葉月(2)
夕方六時半少し前、空は夕方とは思えないくらいまだ明るい。昼間は今年の最高気温を更新する暑さで、花火大会がちょっときつくなるかなって思ってたけど、この時間になると、だいぶ涼しくなっていた。
「あ、とやまる〜待たせてごめんね」
「あぁ〜大丈夫だよ〜……」
華代が浴衣を着てる。そっか、女の子は花火大会に浴衣着るもんね。いつもと違う華代に少しドキッとする。緑の生地に白の花柄。髪の毛は…一本の緩い三つ編みを前にたらしてて、三、四個くらいの花飾りが着いてる。風が吹くと、その髪飾りがゆらゆら揺れる。
「どうかいな、似合っとる……?」
「う、うん。似合ってるよ」
少し動揺してしまって、言葉に詰まった。嘘ついたって思われてなかったらいいな。本当に綺麗だし……。
待ち合わせの神社から、海が見える坂道を下っていく。ここからでも少し、屋台の様子が見える。人の数はそこそこ。昔、いわしっちやほかの友達と行ってた花火大会よりも全然少ない。少し安心した。人が多すぎるとちょっとね……。
「……とやまるさ、お祭りの時って屋台で何買うと?」
「んー、なにかな…とりあえず甘いものは買うかな。りんご飴とか?」
「あーね、あれね! あれさ、持って帰って冷やして食べると美味しいらしいね」
「へぇ〜そうなんだ! じゃあ今日は二個買って一個そうやって食べてみよ〜」
……なんでだろ、少し話すのに緊張する。いつも通りでいいんだけどな。そういえば、華代もいつもより口数が少ない気がする。お互いやっぱ少し緊張してるのかな……?
坂を降り終わって海岸沿いに来る。ここまで来ると人がそこそこいる。
「おい! 射的で誰が一番大っきいの取れるかじょーぶしようぜ!!」
「いいぜ! 俺ぜってぇ一番でけぇの取っちゃるけんな! 見とけよ!!」
「ほんと、男子ってこどもやなぁ……」
小学生くらいの三人組が俺たちの横を走り抜けて行った。何故か少し懐かしい。華代もその子達を見て優しく笑っていた。
屋台で色々買ってだいぶ満足してきた頃、海の向こうに日が落ちて、空もすっかり暗くなっていた。
「あぁそうや、この辺人が多いけんさ、ちょっと穴場に行こうや。そこからやと花火めっちゃ綺麗に見えるんよ」
そう言って華代は俺の手を引いて行く。
この時、この光景が周りの目にどう写っているかは考えていなかった。
華代の言ってた穴場って言うのは、ちいさな丘の上だった。そこに着くなり華代は、小さめのレジャーシートを敷いた。準備がいい……いつもだったら地べたに座ってたもんなぁ。
「あら、ちょっと狭いかいな。ごめん、ちょっとキツキツになってしまったわ」
「いや、全然、大丈夫だよ。華代こそ狭くない?ごめんね、俺地べたでいいよ」
「いや、一緒座っとって」
「あっ、はーい……」
上手く返事が思いつかなかった。
ヒューっと音が鳴ると、空に大きな花が咲く。そして花が少ししぼみ始める頃、今度はドーンという大きな音が鳴る。打ち上がったその花が綺麗で、俺は随分と長い間魅入っていた。
ふとした時、華代から視線を感じた。どうかしたのかなって思ってそっちを見てみたけど、華代も花火を見ていた。気の所為だったかもしれない。
ついにラストスパートのしだれ柳が打ち上がり始めた。色はほぼ一色だけど、他の花火より大きくて迫力がある。
ドーンドーンと打ち上がって、空一面がしだれ柳で埋まる。そして、最後に今までとは比べ物にならない大きさの花火が打ち上がって、静かに消えていった。
「あ〜、今年も終わったかぁ〜。花火綺麗やったね」
「うん、すごく綺麗だった。ほんと来てよかった」
「それは良かったわぁ……」
レジャーシートを片付けて帰路につく。来た道は帰りになると人が多いらしいから、少し遠回りをして帰ることにした。
「いや〜ほんと楽しかったなぁ〜、花火綺麗だしさ、屋台の食べ物も美味しかったし。帰ってりんご飴食べるのも楽しみだわ〜」
それを聞いて華代が笑っていた。でも、少し寂しそうだった。
「楽しんでもらえてよかったわ。私もすっごい楽しかったし。最後の花火大会、とやまると来れて良かったわ。最高に楽しかった」
「……最後? ここの花火大会今年で終わりなの?」
「いや、そういうわけやないんやけど……」
「えっ、だったらさ、来年も行こうよ。今度はまたひなみとかも混ぜて、みんなでわいわいさ」
「……ごめん、私……来年にはもう生きとらんのよ」
立ち止まってしまった。来年には生きてない……?
「来年には生きていない……? なんで? 華代もしかしてどこか悪いんじゃ……」
「違う。そうじゃないんよ」
夏なのに冷たい風が2人の間を抜けていく。
「……とやまるさ、邪神様のお話知っとるやろ。というか、今まで知っとったけど隠しとってくれとったっちゃろ?」
図星で言葉も出ない。でもなんで華代が邪神様のこと……
「多分知っとるやろうけど、邪神様の昔話は今でも続いとるんよ。五年に一度、この街では、基本的に御三家と呼ばれる塩月、若草、神崎家の中から一人、子どもが生贄になるんよ」
「ちょっとまって……まさか……」
「五年前は神崎家から雷斗の妹が生贄になった。今年は私の番なんよ」
ずっと特に気にしていなかった。自分がこの昔話に関係がある、守護者になったことしか頭に無かった。でも、まさか、華代が生贄だなんて考えもしなかった。
「やけん、私にとってはこれが最後の花火大会やったんよ。いつかは言わなと思いよったんやけど……」
「……最後になんて、最後になんてさせない」
声が震える。少し情けない。
「この昔話には、守護者っていう人がいる。この、このむちゃくちゃな昔話を断ち切る為の人……信じられないかもしれないけど、俺がその守護者なんだよ。だから、大丈夫。俺が……」
「やめて」
少し頭に登った血が戻っていく。
「やめとって。これね、しょうがないんよ。諦めるしかないん」
「いや、でも……」
「五年前、生贄の子を助けようとして、一人で邪神様に立ち向かった子がおるんよ。その子、どうなったと思う? ……奇跡的に一命は取り留めたけど、ほぼ死にかけたんよ。胸からお腹の下ら辺まで、大きな傷がこの歳になっても残るほどの大怪我を負ってしまった。これ以上、大切な人に傷ついて欲しくない。私が我慢すれば誰も傷つかんで終わる。やけん、やけん……」
そう言うと、華代は少しハッとした表情を浮かべて、二、三歩後ろに下がった。そしてそのまま走って行ってしまった。
最後に一瞬見えた華代の顔には涙が伝っていた。
なぜだか始まったばかりの夏が終わっていく感覚に襲われながら、一人、暗い夜道を歩いて帰っていった。




