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 それから、彼は変わってしまった。積極的にオガミに手を出し、体を売って得た金で飲み歩く。そういう年頃だといえばそれまでだが、私には彼が失った何かを取り戻そうともがいているように見えた。

 それに比例するように、彼は道化としてますますの成熟を見せる。そう、「悲しみ深いやつこそいい道化になる」だ。私はここに来てやっと、この言葉の真の意味を知った。

 道化というものは軽く見られがちだ。ただ愚か者が滑稽を演じればいいと思われている節がある。しかし、笑いには普通の芝居以上の間合いが要求されるものだ。客が笑いたがっているポイントを探し出し、的確にボケなくてはならない。それゆえ、笑いをとることに貪欲な者ほど大成するのだ。

 彼は愛情に飢えている。それゆえ、誰よりも笑われることに貪欲であった。おそらく、笑いに満たされた舞台の中心に自分が立っている、その瞬間だけが、自分は無為ではなく、誰かに愛される存在だと信じることが出来たのだろう。

 そんな彼に王都の大きな劇団からの誘いがあった。

「姉さん、俺、どうしたら良いかな」

 決まっている。行った方が良いに決まっている。

 こんな根無し草稼業と違って、王都の固定劇団だ。定住の地を見つければ、彼もかつての夢だった学業の道を思い出すかもしれない。それに、姉である私がいつまでも傍に居ては駄目なのだ。

 この子も年頃、そろそろ生涯の伴侶を見つけても良かろう。

「行けば良いじゃない。せっかくのチャンスなんだし」

 つい、突き放すような口調になってしまったのが気にかかる。

「追い出そうとしてるんじゃないのよ。辛かったら、いつでも戻ってくれば良いし、どれほど遠く離れても、あんたは私の弟だと思っているし……」

「いいよ、姉さん。解かっているから」

 彼は少しだけ微笑んだ。

「姉さんだけだよ、俺を捨てないでいてくれるのは」

 それが別れの言葉だった。ほどなくして、彼は王都へと旅立った。


 彼が再びこの一座に現れたのは、それから三年たった秋のことだった。

 興行先の小さな村にふらりと現れた彼は、ひどくばつが悪そうに、首をすくめて笑った。

「劇団、追い出されちゃったよ」

 それ以上、彼は何も言わなかったし、私も何も聞かなかった。ただ、ここに戻ってきた彼は夜店組に入った。あれほどの才を持ちながら、舞台には二度と上がろうとはしなかったのだ。

 後で人づてに聞いた話では、王都で駆け出しの役者が同じ劇団の大女優と恋に落ちたのだという。彼にとっては所帯まで考えるほどの真剣な恋、だが女優にとっては腰掛けの恋でしかなかったのであろう。男は捨てられた。女優はその人気と権力を失うことを恐れ、男に暴行されたのだと触れ回った。その結果、彼は全ての舞台から追い出されたのだ。いわゆるホされたというやつである。

 『駆け出しの役者』がヒエロなら話のつじつまが合う。だが、この小さな旅座に迷惑をかけぬよう、姿を隠すために裏方に回ったのだとしたら、なんとも切ない。

 彼はまたしても、愛する女に捨てられたのだ。それも大切な役者生命まで奪われて。

「あんた、二度と舞台には立たないつもりなんだね」

 私の問いかけに一瞬だけ、彼は寂寥を浮かべた。

「舞台か……」

 懐かしくもあり、愛しい日々をなぞるような表情。それほどに、彼は舞台を愛していた。それでも、選んだのは……

「飽きちまったんだよ。もう、舞台なんかこりごりだ」

 それ以来、彼を舞台に誘ったことはない。

 さらに彼は、真剣に女性と付き合うこともやめてしまった。特定の恋人を作らず、選ぶのはいつも遊びで済む軽い関係。それでも同じ旅座の女に手をつけないあたり、彼はこの浮き草のような暮らしを終の棲家と思っているのであろう。


 彼ほど愛情深い男はいない。それゆえ愛を求め、傷つき、心を閉ざしてしまったのだ。きっと彼の愛を得ようと思う女は、人一倍の苦労を強いられることだろう。

 だから多くは望まない。せめて彼に惜しみない愛情を注いでくれる者がたった一人、寄り添ってくれるなら……そのとき、伝説の道化師は蘇るのだろうと、私は信じている。


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