決戦日6
ふんわりとしたオールバックはツヤツヤとして黒い。スーツも真っ黒で、中学生みたいに例えるのであれば「漆黒」と言う言葉が似合うのだと思う。
言葉を発するたびに見える歯は八重歯が鋭利で、正しく鮫のようにパクリと食べられてしまいそうな危険さがあった。
ただ、彼があんなに穏やかな牧ちゃんのマネージャーだと言うし、ご立派な名刺も渡されたために、警戒心もそれほど大きくはなかった。
しかしまあなんと言うかガラの悪さが悪目立ちしている。
「あの、牧さんは……?」
「今はナツさんと一緒にインタビュー受けてます。主演とヒロインはツインだそうでして」
「そうなんですね」
再度見渡してみると、棗と同じくヒロインの姿もない。どうやらこのマネージャーが言う通りインタビュー中なのか。
あの子とも少し話したかったなあと、後悔。
「市川先生、料理は食べましたか?」
「ええ、このホテル凄いですね。料理は芸術的で美味しいし、グラス1つ傷はないし、周りには埃だってない。お偉いさんご贔屓なんじゃないでしょうか?」
「そうですね、いつもそのように聞いていますよ」
「……いつも?」
「いつもです」
言葉の隙間に違和感を感じた。目の前の彼は何やらしたり顔のドヤ顔でこちらを見つめるし、バックに映る背景はなんだか彼のホームです、と言っている感じがする。
なんだろう、と思って、目線を落とす。鮫島さんから渡された名刺に記載がある芸能事務所の名前と交互に鮫島の文字を見てハッとした。
「あ!」
「父が色んなことをしたいと言う人でしてね」
ホテルの名前はシャークシープリンスホテル、事務所の名前はシャークエージェンシー。苗字は鮫島さん。
なんだ、凄いところのおぼっちゃまじゃないか。
「素晴らしいお父様ですね……。でもまたなんでマネージャーなんて?」
言っちゃあ悪いが親の経営する会社に所属するのであれば、七光りなのでは無いのか。ホテルに芸能事務所を立ち上げてるのであれば、他にも色々高い地位がありそうなのに。マネージャーをやっているのは本人の意思なのか、はたまた親の意思なのか。
「父には修行だと言われてます。スケジュール管理、タレントとのマンツーマン、人との仕事の仕方ですとかね、色々と勉強することが山積みなんです」
見た目に比べて口調は優しい。好感度はそこまで悪く無い。
初対面の人に対してあまり抵抗を見せなくなったのは海外に行ったおかげなんだろうか。ただ、何故だかこの鮫島さんて言う人と好んで喋っていたく無いな、と何となく思ったしまった。
そんな事を思うのは、相手に失礼だとわかっているのに。何故なんだろうか。
見た目なのか。
マンツーマンと言いつつタレントの話を一切しないからなのか。
度々垣間見える父さん大好きな雰囲気を醸し出す話し方なのか。
自分が一番な感じがするからだろうか。
俺の性格が歪んでいるからだろうか。
「そうなんですね、」
きっと全部なんだろうな。ごめん。
言葉は返しつつも、見せた笑顔はきっと引きつって見えた事だろう。ただ彼は何も気付いていない風に、それから数分自分の仕事ぶりについて話していた。
知るか。
フェミニストの俺には、どうでもいい男のあれやそれを聞くことは苦痛でしかなかった。
過ぎる時間が長く感じる。
相手に失礼な姿は見せられないので、適当に返事を打つ。会話の内容は全て脳みそからすり抜けて行く。
彼の話を聞くよりも、牧ちゃんや叶ちゃんと話したいし、脚本家、プロデューサーとももっと話していたい。ああ、牧ちゃんとツインでインタビューを受けている棗とも、一度真剣に話をしなければならないのだ。
頭の中がだんだんと悶々してくる。
頃合いを見て抜け出さないといけないな……。
「……て、ことなんですけど、市川先生、如何ですか?」
急に振られた質問。急に我に帰り焦ってしまった。
「あ、ああ。ええと、良いと思いますよ、俺は」
「そうですか?」
「ええ」
適当に返した返答は当たりだったみたいだ。
「じゃあ、行きましょうか」
当たりだろうか。
「え、どこにですか?」
「だから、ホテルルームですよ。早速行きましょう」
俺のバカ野郎、ハズレだよ。