16話 サイタマから来た少年 薬屋の店主編
本日2本目です。
黒目黒髪の少年が店から出ていく。
その背中はかなり打ちひしがれているように見えた。
少し言い過ぎたかねぇ。
先ほどのやり取りを思い出す。
あの坊やはやりすぎた。
1日に回復薬10本だってとんでもない量なのにそれの5倍だ。
今だっていろんな伝手を頼ってあちこちの街に卸しているのに到底さばき切れるものじゃない。
普通、回復ゴケを使った場合、まず乾燥させるのに時間が掛かる。
中身の薬効を抽出するのにはもっと時間が掛かる。
だから回復薬を作るには膨大な時間が掛かるものだ。
なのにあの坊やはすぐに作って持ってくる。
そして何より異質なのが回復薬自体だ。
無色透明で何の味もしない。
そして何処をとっても同じ品質。
普通は下の方に効果が沈殿していくものだがまったくそういったムラがない。
何か別のもっと効果の強い薬草を元に作っているのかと思ったが、回復ゴケを使っているみたいだしなんとも不思議だ。
最初にあった時からあの坊やは変わっていた。
一番最初にあった時、あの坊やからは薬師特有の体に染みついた薬品の匂いがしなかった。
だから誰かが作ったのを売りに来た見習いかどこかのお坊ちゃんが家から持ってきたのを売りに来たのかと思った。
だが坊やはほぼ毎日来た。
誰かが作ったにしても家から持ってきたにしても量が多すぎる。
さすがに出所を疑って薬剤ギルドに確認したがギルドには行方不明になった回復薬はなかった。
それどころか坊やは薬剤ギルドに全く関わり合いがなかった。
素材を買っているわけでもない。
調合器具を借りているわけでもない。
ましてや施設に現れてすらいない。
普通あの量の回復薬を作るなら大きな施設と大規模な設備が必要だ。
それなのにこの街の中であの坊やが使用した施設も設備は全くないのだ。
あの坊やはとんでもなく歪だ。
薬の知識があるわけでもない。
素材の知識があるわけでもない。
大きな施設を持っているわけでもない。
なのに物は作れる。
こんなの聞いたことがない。これじゃあまるで伝説の錬金術師ではないか。
今の錬金術ギルドがやっているまがい物の錬金術ではなく本物の錬金術。
物質を魔力のみで他の物質に変換させる本物の錬金術のようだ。
よそう仮にそうだとしたらとんでもない厄介ごとだ。
巻き込まれてもいいことは一つもない。
「回復薬もっと買ってあげればよかったのに。」
奥の方から孫のエミリーが出てくる。
「聞いてたのかい。」
どうやら先ほどのやり取りを聞いていたらしい。
「下級回復薬なんて何処も作るの大変なわりに対して儲からないんだから、他のところだって喜んで買い取ると思うよ。だいたい薬師になりたい人なんてそんないないのにさ、彼が悪いみたいな言い方して可哀そう。」
「お前は自分が楽をしたいだけだろう。そんなんだからちっとも上達しないんだよ。いいかい回復ゴケの処理はね調合の基本全てが詰まってるんだよ。それをないがしろにした薬師に未来なんてないよ。」
「はいはい分かってますよ。」
全くこの子すぐ楽なほう楽なほうに行こうとする。誰に似たんだか。
「それとそこの回復薬にいつもの処理をしておきな。」
「はーい。でもなんでわざわざ回復ゴケの絞りカスなんて漬けておくの?そのまま売ればいいじゃん。苦い味がしないものにわざわざ苦みを加えるなんて。」
「薬は苦い方がいい時もあるんだよ。つべこべ言ってないでさっさとやりな。」
「はいはい」
そう言ってエミリーは奥に引っ込んでいく。
あんなのそのまま出したら世の中がひっくりかえっちまうよ。
せめて世間がびっくりしない程度にはしとかないとね。
でもまあ、それもあまり意味はないかもね。
あの坊やが自分の異質さに気が付いてないんだ。
今のままでいたら遅かれ早かれ誰かに気づかれちまうだろうね。
その前にもう少しちゃんとして欲しいもんだ。
どうもあの子を見てると危なっかしくていけない。
世間とのずれもそうだけど危機感が足りなすぎる。
一体、親はどういう教育してたんだか。
もっと常識と常識的な能力を教えて欲しいもんだね。
たしかサイタマとかいう聞いたことない地方出身だったか。
大変な子を寄越してくれたもんだ。