくなっているのだ。恐怖で俺自身が震えているのだと勘違いしていたが、そうではなかった。


「砂が、動いている?」


 自分自身の言葉に、俺はハッとした。

 先程から聞こえていた潮騒の音の正体に気づいたからだ。

 まさか、広大な流砂が動いている音だったのか?!


「ヒイロ、何故か急に足が動かな……きゃっ!」


 砂の流れが激しくなり、マナが押し流されてしまった。ウィズ達が待つ所とは真逆の方向、つまり、流砂の中心に向かってだ。まずい。このままだと、マナはさらに深みまで流されて、戻ってこられなくなるだろう。しかし、それは俺自身にとっても同じ事だ。むしろ、マナという荷物を失った今こそが、流砂を脱する最後のチャンスなのかもしれない。


 ……見捨てるのか?

 背筋が凍るような呪詛の声に、俺は反射的にマナの手を鷲掴みにしていた。


「嫌……! 怖い……!」

「落ち着いて、俺に掴まるんだ! 暴れると余計に沈むぞ! くそっ、流される!」


 砂の流れがさらに激しくなり、俺とマナは一緒に流されてしまう。彼女を助けるつもりが、とんだ計算違いだ。陸から離れるにつれて流砂の深さが増し、ついに胸の高さまで沈んでしまった。当然、背の低いマナはすでに足が地面つかず、俺の肩に掴まってかろうじて息をしている。


「俺達だけではどうにもできない。ウィズとイサミさんに賭けるしか……!」


 俺は縋る思いでウィズたちの方を見た。すると、ウィズが大きな身振りで何かを伝えようとしているのが見えた。だが、遠すぎて声が聞こえない。その隣では、イサミさんが剣を構えている。


 彼の剣が狙うのは、砂の中にいる俺達か?!


「剣神の舞!」


 イサミさんが剣を大きく横に振った。刃は何もない空間を空振りする。だが、斬撃によって発生した巨大な真空波が放たれ、十数メートルも離れた俺達のすぐ近くに着弾する。


「うわあああああああああっっっ!!!」


 技の衝撃によって、周囲の流砂が根こそぎ吹き飛ばされる。もちろん、その場にいた俺とマナも巻き込まれ、吹き飛ばされたあと、硬くて黒い地面に叩きつけられた。流砂の下にあった足場の正体はこいつだったのだ。


「痛い! でも、動けるようになりましたわ……」

「まだだ! 流砂が戻ってくるぞ!」


 警戒を解こうとするマナに、俺は注意を促した。周りを見ると、吹き飛ばされた砂が俺達を取り囲むようにして山を作っていた。それらは、波となって猛烈な勢いでこちらになだれ落ちてくる。このままでは、押しつぶされてしまう!


「神速突き!」

「ま、まずい! 防御上昇・中(ミドルガードアップ)!」


 間髪入れず、イサミさんが次の技を繰り出した。今度は突きの構えだ。俺はとっさにダメージ軽減の補助魔法を唱えた。マナのドレスが守りの光に包まれる。俺自身に補助魔法をかける余裕はない。


「きゃあああああああああっっっ!!!」


 今度もまた、距離を無視した刺突が俺達の足元に炸裂する。一点に集中した攻撃は、俺たちが立っている足場にぶつかると、轟音とともにそれを突き崩した。


「イサミ! あなた、一体何のつもりで?!」

「マナ、見ろ! 足場に穴が空いて、下に空洞が見えるぞ!」


 俺は崩れた足場を指さして言った。そこには、岩場……ではなく、不自然なほど平らな黒い地面と、その穴から覗く真っ暗な空間があった。


「逃げ道は他にない! あの穴に飛び込むんだ!」

「助かる保証はありますの?!」

「ない! でも、可能性が少しでもあるなら、それに賭けたい!」

「……わかりましたわ。これが、今わたくしに出来ることですものね!」


 俺とマナは顔を見合わせ、同時に走り出した。目指すは正体不明の穴だ。中が大きな空洞なっているか、複雑な構造をしていれば、砂に埋もれるのを防げるかもしれない。だがもちろん、穴の中で砂詰めにされれば一巻の終わりだ。


「なんとかなれーっ!」

「どうにでもなれですわーっ!」


 すぐ底まで迫る流砂を背に、俺達は穴に飛び込んだ。真下から冷たい風が吹いてくる。つまり、穴の中はそれなりの広さがあるということだ。穴の中はよく見えないが、キラキラ光って……揺らめいているように見える……。


「まさか、水?!」


 そう気づいたときにはもう、俺達は水面に激突していた。飛沫とともに冷たい水の中に体が沈み、泡の音に全てがかき消されてしまう。


「(マナ、大丈夫か?!)」


 俺は視界の端にマナを見つける。彼女も俺と同じように、無事水に飛び込んでいたようだ。だが、何故か急に周囲が暗くなったせいで、その姿は徐々に暗闇の中に消えていく。


『貯水エリアに損傷発生。直ちに壁面の自動修復システムが作動します。繰り返します。貯水エリアに損傷発生』


 どこからともなく、不気味に反響する女性の声が聞こえた。損傷というのは、俺達が飛び込んできた穴のことらしく、まるで時間を巻き戻しているかのようにひとりでに塞がっていく。


 何が起こっているんだ。

 俺達が飛び込んだ穴は、一体何なんだ。


 視界が真っ暗になった。それが、穴が完全に塞がったからなのか、俺が意識を失ったからなのかはわからなかった。

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