24話 サイタマから来た少年 奴隷商人編
「またのお越しをお待ちしております。」
そう言って客を見送っていく。
なんとも不思議な客だ。
一仕事終えたので自分の仕事部屋に戻り、今さっき洞窟犬を買って帰った客について考える。
割とよくいるお金持ちのお坊ちゃまが道楽で冒険者をやっているような少年に見えるがもしかしたらそれだけではないのかもしれない。
一番最初にこの少年がこの店に訪れた時はそんなに記憶に残っていない。
ゴブリンを3匹も買ったことで覚えていたがそれ以外はよくいるお金持ちのお坊ちゃまだなという印象しかなかった。
ゴブリンはおとぎ話のアグー伝説の影響からか実体を知らない初心者が買って行ってはすぐに死なせてしまう魔物だ。
ゴブリンたちはとにかく弱い上にとにかく本能的でとにかく馬鹿だ。
ゴブリンの社会は完全な階級社会で上位者の命令には絶対だ。
そのため魔物使いの技術により人間を上位者と認識させれば簡単にいう事を聞かせられる実に初心者向きの魔物だ。
しかし命令を絶対聞くからと言って扱いやすいかと言えばそれは違う。
むしろ扱いづらい。
なぜならゴブリンどもは命令は聞くが大抵の命令の意味を理解できていないし直ぐに忘れてしまう。
だからとても単純な命令なら最初の方は覚えているがそのうち忘れてしまい別の事をし始める。
特に彼らの本能を刺激する他の生物への攻撃ともなるとすぐに本能が勝ってしまい好き勝手動いてしまう。
だから大抵の場合、ゴブリンを連れて行う戦闘の最中にゴブリンが言うことを聞かずに暴れてそのまま大怪我をしたり死んでしまったりするのが定番なのだ。
そしてその時に初心者冒険者はゴブリンが扱いづらい事と人生は物語のようにうまくいかないことを学ぶ。
そんな魔物がゴブリンなのだ。
だからゴブリンは初心者にはよく売れるが中級者以上でわざわざ育てるものはいない。
しかしあの少年は3匹ともきちんと育てている。
1匹でも大変なのに3匹同時にだ。
しかも体の欠損どころか大きな怪我の跡すら見当たらなかった。
一体どんな育て方をしているのか。
ぱっと思いつくのが怪我をするたびに高級で効き目が高い回復薬を使っているか、死にかけの魔物を用意してそれを殺させているのか。
どちらにせよ、とんでもないお金をかけて育てていることになる。
よっぽどゴブリンが好きなのかそれともお人好しでゴブリンが死ぬのも嫌なのか。
なんにせよかなりお金を持っていることは間違いないのだから洞窟犬を売ろうと思いついた。
目論見通り彼は即決で苦も無く買っていったのだから相当な金持ちなのだろう。
洞窟犬はまだ子犬という事もあって大して役に立たない上に死にやすい。
そのため冒険者にはなかなか売れない。
犬好きの金持ちたちはペットとして買って行くので子犬でも問題ないが冒険者相手ではそうもいかない。
彼ら冒険者はとにかくシビアで確実に戦力になるか役に立つ魔物しか買わない。
だからきちっと成犬にして売らなければならないのだが、その育成の人員が不足している。
少し誤算だったのは繁殖がうまく行き過ぎて子犬が想像以上に生まれてしまったという事だ。
繁殖1年目で連れてこられた犬たちも環境の変化に慣れるのに時間が掛かるかと思ったが想像以上にこの街の環境が合うのか子供が生まれた。
そのため自分たちの店で抱えている魔物使いの数では対応できない事態になってしまった。
このままでは最悪、育成できない子犬は殺すことになるだろう。
だから今回、子犬を売ってみようと思ったわけだし買ってもらえて助かった。
しかし25万と提示したが全く躊躇することなくポンと出してしまうんだからやはり相当な金持ちの子なんだろう。
あのくらいの冒険者でしかもソロならばお金はカツカツで回復薬ですら節約してギリギリで生きている物なのだが。
「すみません主任、例の犬の育成契約についてのお客様です。」
「通してください。」
そんな思考を遮るように声をかけられた。
通されたのはボロボロの装備を身にまとった銀色の髪と青い瞳で鋭い目つきの少女だった。
以前に声をかけた新人の魔物使いの少女だ。
「前回お話しした仕事について決心はつきましたか?」
「ん。・・・受ける。」
彼女にも洞窟犬の育成を打診していた。
それもダンジョンに洞窟犬と潜りながらレベルを上げる少しリスクがある育成方法だ。
朝から犬を連れだしてもらって1日中ダンジョンで狩りをしてもらい夜連れて帰る、それを繰り返す育成方法だ。
これにより急速にレベルを上げることとダンジョンに対して慣れさせることが出来る。
ただ当然、ダンジョンで行うため洞窟犬を死なせてしまうリスクもあるので腕が確かな魔物使いに依頼したいやり方ではある。
だからあまり新人にお願いしないが今回はかなり急がなくてはならない状況であるのと彼女が新人ながら無理はしないで堅実に仕事をこなすというのを評価してのことだ。
「それで何頭面倒見てもらえるのでしょうか。」
「3頭ほど。預かる。」
「3頭も。本当に大丈夫でしょうか。以前言った通り死なせたら違約金が発生しますよ。」
「大丈夫。」
3頭とは意外だ。いつもの彼女であれば1頭にすると思っていた。
「失礼ですが理由を聞かせてもらっても?」
「1階で仕事する分には何の脅威もない。」
たしかにダンジョンの1階であれば危険はそれほどない。
「それに。最近、ゴブリンを3匹も育てている奴がいる。・・・負けられない。」
あの客か。
たしかに新人の魔物使いは大抵ゴブリンを育ててみるが殺してしまう。
彼女も同じ経験があるのだろう。
そんな中、3匹も同時に育てている者がいれば気にもなるだろう。
しかし本当に大丈夫だろうか。対抗心で判断を誤らなければいいが。
だが3頭引き受けてくれるのであればそれはこちらにしてもありがたい話ではある。
「分かりました。それでは契約内容について確認させて頂きます。業務内容は洞窟犬のレベルを10上げること。報酬は1頭につき前金で10万、10レベル上げた時点で残りの15万をお支払いいたします。」
「ん・・・。」
「基本的に朝この建物から犬を連れだして夜にはこの建物に連れて帰る。途中でかかる経費については負担はいたしません。」
「ん・・・。」
「また犬をロストしてしまった場合は1頭につき15万の違約金を払っていただきます。」
「・・・分かっている。」
最後の返事だけ少し時間が掛かった。
新人には違約金を払うだけのお金がないので彼女の中でも3頭も預かるのは相当のリスクを背負っているのでかなりの葛藤があるのだろう。
「契約は成立ですね。それでは後は連れていく犬を決めたり犬を飼育する部屋について決めますのでついて来て下さい。」
「分かった。」
そういって場所を移しお金を支払い犬の引き渡しをする。
「それでは頑張って下さい。」
「任せて。」
そう言って去っていく1人と3頭を見送る。
今まで悩みの種であった洞窟犬がまさか今日だけで4頭も手を離れるとは思わなかった。
すこし不安ではあるが無事3頭とも育って欲しい。
そしてあの冒険者の少年に買われていった子犬も無事育って欲しい。
そう思いながら彼女の背中を見送った。




